最新記事一覧

vol 11  Job DescriptionとNurse Practitioner

医療ガバナンス学会 (2010年1月15日 08:00)


■ 関連タグ

~職文化の異なる国の制度をどう利用するか~

神津内科クリニック院長
神津 仁
2010年1月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


明けましておめでとうございます。
2010 年という年がどんな年になるにせよ,我々が望むことは1つ,人々が健康で心安らかな毎日が過ごせるように,ということでしょう。今年も皆さんにとって良い年でありますようにお祈りします。
さて,最近Nurse Practitioner(NP)という職種が注目を集めています。もともとは米国の制度で,正看護師(Registered Nurse)として一定以上の職務経験を積んだ人が、専門職大学院において必要な学位を取得し、試験に合格して得られる資格です。その仕事は、比較的安定した状態にある患者さんを、医師のいない過疎地で診療するというものです。初期症状の診断、処方,投薬などを行なうことができますが、外科手術をすることはできません。NP は開業してオフィスを構える場合、自己の責任において開業ができる州と、提携関係にある医師の監督の下に開業ができる州とに分かれるようです。その専門領域は、ウィメンズヘルス(女性の健康)、小児、高齢者、精神、急性期の5つの領域のほか、救急、家族、新生児などです。米国では病院医療がとても高額であることから、低コストで過疎地に必要な医療を提供するシステムとして受け入れられているようです。
しかし、日本ではどうでしょうか? 日本の医療費は先進国のなかで最も安く、長く社会主義的な統制医療下に置かれて、医師の給与は勤務医,開業医を問わず、今では米国の医師の数分の1 という低コストで、日本の隅々まで保険証1枚で診療している状況です。政府も昨年、医師数を1.5倍に増員することを決定しています。
NP が導入されると、看護師資格のなかに、また職業的ヒエラルキー(階級制)がつくられてしまいます。今でも准看護師と正看護師の、制度上の軋みが整理されていないのに、大丈夫なのだろうかと心配になります。
明治・大正の昔には、医師にも医学専門学校卒、私立大学医学部卒、国立大学医学部卒などの違いや、医学博士を持つ、持たないで給与が違ったり、勤務待遇が違った時期もあったようです。しかし、我々の時代にはそうした違いはなくなっています。私も医学博士を持って、専門医も指導医も持っていますが、病院で給与にそれが反映されたことは一度もありませんでした。今のところ国が決めた診療報酬にも差はありません。
アメリカでは、職業差にレベルを設けているために、お互いの職域を犯さないという不文律があります。皿洗いの仕事を、フロアマネージャーがしては絶対にいけないのです。専門医は、一般医のやる仕事を絶対にしません。冷泉彰彦氏の「アメリカモデルの終焉」によれば、アメリカでは、小学生の頃からこの「他人の職域を侵すな」ということを教わるといいます。小学校では子供に学校の掃除をさせないのです。極端な場合、床にゴミが落ちていても拾わせません。その意は「清掃をする人の仕事を取ってはいけない」というものです。この考え方は、成人して仕事をするようになっても続きます。レストランでは、受付でテーブルまで案内する人と、お客の注文を取る人が違います。案内する人は絶対に注文を取りません。また、食べ終わったお皿を片付ける係も違います。このように、役割分担がはっきりしているアメリカでは、医療の職場においてもこのタイプの区分けが行われているのです。
アメリカの職種において、職域が細かく分けられているのは、それぞれに就労する人々の雇用を確保し、その職種・職域で得られる収入を確保するシステムとして機能しているからです。簡単で責任を問わない安い給与の仕事から、複雑で知的レベルの高さが要求され、責任も問われる高収入の仕事までさまざまなものがありますが、それぞれの職域を犯さないように、「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」が取り交わされます(冷泉彰彦著「アメリカモデルの終焉」東洋経済新報社)。ステイタスや高収入を得たい人は、資格を取って上をめざします。それが米国の文化であり、その文化の上にNPという職種が成り立っているということを忘れてはいけないのです。
日本とは根本的に異なる『職』文化の国のシステムを入れるには、いろいろな配慮をしなければいけません。日本はいつも性急に形だけを導入して失敗しています。最近では、「経済」という視点から医療費を抑えようとして、「医療崩壊」が起きたことはご承知のとおりです。低コストの医療を、という政界・経済界の医療の本質を曲げてまで通そうとした、「無知で荒々しい」医療政策はすべて失敗に終わっています。NPを導入するという議論も、その発端は、医療費が安く済むから、という単純な考えから出ています。前述したように、医師への診療報酬がとてつもなく高い米国では、その役割は一部あるでしょう。しかしアメリカも、根本的には医療保険制度や、勝ち組だけが残る雇用形態、マーケット至上主義、地域医療のインフラの問題などの改革をクリア出来なければ、その効果も限定的だといわざるを得ません。ただ単にアメリカの制度を日本に持ってきても、失敗するのは目に見えています。今までの失敗の山を眺めて学習し、そろそろ成熟した議論を進めていくべきだと私は思います。

(看護実践の科学医療時評 連載 第1回 Vol.35 No.1 2010-1 より一部加筆して転載)

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ