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Vol.076 学びを深めたい看護職の原動力

医療ガバナンス学会 (2018年4月10日 06:00)


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学びを深めたい看護職の原動力

看護師
兒島百合枝

2018年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、大学病院で看護師として5年間の臨床経験、A校で専任教員として15年間の教育経験を積み、そして今は訪問看護師と看護専門学校(A校)の非常勤講師をしています。長年遠ざかっていた臨床現場で患者さんと向き合い看護ができることに新鮮さと充実感を覚えながら訪問看護に取り組んでいます。また、非常勤講師として基礎看護学の授業活動を通じて楽しく学生と関わっています。

現在の勤務の形をとりながら、息子はだんだんと成長していき、あまり手がかからなくなりました。すると、私の中では「自信を持って看護教育に戻りたい」と考えるようになり、「今のうちにもう一度勉強がしたい」と思い大学院進学を決めました。2018年4月から通信制の星槎大学大学院で学びがスタートします。ここでは、働きながら学びたいと考えている看護職の方々の参考になればと、私の経緯を振り返りながら「学びたい」と私自身が強く思う原動力を考えてみたいと思います。

大学病院の消化器病棟での5年の現場経験を振り返ると、合併症を持つ症例への複雑な消化器手術、難治性消化器疾患、消化器癌治療など、様々な場面での看護を経験しました。当時は、シーツ交換、検査出し(病棟から院内の検査場所まで送迎すること)、配膳、食事指導、内服指導など患者さんにまつわることをすべて看護師がやっていました。そして、手術症例がとても多く、病棟では目まぐるしく手術前後の看護が展開されていきました。急性期病棟でありながら末期がんの看取りも多くあったことから、精神的にもこたえる毎日でした。そこで思い起こされたのは、私が看護学生の頃の終末期実習でした。初めて人の死を目にしました。

私が学生として担当していた患者さんでした。家族が動揺する中で何もできない自分が歯がゆく、その家族と一緒に私は泣くことしかできませんでしたが、担当看護師はその死に直面しても仕事(死後の処置)をこなしていました。その冷静な看護師の姿にとてもショックを受けて「あんな看護師になりたくない」と強く思っていました。しかし、私自身が看護師になると、1年目の新人看護師として患者さんの死後の処置やその後の対応に必死になっている自分、次第に人の死に慣れてしまっている自分にふと気づきました。看護師になりたての頃は、手術後の患者さんの痛みをどうしてあげようか悩んでいたはずなのに、いつの間にか医師の指示通りに鎮痛薬を持って対応しているようになっていました。業務に追われてこなすだけになっている自分の姿に違和感を持ち、看護師としての仕事から離れることを考えました。

ちょうどその頃、先輩看護師から専任教員にならないかと声をかけられ26歳で看護専門学校に異動しました。そこでは基礎看護学を専門として、主に看護技術を担当しました。それまでの背景も生活体験も異なる幅広い年齢層の学生に看護技術を教える難しさを何度も感じ、教える内容も使用する物品も自分の学生時代と大きく異なることにも苦しみました。しかし、私が教員を続けられたのは、「学生の反応」であったと思います。講義を受けている時とは違って、技術のデモンストレーションをすると、学生は「集中した眼差し」で近寄ってきます。「先生すごい!」「なんでそんなことができるの?」「難しい!」といった学生からの反応に私はやりがいを感じ、さらに自信をもらいます。

看護教員としての私のモチベーションはこういった学生からの反応で維持されていると感じます。また、病棟の業務に追われて「看護とは何か」を考えられなくなっていた私は、看護専門学校の専任教員になって、看護師として見失いかけていた大切なものを取り戻せたと思います。専任教員になってからの私は、「こんなに看護を考えたことがない」と思うほどに学生と「看護」を考えるようになりました。私自身が学生時代に感じたように、学生が感じる想いを大切にしてあげよう、初心の気持ちを忘れないようにしようと看護教育に関わるようにしています。看護を教える立場から、業務に追われることや業務への慣れで看護師として見えなくなるものがあることも学生に伝えるようにしています。

専任教員として勤めて10年を迎えた頃、当時の上司に大学院進学を勧められました。独身だった私は、「結婚しないのであれば何かしないと!」と、この先の人生について悩んでいた時期にあったので、その勧めにしたがって仕事を続けながら夜間の大学院に進みました。日中の仕事を終えて夜に大学院に行き帰宅は深夜になるという、体力的にとても過酷な毎日を過ごしていましたが、自分が学生の立場で学ぶ環境がとてもいい刺激になっていたことを覚えています。そのような慌ただしい毎日が過ぎていく中で、幸運なことにかねてからの友人と結婚することになりました。
大学院生活1年目が終わるまでには、2年次の必修科目以外の単位は取れており、これから本格的に研究に取りかかろうという時に子どもを授かりました。出産年齢の高さと子育てを優先して、私は大学院を1年間休学することにしました。復学する気持ちは強かったのですが、0歳児を育てながら夜間に通学することが難しく、退学の道を選びました。子育てと勉強の両立ができずに「諦めた」形での退学でしたが、次第に「この(大学院生としての)時期にやれるだけのことはやってきた」と思えるようになり、後悔は残りませんでした。

息子が1歳になり育児休暇が明けて、教員の仕事に復帰すると、子育ての両立で忙殺されていましたが、時間に追われながら自分なりのリズムを整え、次第に充実した毎日を送っていました。そして、息子の成長を見ながら、第2子を望むようになりました。しかし、度重なる不妊治療でもそれは叶わず、通院のために仕事を何度も休むことに悩み続けました。学生や実習病院にこれ以上の迷惑をかけることはできないと考え、不妊治療に専念するために15年続けてきた看護専門学校を退職することにしました。
専任教員として勤めていた頃は、授業や実習だけでなく、学年担任や委員会活動など様々な業務に追われ、気持ちに余裕が持てない毎日を過ごしていました。しかし、そのような忙しさの中でもやりがいを感じていたので、専任教員を辞めることはとても不本意でした。これが大学院を退学したときとの大きな違いでした。この時の後悔は、現在の私のキャリアパスを考える上でとても大きなものになっています。

5年以上の臨床経験は専任教員の要件の一つですが、私にとって5年の臨床経験は十分な自信を持てるほどのものではありませんでした。消化器外科で急性期看護から終末期まで学びましたが、その他の診療科に関わることがありませんでした。専門学校には付属病院がないため、学生の実習場所は地域にある複数の総合病院でした。そこで、病院によって、そして診療科によって、看護体制、使用物品、看護ケアのやり方が大きく異なることを初めて実感しました。学生を引率して病院での実習に参加しているとは言え、採血や点滴など一般的な技術を現場で見るたびに自分の技術が通用するのかと臨床経験の少なさからの不安を覚えました。

不妊治療に専念するために専任教員を辞めましたが、その後は訪問看護師と専門学校の非常勤講師として臨床と教育の両方に触れながら働いており、これまで遠ざかっていた臨床現場での看護実践と技術を「学び直す」とてもよい機会に今はなっています。15年ぶりに患者さんに点滴のために針を刺した時には、看護師になったばかりのような緊張がよみがえりました。こうしてみると、「学生との関わり」からの充実感が今の私にとっての大きな原動力になっていると感じています。臨床から教育へ、そしてまた臨床へ立ち返って得られた「経験」をもとに、これからまた看護教員として今まで以上に自信をもって看護技術を教えていきたいと思います。

私が「学びたい」と強く思っているもう一つの原動力が姉の存在です。
私は小さい頃から看護師に憧れていたのではなく、先に看護師になっていた姉に影響を受けました。いつも姉と比べられることに辛さを感じていましたが、不思議なことにそこまで仲がよくなかった姉と同じ看護師という道を選び、さらに姉が勤務する病院に就職しました。その病院で5年勤務してから私は先輩に声をかけられ専門学校の教員になりましたが、果たして姉もその1年後に他の先輩からの勧めで私と同じ専門学校に異動してきました。

職員数の多い大学病院では、たまに顔を合わせるくらいでしたが、専門学校ではそうはいかず、姉との比較という小さい頃からのコンプレックスがよみがえることもあります。それでも昔との違いは、姉への劣等感を感じていても「いつか姉を追い越したい」という思いも私が持っていることです。いつの間にか姉の存在は「良きライバル」に変わっていました。これから専門学校卒の私が大学院で修士号を目指す決意の裏にも、短大卒の姉の存在があります。私が育児休暇を取っている間に、私の1年後に専任教員になった姉は中間管理職になり、これからその先の管理職を目指して進んでいます。そんな姉の昇進を見ながら、私は姉とは違う場所で活躍していきたいという気持ちを強く持っています。

このように、私が「学びたい」という気持ちで大学院に進む先には、看護大学の教員になりたいという思いがあります。私自身が抱いている大学への憧れと、大学ではどのように看護学生を育てているのかという興味と、そしてこれまで専門学校で教えてきた経験を合わせて看護教育に携わっていきたいと考えています。専門学校の専任教員を退いて不妊治療に挑みましたが、思った通りには進まず残念な思いをしました。それでも大事な息子が成長するのを見ていると一緒にいる時間を大切にしようとあらためて思います。以前よりもそういった時間は短くなっていることに少し寂しさを感じますが、看護教育という仕事にしっかり力を注いでいきたいと思います。今は看護教員に戻るまでの準備段階として、大学院で学習して実践力をつけたいと考えています。不安と期待を持ちながら、自分が描く将来のビジョンに向かって努力する2年にしたいと思います。
略歴
看護師。大学病院消化器外科病棟での勤務のあと、看護専門学校専任教員として基礎看護学を担当。現在は訪問看護師として在宅医療に従事しながら、専門学校非常勤講師も兼務。

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