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vol 6 喜ぶべきか悲しむべきか、「10年ぶりプラス改訂」

医療ガバナンス学会 (2010年1月7日 08:00)


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~診療報酬の引き下げがついにストップ、しかし医療再生にはほど遠い~

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです
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2010年1月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


前回に引き続き、診療報酬の引き上げを巡る議論について、医療の現場からお話ししたいと思います
(前回のコラムはhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2395)。
今回、焦点を当てたいのは、引き上げの比率についてです。
昨年末のぎりぎりの折衝の結果、2010年度の診療報酬は0.19%増で決着しました。自民党時代に10年間にわたって引き下げられ続けてきた診療報酬が、政権交代により10年ぶりにプラス改訂に転じたのです。
長妻昭 厚生労働大臣は記者会見で「これを契機に医療崩壊に歯止めをかけていきたい」と語りました。確かに「医療をぶっこわして改革する」というハードランディングが現実化する危険は少し遠のきました。
しかし、「プラス改訂」とはいうものの、0%台では医療再生には全くと言っていいほど足りないのも、また厳しい真実なのです。
●病院はギリギリのコストダウンに迫られている
過去10年間にわたる医療費削減政策の影響もあって、私に言わせれば日本の医療の値段は「普通にやっていては絶対に黒字にできない」金額にまで押さえ込まれています。病院の7割超が、そして民間診療所の3分の1が赤字なのは、何も不況のせいばかりではありません。
過労死基準を超える医師の過酷な労働条件が指摘されているにもかかわらず、なかなか緩和されないのも、医療費削減政策と無縁ではありません。つま り、「労働基準法に違反しないように人員を増やしたら、赤字になってしまう」「ぎりぎりの人数で限界まで働いてコストを押さえないと、黒字にできない」と いう切羽詰まった側面もあるのです。
例えば採血処置の代金は110円(11点)です。110点(1点10円として1100円)の間違いではありません。この金額の中に、採血に使う針やシリンジ、真空管などの必要な資材の代金も含まれます。
この場合、1人につき3分程度、つまり1時間に20人の採血を行なったとしても、売り上げとして2200円(110円×20人)にしかなりませ ん。目一杯頑張って働いても、看護師さんの人件費(時給1500円くらい)すら捻出できるかできないかギリギリ、といった事態になるのです。
実際は、採血処置に伴い血液検査代金が発生しますので、その検査代金から採血処置に伴う赤字分をカバーしてやりくりすれば、トータルでプラスにす ることは可能です。でも、項目数を絞って必要最小限の検査しか行なわない場合には、必死に働いても赤字になる事態が十分に起こり得るのです。
別に極端な例を挙げているわけではありません。胃腸科での例を挙げると、便秘の人に対して行なう浣腸処置の金額は450円です。これには、さすがに別途グリセリン浣腸の薬代金として160円を請求することができます。
とはいえ、クリニックや病院において浣腸処置が必要な人たちは、さっと浣腸して3分でおしまい、ということはほとんどありません。トイレで転倒したりしないように付き添い、浣腸した後、排便があるかなどの確認が必要です。丁寧に行えば1時間に4人が限度でしょう。
浣腸するだけと言っても、いい加減に行えば直腸を傷つけたりしてしまう合併症を引き起こすこともあるわけですし、専門トレーニングを受けた者が行 なう必要があります。この処置代金が、実際の売り上げとして1時間で1800円(450円×4人)です。人件費を考えると、やるだけ赤字の処置と言ってよ いでしょう。
これらの金額を見れば、0.19%という0%台の増額では、医療再生にほど遠いことが分かっていただけるのではないでしょうか。要するに、450円が451円になったところで、「削減されるよりマシ」と言った程度です。立ち直るほどのインパクトは与えないのです。
●配分の見直しでどれだけの金額を捻出できるのか
むろん、現場を分かっている人は、この程度の小幅な値上げでは十分な解決にならないと理解してくれていることと思います。
プラス改訂の決定後に山井和則 厚生労働政務官は、メールマガジンで「ネットで0.19%。十分な上げ幅ではないですが、しかし、10年ぶりのプラス改定」と記していました。
また、長妻 厚生労働大臣は、「(今回の改定幅に加えて)配分の見直しにぎりぎりまで努力することで、何とか当初想定していた施策が打てると考えている」と語っています。
でも、本当に後は医療費内の配分の見直しをギリギリまで努力すれば、どうにかなるのでしょうか? 「開業医と勤務医の格差を是正する」としていますが、このやり方で捻出できる削減額は、一体どれくらいなのでしょうか(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2179でも書きましたが、この「格差」の裏付けとなるデータはかなり恣意的に作られたものです)。
先に挙げたような、「普通にやっていては絶対に黒字にできない」状態を解消して、医療再生するために必要な金額は、おそらく1兆円の桁ではとても 足りません。現在の30兆円からせめて3割はアップして、40兆円への増額が必要です。必要な増額分は、1兆という桁ではなく、その1桁上の10兆円近く に及ぶ公算が高いのです。
今回の改訂では、ただでさえ安い診療所の再診料を、1回当たり710円から650円へ60円値下げして「600億円近くの金額を捻出する」とされています。医療再生に必要な金額に比べて、1桁から2桁違う金額しか捻出できていないのです。
それなのに「配分の見直しをぎりぎりまで努力すれば何とかなる」と言われると、「本当に大丈夫かな」という不安を覚えてならないのです。
ちなみに、このまま診療所の再診料が引き下げられると、おおまかに言って診療所1件あたり年間150万円の収入減少になります。良心的に経営して いる診療所の大半を、破綻のリスクにさらすことになるでしょう。診療所が破綻すると、基幹病院にそのしわ寄せがいってしまい、医療再生がおぼつかなくなる ことは目に見えています。
また、あまりにも診療所の経営状態を、普通にやっては成り立たない状況に追い込んでしまうと、現在、年間4000件ある新規開業が減少するのは確 実です。結果的に開業医の新陳代謝が阻害され、既存開業医が既得権益化してしまう(利用者に取ってはサービス低下となって跳ね返る)危険が高まるのです。
無駄を省いたり、分配を見直すこと自体に反対するつもりはありません。でも、再診料引き下げは、捻出できる金額を遥かに上回る悪影響を地域医療に与える気がしてならないのです。
●希望の兆しは見えたが、医療再生の行方は不透明
日本は国民皆保険のもと、誰もが千円札数枚のコストで、気軽に、自分が診療してほしい医療機関にかかることができます。WHO(世界保健機関)が世界一と認めた医療体制を誇ってきたのです。
税収が落ち込む厳しい経済状況の中、この体制の崩壊が10年ぶりのプラス改訂で食い止められる希望の兆しが見えたのは喜ばしいことです。
でも、これで民主党が言う「コンクリートから人へ」の施策が明確に実行されたとは言い難いでしょう。0%台のプラス改訂と配分の見直しだけでは、再生にほど遠いのも事実なのです。
みんなが安心して生活できる国家を目指して、医療再生に必要充分な金額が振り向けられる方向に向けて、これからも議論が尽くされることを期待します。

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