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vol 7 民主党の医療政策を採点する

医療ガバナンス学会 (2010年1月7日 09:00)


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上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。

2010年1月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

鳩山政権が成立し、100日が経ちました。新政権への批判を控えていたメディアも、普天間、景気、政治資金問題に関する追求が強まり、政権の前途は多難そうです。今回は、新政権の医療政策を評価したいと思います。「コンクリートから人へ」を標榜している鳩山政権の医療政策の達成度は、果たしてどんなものでしょうか?

【民主党の医療マニフェスト】
鳩山政権の医療政策の売りは、医療費増と医師数増です。マニフェストでは、「年金・医療」の一部に組み込まれ、22)医療崩壊を食い止め、国民に質の高い医療サービスを提供すること、23)新型インフルエンザ等への万全の対応、がん・肝炎などの拡充の二項目が相当します。
22)は医師数、医療費増を中心として9000億円、23)は新型インフルエンザ、がん、高額療養費問題、肝炎対策として3000億円を予算化することを約束していました。

【医療費】
民主党はマニフェストの中で、「自公政権が続けてきた社会保障費2200億円の削減は撤回する。医師・看護師・その他の医療従事者の増員に努める医療機関の診療報酬(入院)を増額する」と述べています。
12月25日に発表された予算案では、診療報酬本体が5,700億円(内訳は医科4,800億円、歯科600億円、調剤300億円)の増額となっています。一方、薬価は5,000億円引き下げられましたから、医療費はネットで700億円増(0.19%増)となりました。これは、10年ぶりの「大幅」増です。厳しい経済状況を鑑みれば、医療費の増額というマニフェストを実現した民主党、特に厚労三役は高く評価できます。
しかしながら、ネットでの上げ幅が、わずか700億円であったことは意味深です。「コンクリートから人へ」と主張する民主党が政権をとっても、医療費を大幅に増やすことはできなかったのです。このままでは、民主党が主張するように「総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで引き上げていく」が不可能なのは自明です。これまで、民主党は財政の無駄を削減することで、必要な財源を生み出すと主張してきましたが、このことが幻想であることを多くの国民が認識しました。今後、医療費を増やすのであれば、何らかの負担増が避けられません。政権のキーマンである仙谷行政刷新担当大臣が、消費税増税のアドバルーンを打ち上げたのも、この流れの一環と考えれば、適切な対応です。負担増の手段は、増税なのか、保険料増額なのか、はたまた自己負担増なのか、あるいは全てを組み合わせるのか、国民的な議論が必要です。

【薬価】
医療費に関するもう一つの問題は薬価です。これまでの予算編成では、薬価を定期的に下げ、その浮いた分のお金を医療機関の診療報酬に回すことで、医療費全体の伸びを抑制してきました。今回の予算編成でも、薬剤費を削り、医療機関の診療報酬に回すという、自公時代からの構造は変わりませんでした。
長年にわたり、薬価は打ち出の小槌のように使われてきたのですが、どうやらそれも限界です。たとえば、1980年代、世界の医薬品市場の20%以上を占めた我が国は、その後の薬価削減政策により、急速に市場規模を縮小し、今では10%を切っています。我が国の製薬市場の成長率は低く、製薬企業にとって魅力的なマーケットとは言えません。これが、ドラッグラグ、ワクチンラグ、デバイスラグの最大の原因です。このような状況が続けば、外資の参入抑制は勿論、我が国の製薬企業も、国外に拠点を移さざるを得ません。現に武田薬品工業は、昨年、米国の開発本部を強化しています。彼らからみれば、競争が厳しい米国であげた利益を、国内ではき出す形になっているのです。
医療を考える上で、製薬というのはきわめて重要なポイントです。ところが、現政権は、この問題を重視していません(自公政権もそうでしたが)。たとえば、マニフェストには、「薬価」問題は全く触れられていません。医療崩壊と同じく、製薬崩壊も崖っぷちです。この問題について、早急に議論することが必要です。

【中医協での議論】
今回の予算案が通れば、約4000億円の国費が入院医療費に投入されます。今後、この分配についての議論が始まります。
民主党は、マニフェストの中で「救急、産科、小児、外科等の医療提供体制を再建」することを明記しており、この領域に重点的に財源を投与したいと考えています。一方、民主党は医療機関への補助金ではなく、診療報酬を増額することで、救急、産科、小児、外科、あるいはこのような診療科を揃える地域中核病院を強化したいと考えています。総選挙前には、民主党の中核議員は、このような医療機関の診療報酬を10%増額すると明言していました。
問題は、診療報酬の決定は中医協の仕事で、国会や与党のチェックを受けないということです。この結果、中医協では医系技官の素案をベースに、支払い側と診療側のパワーゲームで診療報酬が決まってきました。診療側の中核は日本医師会の幹部で、開業医の利益を代弁してきました。この結果、救急や小児医療には、様々なしわ寄せが来たと考えられています。例えば、救急医療現場で行われる心臓マッサージは1時間で2900円です。これは、駅前のマッサージより安価です。また、外来の再診料は病院より開業医の方が高く、診察に要する時間などを考えれば反対です。
このような状況に一石を投じたのが、民主党が中医協の診療側委員から日医推薦を一掃し、嘉山孝正 山形大学医学部長や地域医師会のメンバーを任命したことです。大学病院関係者が中医協委員に選ばれたのは、史上初めてです。この人事は、当初、民主党が中医協に政治色を持ち込んだと非難されましたが、3ヶ月がたち、概ね好意的に評価されつつあります。それは、嘉山氏が中医協委員に就任したことで、メディア報道が増え、国民や医療関係者の理解が進んだこと、および、嘉山氏が従来の診療側 vs. 支払い側という構図を離れ、国民視点での医療のあり方を議論し始めたからです。嘉山氏は、中医協はステークホルダーの合意の場所ではなく、国民が医療費の分配を考える場所であるべきだと考えています。私も全く同感です。中医協を取材しているメディア関係者は、「嘉山さんは孤軍奮闘し、中医協のあり方を明らかに変えた」と言います。この人事を主導したのは足立信也政務官で、私は非常に高く評価しています。
年明け以降の中医協の議論で、国民的課題になっている産科・小児科・救急を抱える地域中核病院に、どれほど手厚く財源が手当てされるか、全く予断を許しません。おそらく、非効率な経営を続け、本来再編が必要な病院団体や、日本医師会は様々な圧力をかけてくるでしょう。中医協の委員たちが、このような圧力に負けて、メリハリのないバラマキに終われば、国民は失望するでしょう。その場合は、中医協の存在自体に対して、疑問の声があがると思います。これは、医療費の分配を通じて、地域医療のあり方を支配する旧体制の崩壊へと繋がるかも知れません。この審議会で、関係者が、どのような発言をするか、医療業界の自律が問われています。

【医学部定員増】
医療費増とともに、民主党の医療費マニフェストのもう一方の柱が「医学部定員増」です。こちらの担当は文科省 鈴木寛副大臣です。
民主党はマニフェストの中で、「OECD平均の人口当たりの医師数を目指し、医師養成数を1.5倍にする」と述べています。これは、舛添要一前厚労省が、2008年に提言した「舛添ビジョン会議」の提言を踏襲した内容です。
鈴木副大臣は、来年度の医学部募集定員を今年度より360名増やす予定であることを明らかにしています。これは、舛添大臣時代に、ほぼ目処がついていたことです。自公政権との違いは、基財源をきっちりと措置したことです。たとえば、来年度予算では、「大学病院の機能強化」や「医師等人材の確保に向けた取り組み」には68億円、第二次補正予算の中に、大学医学部の定員増をにらんで約112億円の養成体制強化費が盛りこまれています。大学医学部の教官が増えるのは、数十年ぶりです。
また、基礎系講座に進むことを義務づけた「研究医枠」17名分も新設すること、来年から医学部の新設を議論するなど、矢継ぎ早に対策を打ち出しています。何れも画期的です。
これらの対策は自公時代と比較して雲泥の差がありますが、悲しいかな、あまり揉めていないせいか、メディアで広く報道されることはなく、国民の認知は低いようです。国民の認知度は低いため、結果として国民の評価も高くありません。文科省に鈴木副大臣が就任したことは適材適所と言えるのですが、現在のメディアを通じる限り、このことは国民には伝わらないようです。メディアのあり方を考える必要がありそうです。

【新型インフルエンザ対策】
新型インフルエンザ対策については、マニフェストでは、「危機管理・情報共有体制を再構築する。ガイドライン、関連法制を全面的に見直すとともに、診療・相談・治療体制の拡充を図る。ワクチンの接種体制を整備する」と記載されています。
確かに、民主党政務三役、特に足立信也政務官は、この問題について政治主導の改革に挑んでいます。その結果、来年度予算案では、医療提供体制の整備に41億円を充当し、前年度の7.1億円より大幅に増やしました。これは一定の評価が出来るのですが、新型インフルエンザ対策は財源以外にも、法改正や、厚労省健康局・審議会・国立感染症研究所などの改革が必要です。こちらに関しては、決して満足できる結果とはなっていません。
12月25日には、新型インフルエンザに関して、予防接種法を見直すための委員会が立ち上がりました(厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会」(部会長=加藤達夫・国立成育医療センター総長)。そして、冒頭に上田博三健康局長が(この人は、今回の新型インフルエンザ対策の迷走の張本人と目されています)「不退転の決意で大改正」と述べています。その心意気は買いますが、部会の主要メンバーは、元フジテレビの黒岩祐治氏(現国際医療福祉大学教授)など一部を除き、大半が従来の委員です。舛添前厚労大臣や足立政務官のアドバイザーを務め、厚労省に批判的であった森兼啓太氏(山形大学)、森澤雄司氏(自治医大)、岩田健太郎氏(神戸大学)などは外されています。
この人事が議論されたのは、丁度、新型インフルエンザワクチンの1回打ち、2回打ち論争で、足立政務官が記者クラブに滅多打ちされていた頃。政治家主導の人事を貫くことを躊躇したのでしょう。
委員会の議論は、人選が全てです。今回の陣容では、一部の委員が従来の厚労省の政策の問題点を主張しても、決して主流にはならず、大きな方向転換は難しいでしょう。足立政務官の巻き返しを見守りたいと思います。

【がん対策:子宮頸がんワクチンの取り扱い】
医療に関する個別の政策は、マニフェストの23)に記載されています。主要項目は、がん対策、高額療養費問題対策、肝炎対策です。医療費助成の拡充や肝炎ウイルス検査の実施などに205億円(175億円)が充てられた肝炎対策を除き、あまりマニフェストは実現していません。
がん対策で注目すべきは、「子宮頸がんに関するワクチンの任意接種を促進」です。12月22日に子宮頸がん予防ワクチン「サーバリックス」(グラクソ・スミスクライン)が発売されました。子宮頸がんは性交渉時のヒトパピローマウイルスの感染が原因となって発症します。このウイルス感染をワクチン接種で予防することで、一部の患者では子宮頸がんの発症を防ぐことが出来ます。子宮頸がんは、中年女性に発症するがんの中で最も頻度が高いもので、近年増加傾向にあります。がんを予防するワクチンとして、サーバリックスには大きな期待が寄せられています。
サーバリックスの問題は接種費用が高いことです。3回の接種が必要ですが、合計で5万円前後が必要になります。民主党は、「任意接種を促進」ということで、接種費用の公費負担を目指したようですが、今回の予算案には盛り込まれていません。「サーバリックス」の費用負担、法的位置づけについては、予防接種法への組み入れも含め、早急に議論することが必要です。余談ですが、「サーバリックス」が承認されたのは、先進国の中で最後、また殆どの先進国は接種費用を公費で補助しています。我が国も、予防接種法に位置づけ、費用は公費で負担すべきと考えます。もし、健康保険に組み入れた場合、諸外国のデータを参照すれば、約200億円の費用が必要になります。

【高額療養費問題】
7月の配信で、グリベックという慢性骨髄性白血病の新薬の経済負担の問題を取り上げました

http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1682.html

この件は、8月の総選挙で、与野党ともマニフェストに盛り込んでいます。民主党は、マニフェストの中で、「高額療養費制度に関し、治療が長期にわたる患者の負担軽減を図る」と述べています。
非常に残念なことに、11月25日には乳がんで闘病する母親が、医療費負担に悩み、慢性白血病でグリベックを服用している娘を刺し殺し、無理心中を図ろうとした事件が発生しました。これは、各新聞で大きく取り上げられましたが、今回の予算案には対策は盛り込まれませんでした。この問題は、民主党が野党時代から足立政務官が取り組んでおり、役所には何らかの指示をおろしてはいるのでしょうが、厚労省自体を動かすには至っていないようです。
難病の多くは、既に公的に助成されているため、医療費負担が問題になるのは、難病指定から漏れているものだけです。その多くが悪性腫瘍(癌は難病指定されません)。ついで、在宅酸素療法が必要な呼吸疾患や、インスリンが必要な糖尿病等です。このような病に悩む患者たちは、新薬の登場により生命、およびQOLを改善することが出来たのですが、その恩恵を十分に受けることが出来ていません。今回の医療費増額を真っ先に充てるべき人たちです。実は、全ての疾患の自己負担を軽減しても、必要な予算は数百億円程度です。正確な情報が国民に伝われば、誰も反対しない話なのです。世論の盛り上がりに期待するしかありません。
余談ですが、この問題を最も熱心に追いかけているのは、毎日新聞です。地道な取材活動に敬意を払います。

【総括】
民主党の医療政策を評価する場合、政務三役の視点に立つか、鳩山総理の視点に立つかで大きく変わります。国民視点=鳩山総理視点でしょうか。その場合、財源予測を誤ったこと、無駄の削減だけでは、十分な社会保障費を出せなかったことは、課題です。負担増も含め、国民的な議論を早急に始める必要があります。この点で、鳩山総理のリーダーシップが必要です。
一方、長妻大臣以下、政務三役、鈴木寛文科副大臣、仙谷行政刷新担当大臣(ナショナルセンター改革を主導)の働きは予想を大きく上回るものだったと思います。新型インフルエンザ対策は、前政権との移行期に大きく混乱し、その後遺症に悩んでいますが、予算編成、医学部定員増の二大課題は、及第点が上げられるのではないでしょうか?この点が、国民に正確に伝わっていないことが残念です。それは、おそらく、マスメディアや私たちが「医療=厚労省」という視点で見ることになれているからでしょう。この点、私たちに「チェンジ」が求められています。

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