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vol 10 情報科学と医療・公衆衛生(2)

医療ガバナンス学会 (2010年1月14日 10:00)


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
中田 はる佳
2010年1月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.前回、新型インフルエンザ対策として空港検疫のデータから入国感染者数を推定し、そのデータ感染拡大シミュレーションから最適介入時期の探索を行った研究の経緯とその意義について述べた(論文は欧州感染症対策専門誌Euosurveillanceに発表。http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19455)。そして、本研究の意義の一つとして、情報科学と医療・公衆衛生のコラボレーションの重要性について言及したが、本稿では今後の可能性も含め、より詳しく述べることとする。

2.情報科学の強み
(1)本研究の共著者の中には、情報科学、統計科学、バイオインフォマティクスなどの研究者がおり、これらの学問の技術が研究成果に大きく貢献した。まず、その点について振り返りたい。
本研究では感染症拡大のシミュレーションモデルとして、情報科学の技術を利用して従来のSEIRモデルを拡張しSEIRixモデルを構築したことは前回述べた。SEIRixモデルの優れた点は、コミュニティへの人口流入や介入効果をシミュレーションに取り込むことができた点である。従来のSEIRモデルではコミュニティの人口は固定されており、外部からの人口流入は考慮されていない。しかし、現実社会においては、集団の構成員は常に変動しているのであり、より現実に即したシミュレーションを行おうとすれば、外部からの人口流入を経時的にフォローするのが望ましい。
また、感染拡大の様子を観察するだけでなく、介入に対するリアクション(=感染者数ピークの変動)を表すことができた点も新しい。医療や公衆衛生が発達してきた現代社会においては、国により程度の差こそあれ、ある感染症が流行している(あるいは流行が予想される)場面において、政府その他の機関が何の対策も講じずに感染拡大・自然収束を待つということは考えにくい。そうすると、介入時期、介入強度等の情報を盛り込んだシミュレーションを行うのがより現実に近いといえる。

(2)このように、動的な情報を整理し、時間軸に沿って次に起こる事象を予測できるのは情報科学の手法を利用した研究の強みであると考える。感染症対策をはじめとして、医療・公衆衛生の分野では、現状の整理にとどまらず次にどのようなことが起こるかという時間軸に沿った科学的な予測を求められることがしばしばある。しかし、医療・公衆衛生政策立案者や医学系研究者だけでは、情報の整理・モデル構築などによる精緻な科学的予測を行うことは困難である。一方で、情報科学の研究者だけでは医療・公衆衛生の現場の情報を得ることができず、ニーズに合った情報処理を行うことができない。医療・公衆衛生政策立案者や医学系研究者が、現場で起こっていることや求められていること、知りたいことを情報科学系研究者に伝え、情報科学系研究者は求められている情報を構築するために必要なデータを政策立案者や医学系研究者に伝え、政策立案者や医学系研究者がデータを収集して受け渡す、というように両者の密なコミュニケーションが不可欠である。
両者が融合することにより”evidence-based public health policy making”が可能となる。医療・公衆衛生政策と情報科学の親和性は高い。

3.本研究の発展と今後の可能性
(1)現実社会に近づけたシミュレーション
本研究では、感染者の入国パターンを一通りに定めて入国感染者の推定及び感染拡大、介入のシミュレーションを行っている。しかし、感染者の入国パターンは様々なものが考えられる。例えば、入国感染者が急増するパターンや徐々に増加していくパターンなどである。感染者の入国パターンを複数設定することで、感染症の特性に合ったシミュレーションを行うことができると考えられる。
また、本研究では10万人のコミュニティを初期の集団として想定し、シミュレーションを行った。今後の可能性としてはコミュニティのサイズをより大きくし、コミュニティ内の人口について年齢、性別、職業、行動パターン、地域等を分類して仮想社会を構築し、感染拡大のシミュレーションを行うことが考えられる。集団単位ではなく、活動している個人の相互作用をベースにシミュレーションを行うことで、より現実社会に近い状態を再現することができるだろう。そうすることで得られる情報は飛躍的に増加すると考える。本研究で得た推定感染者数や最適介入時期だけでなく、感染経路や感染が広がりやすい場所、介入のターゲットなどの情報が得られる。

(2)必要なリソース―スーパーコンピュータの活用
このような大々的なシミュレーションを行うにはそれに見合ったリソースが必要である。本研究では感染者の入国パターンを一通りに設定し、介入の時期、強度などを変化させて約20000通りのシミュレーションを行った。この計算にはパソコンを用いたが、約45分間かかった。例えば、入国パターンを増やして同様のシミュレーションを行うことを考えると、入国パターンを10通りにすれば計算時間は10倍となり、各々の入国パターンにつき入国感染者を100通りずつ考えたとすれば計算時間は45分の1000倍つまり、普通のパソコンで約1ヵ月かかることになる。さらに、介入の時期、強度のバリエーションだけでなく、複数の介入を組み合わせることなどを考えると計算時間は爆発的に増加し、普通のパソコンでの計算では追い付かない。また、個人の相互作用をモデル化してシミュレーションを行うにあたっては通常のパソコンの情報処理能力では不可能である。
現実社会に即したより精緻なシミュレーションを素早く行うためには、通常のパソコンの1000倍以上の情報処理能力を持つスーパーコンピュータが必須のインフラとなる(例えば、先に挙げた通常のパソコンで1カ月かかる計算もスーパーコンピュータを用いると45分で済む)。実際に、海外ではスーパーコンピュータを用いた感染症パンデミックシミュレーションが行われているようである。
医療・公衆衛生分野は国中の、あるいは世界中の人々の健康・生命に関わる分野であるから、何らかの政策・対策を講じるにあたっては十分な科学的根拠、科学的予測が必要である。今後、わが国においても、情報科学の手法とスーパーコンピュータを積極的に活用し、的確な政策立案に活かすことが求められる。

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