医療ガバナンス学会 (2017年12月5日 06:00)
-ピロリ菌胃炎を内視鏡画像から人工知能診断、実用化への道のり-
この原稿はJBPRESS(11月6日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51504
ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕
2017年12月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
(論文)“Application of Convolutional Neural Networks in the Diagnosis of Helicobacter pylori Infection based on Endoscopic Images”
http://www.ebiomedicine.com/article/S2352-3964(17)30412-7/pdf
現状では、胃がんの原因の98%を占めるピロリ菌の検査は、健診ではオプション扱い(5000円程度の追加料金負担)となっています。そのため内視鏡検査を受けてもピロリ菌検査はやっていない人が多いことと思います。
http://expres.umin.jp/mric/mric_248.pdf
今回の成果が臨床現場で応用されれば、内視鏡検査を受ける方への追加負荷は一切ないため、きわめて有用であると私たちは考えています。
しかし論文で認められても、実際に臨床現場で使用されるまでには超えなければならない壁があります。今回は、医療現場における実用化のハードルについて紹介したいと思います。
●ピロリ菌胃炎を人工知能で診断する意義とは?
胃がんの原因であるピロリ菌がいるかいないかは、現状では血液や呼気(吐いた息)、便や尿などで測定しています。じゃあ、画像診断を人工知能が行う必要がないかというと、決してそんなことはありません。
7月28日にヘリコバクターピロリ学会がホームページにある勧告を掲載しました。
“抗体価3 U/mL未満のみで、胃がん低リスク(ピロリ菌未感染)と断定できない。(中略)画像所見を加味してピロリ菌未感染と判断された場合には、ほぼ胃がん低リスクと判断できる。”
という内容です。
つまり、これまで 血液検査で「ピロリ菌がいない」と診断されていても、少なからず実際にはピロリ菌に感染している(ないしは、していた)ケースが存在するということです。これは、加齢に伴う抗体価の低下や自然除菌後例(他の治療で抗生物質を内服したことにより除菌された場合など)がありうるからです。
そのためヘリコバクターピロリ学会は、今後は内視鏡画像で胃炎の程度を判定して、本当に胃がんのリスクがないかどうかを判定するべきである、血液抗体陰性でも画像上ピロリ菌がいることが疑われる場合には、他の尿や呼気検査、検便などの検査を行って判定するべきである、という指針を提示しています。
胃内視鏡検診現場において内視鏡画像判定を人工知能でアシストすることにより、この指針に沿った、より精度の高い胃がんリスク判定が可能になるはずです。
●論文の成果はすぐには現場で応用できない
ただし、有用性があるのであればすぐに論文の成果が現場で応用できるかというと、そんなことはありません。
医療業界の例でいうと、九州大学大学院の廣津崇亮助教らの研究グループによる“線虫を使ったがん検査”があります。線虫は嗅覚が人間の100万倍ともいわれ、健康な人の尿には近寄らず、がん患者の尿には近寄るとされています。線虫が尿に近寄るかどうかで、がんがあるかないかを9割方発見できるといいます。
しかし、実際に普及させるには大きなハードルがあります。目視で線虫が尿に近寄ったか遠ざかったかを判定しなければならないので、大量の検査ができないのです。現場で普及させられるように、現在、日立製作所などと自動解析装置の開発を行っているとのことです。
また、6月1日に保険収載された、難病である潰瘍性大腸炎の炎症度合いを判定するカルプロテクチン検査も例に挙げられるでしょう。カルプロテクチンとは、腸に炎症があると便の中に放出される物質です。
カルプロテクチン検査は、潰瘍性大腸炎の炎症度合いを判定する際に、負担のかかる内視鏡検査の補助になることが期待されています。しかし、「便を採取してから4時間以内に病院へ持参して冷凍保存しなければならない」「結果が出るまで1週間かかる」など現場での運用を詰めなければならない部分があります。
このように論文の成果が現場で応用され、広く普及するには様々なハードルがあるのです。
●内視鏡画像人工知能判定がこれから直面するハードル
人工知能自体の画像処理スピードは、人間とは勝負になりません。ピロリ菌胃炎の内視鏡画像の診断の場合、診断に要した時間は、内視鏡医の平均は「3.8時間」。それに対して人工知能は「3.8分」でした。
医療現場で内視鏡医の画像処理のスピードが人工知能に追いつかないということは、普及の妨げにはならないはずです。問題になるとすれば通信回線のスピードでしょう。しかし、こちらもクリアできる可能性は高いと判断しています。
現場で運用する際の使い勝手については、製品版に落とし込んでいく過程で、内視鏡機器との接続、モニターとの接続、ユーザーインタフェースなどについて改良を重ねていく必要があるでしょう。
このように、新しい技術が現場で実際に広く使用されるようになるには、乗り越えなければならないハードルがいくつもあります。ハードルをぜひとも乗り超えて、内視鏡画像人工知能診断補助機能が広く使われるように頑張っていきたいと思います。