医療ガバナンス学会 (2010年1月23日 07:00)
私が書いた文章の中でもっとも言いたかったのは、フルタイムで働く女性にとって、喫緊の課題は、「家事」であるという、ちっとも高尚ではないことです。育児も一大事業ではありますが、終わりがあります。家事は育児が終了しても、営々と続きます。これは女性医師だけでなく、夫婦二人がフルタイムで働こうとするならば、誰にとっても同じことです。半々にしたところで、決してフルで働きながらできることではありません。「専業主婦」という言葉があるとおり、プロがやっても終わりのない仕事です。
もう一つ、特に子どもがいる場合、食事は待ったなし。残業を終えて、買い物をして帰り、料理をしてさて食事となると、一体、我々一家の夕食は何時になることでしょう。時間という物理的制約にも追われることになります。さらに当直に当たらない貴重な休日、なにをするでしょう。もちろん、掃除をしなければ。たまった洗濯も。夫婦二人半分ずつやったとしても、これもなかなかです。
この泣き言に対して、大手新聞社の「担当がかなり難色を示しています。内容が問題なのではなく、医学部教授ともなれば社会的な成功者であり、その方が「お手伝いさん」云々と仰ると、読者から強烈な反発がくるようなことを言っています。そうではない、医療崩壊にもつながる大事な話なんだと説得しましたが、どうもだめです。」と言うような理由で、前回掲載をいただいた記事は長い時間塩漬けになったあげく、あえなくボツになりました。ブラッシュアップしてくださった親切な記者さんの抵抗にも関わらず。
さて、では泣き言いわずにこういった家庭のことをアウトソーシングするとして、現状、いったいいくらかかるか、そうやっているスタッフに聞いたところ、掃除は1回2時間で2万円。家事は別のところに頼むわけですが、時給は3000-5000円。1日2時間1日おきの作り置きをしてもらうとして、週3回3万円。あわせると週に5万円ですから、清潔な家で、満足な時間に食事をしようとすると、月に20万円かかります。子どもを預けるのに、運良くいいところが見つかったとしても、月5-6万円、2人いれば10万円。私のいる大学病院では保育所の開店は朝8時ですが、朝8時のカンファランスに出るには7時から預かってくれるところでなければなりません。外科医であれば、8時半おろしとして、その前にカンファランスがあるでしょうから、7時預かりでもぎりぎりでしょう。この始まりを遅くすると、外来や病棟業務に響いてくることは皆さんご承知。
共稼ぎをするというのは体力だけでなく、財力もいるというわけです。
女性が仕事をやめる理由、育児と家事です。なぜ女性だけがこれをやらなければならないのか。男性も育児休業を取る世の中です。得意な方がやればいいのでしょうね。あるいは、まっぷたつに割って。専業主婦(夫)のいるご家庭はこんなケチな話とは無縁でしょうが。
前回の文章を読んでいただくとお分かりのとおり、フルタイムで働きたい人にとって、家事は毎日の一大事業であり、これを軽視するところが家事に対する、ひいてはこれをやってきた女性にたいする尊重の足りなさにつながるのです。
さて、内閣府は男女共同参画運動を支援してきており、育児休業も法制化されました。そもそも男女共同参画とは男女が等しく社会に共同参画することで、そのために必要なことがたくさんあるというわけですが、いずれも女性が社会に出て働きやすくするためのものと考えました。だから、育児休暇もとりやすいように法でバックアップするというわけです。しかし、業界は医師不足、社会は不景気、私はこの現状下、内閣府が女性を働かせようとしているのか、休ませようとしているのかわからなくなりました。女性も男性も働ける人には働きやすく、また、休みたい人には休みやすくするというのが普通の考えだと思うのですが、それでは、炊事洗濯掃除といった家事全般をどのように位置づけているのかと思うと、これは単に家庭の中で処理すべきことであって、外に出すような問題ではないことのようでありました。そのために、大手新聞社の女性担当者に、あんたのようなえらい立場の人が家事を他人にさせるなどと言ったら、読者一般が許さないといって、怒られてしまうのでしょうが。しかし、ここで、どんなに情けないと思われても本音を明かしましょう。
第一に私は偉くない。第二に私は正直だ。正直言って、家事は大変だ。第三に家事をなめるやつの気が知れない。第四に、私は器用ではない。働きながら家事を半分でもこなして、時間には子どもに満足な食事をさせ、しかも職場で立派に仕事もこなすなど、できない。第五に、私は悩むタイプだ。命を私の手にゆだねる人にどんな顔して、では途中ですがお先に失礼といえるだろう。しかし、児泣くらむ、それその祖母も我を待つらむぞ、心配顔。ジレンマだ。
それではどうやって、不器用な私が今まで20数年常勤でやってきたか、苦労話をいたしましょうといいたいところですが、ざっと20年はかかってしまうのでやめておきます。しかし、私の踏んだ轍は若い女性には踏ませない。私の無理や悔いを無駄にせず、いろいろな立場の女性が、いろいろな分野で働いて、日本に力を与えること、これをわずかでも実現するために、私は前回の文章を書きました。大手新聞社には蹴られましたが、私の文章を直し、中で戦ってくれた記者さんには本当に感謝しています。そして、掲載を許してくださったMRIC編集部にも深謝いたします。