医療ガバナンス学会 (2017年12月6日 06:00)
教具は、子どもたちの五感に作用しつつ、数字や物理の概念を経験として会得させる。例えば、大きさが段階的に異なる積み木を大きさの順に並べるといったものである。その大小関係と色のグラデーションが対応しており、子どもは手先の感覚と同時に色に関する感覚も養うことができる。
環境については、教室によって重視する点は異なるが、主に子どもたちの自発性が育つためのフレキシブルな座席配置や、協働を促すためのスペースの確保などが挙げられる。また、教師自身も環境の一つとされており、子どもの自発性を妨げず、かつ子どもの学びの機会に適切に手を差し伸べることが求められる。
モンテッソーリの理論は発達心理学に基づいており、年齢によって興味を持つ対象や感覚が移り変わる(これを「敏感期」と呼ぶ)ことから、それぞれに対応できるような教具や環境を追求している。
このような教育を実践するため、モンテッソーリ教育を標榜する教育機関はそれぞれの国や地域で連携していることが多い。中心となる国際的な”Association Montessori Internationale(AMI)”や、その各支部に加え、独立した組合も存在する。AMIは教師のトレーニングや教具・教室の認定を行っており、それによってモンテッソーリ教育全体の質が担保されている。
モンテッソーリ教育は先述の藤井聡太四段やGoogle創業者のラリー・ペイジなど優れた人材を輩出しており、開発から100年以上経った今でも最も優れた教育法の一つとして名が挙げられる。一方で、理論としての古さや、自発性を強調するあまり社会性に欠ける子どもが育まれるのではないかといった批判もなされている。モンテッソーリの理論上、成長の種は子どもたちの中にあるもののみだとしているが、キルパトリックという教育学者はこれに他者との相互関係の中にある学びという視点が欠けていると指摘した。
日本のモンテッソーリ教育は比較的この批判が当てはまる環境とも言える。自身の世界に没頭することを促すため、静かに集中する時間を設けるところもあるそうだ。
ただし、国や地域によって必要とされる能力が異なるという研究もあり、一概に社会性が集中力に優先するということはできない。
以下、シリコンバレーの教育激戦区であるクパチーノという地域でモンテッソーリ教育を実践する幼稚園、Villa Montessoriを取材した際の知見を述べる。
見学した日は1人の男の子の誕生日だったため、最初にそれを祝った。
子どもたちが輪になって座り、真ん中に誕生日の男の子(A君とする)が立つ。先生は、真ん中に太陽の模型を置き、A君に地球儀を持たせた。そして、太陽の周りに各月の名前(January, Fabruary……)が書かれたカードを並べ、A君は自分の誕生日である10月のところに立つ。先生が「5年前の10月、A君が生まれました。」と言った後、「♪地球は回る回る回る 地球は回る 1年かけて」と、『ロンドン橋落ちた』のメロディに合わせて歌った。その間にA君は太陽の周りを一周する。このように、地球の公転の概念を、誕生日と関連付けて教えていた。
一周した後、先生はA君に対して「こうしてA君は1歳になりました。お父さん、1歳の時のA君は何が出来ましたか?」と、授業参観に来ていたA君のお父さんに尋ねた。2歳、3歳とそれを繰り返す中で、A君ができることがどんどん増えてきたことが自然と意識されるように先生が誘導する。また、A君が3歳になって幼稚園に入ったというエピソードの時、周りの子どもに「この時のA君はどんな感じだった?」と聞いた。A君に対しても、3歳からは「3歳になって何ができるようになった?」「周りのみんなとはどういう関係だった?」と、自分の口で答えてもらうようにする。こうして、たくさんの子どもが発言し、A君の自己効力感がとても高まった。このような機会が毎年一回、全員にあるため、発言への意欲や自己効力感に基づく積極性が養われている印象を受けた。
次に、教具で遊ぶ時間に入る前の瞑想を行う。この幼稚園ではSilence Gameと呼んでいたが、このように子どもたちの精神を落ち着かせて次の時間の準備を行う手法は他国でも多々見られた。Mindfulnessと呼ばれることが多い。
教具で遊ぶ時間、先生は特に指示は出さず、子どもたちを観察する。遊びの種類は多様で、粘土遊びをしたり、パズルで物語を作ったり、数字やアルファベットが書かれたカードで遊んだりしていた。1人で熱中している子もいれば、カードの並べ方を3人で一緒に考えたり、お互いの作品を褒め合ったりする子たちもいた。教室のテーブルはグループワークを行いやすいサイズになっており、自然と何組かのグループができた。
先生たちは教室全体に目を配りながら、子どもたちの表情の写真を撮ったり、子どもたちの手助けをしたり、話を聞いたりした。例えば、色鉛筆で型の周りをなぞる作業が難しく、子どもが困っていた。すると、先生が実際にやってみながらコツを教えた後に「さあ、やってみて」と渡した。また、子どもが先生に一生懸命、自分が粘土で作っているものの説明をしているときは、その子だけを見て話を真剣に聞いていた。一方、子どもが何か危ないことをしそうになっていた時は、その子に目線を合わせて注意する。例えば重いものを片手で持っていた時は「両手で持たないと落としてしまうかもしれないから危ないよ」と諭した。このように、子どもたちに何かを伝える時に常に冷静で、対等な相手に話すように話しかけていた。
以上のように、先生は子どもの学びに作用する環境として、つねに学びの萌芽となる機会を逃さず、適切な働きかけをしていた。このような環境を実現するためには、子どもの数に対する先生の数が多くなければいけない。例えばこの幼稚園では、子ども約20人に対して3人もの先生がいた。大学を卒業したうえで協会のトレーニングも受けており、全員がエキスパートであった。
今回、シリコンバレーで実践されたモンテッソーリ教育の一例を紹介した。
このような教育は特に自主性、積極性、集中力などを大きく伸ばす一方で、人件費を中心としてコストも大きい。
ただし、環境整備の面で日本の幼稚園も参考にできるところは多々あると言える。
他の手法と比較しつつ、知見を広めていきたい。
参考
https://kobe-shinwa.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=1709&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1
https://amshq.org/Montessori-Education/Introduction-to-Montessori/Montessori-Classrooms
http://sainou.or.jp/montessori/about/index.php
https://ami-global.org/
http://www.villamontessori.net/