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Vol.077 裁判所にもの申す  ~これでいいのか医療裁判~

医療ガバナンス学会 (2018年4月11日 06:00)


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つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2018年4月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

最近、腰背部痛で受診した患者さんが、腹部大動脈瘤だったのを見落とされて亡くなったと裁判となり、診察した医師の過失が問われました。
まず、ご遺族の方には心からお悔やみを申し上げます。
この件は、まだ裁判が終わっていないようですが、医療裁判は時に、「現場を知らない人達による想像の上での仕事のやり方(work-as-imagined)」で医療者を裁いているように思われます。本来は「実際に現場で行われているやり方(work-as-done)」で判断していただくことが肝要と思われましたので、今回の事例を少し掘り下げて考えてみたいと思います。

患者さんは69歳男性で、朝方発症した腰背部痛のためにタクシーで病院に向かい救急外来受診、救急部では右手が震えることや左手にしびれがあること、朝血圧が下がった事等伝えましたが、待っている間、血圧は安定しトイレ歩行もしていたため、トリアージナースは緊急性がないと判断し神経内科一般外来にまわしました。
神経内科の医師の診察時にも症状は安定し腰背部痛が中心の訴えではありませんでした(患者家族は脳梗塞の再発を心配していた)ので、腹部大動脈瘤を疑ってCT検査を施行するに至らず、症状が続くようなら翌日受診するよう指示して帰宅させました。患者さんはその夜0時頃急変して亡くなりました。死亡時画像診断(Ai)で腹部大動脈瘤破裂と診断されました。

高裁の裁判長は、「経過を丁寧に聞きよく検討すれば腹部大動脈瘤に気づいたはずで、適切な検査を行なわず、医師の診察に過失があった」として3300万の支払いを命じています。確かに教科書的には腰背部痛で見逃してはいけない疾患に腹部大動脈瘤の破裂があり、高裁の判断は明らかな間違いではありません。
一番の問題は、裁判所が日本の医療の現状を全く考慮せずに判断していることです。
日本の医療機関の外来はかつて3時間待って3分診療と揶揄されていましたが、今でも非常に混んでおり、限られた時間内で診断をつけるために私たちは日々大変苦労しています。当該病院も年間の救急患者受け入れ15000人、一日の外来数は一日900人弱と、地域の要になっている多忙な病院です。時間的な制限は、当たり前ですが診断をつける上で医療の質に大きな影響を与えます。例えば、アメリカやスウェーデンでは初診に30分から1時間かけます。そのために、これらの国では外来の受診に制限がかけられています。それに対して基本的に医療機関を自由に受診出来る日本では、初診の患者さんの診察に十分な時間をかけることが出来ません。
忙しい外来で何が最優先されるかと言えば、その時の患者さんの訴えです。極めてシンプルな原則です。つまり患者さんにも、診てほしい事を効率よく伝えるスキルが求められています。短い時間ですべての訴えを聞く事は実際には不可能で、訴えの強い事柄を優先し診察します。そして、経過観察とするのか、さらに精査を進めるのか判断します。
この患者さんの診察時の主訴は、強い腰背部痛ではありませんでした。幸か不幸か、朝、破裂したと推定される動脈瘤は、腹腔内の閉鎖空間で一旦出血が止まり小康状態を得ていたのでしょう。そうなると、ご本人もそれほど腰背部痛は訴えないでしょうし、医療者側も訴えの強くない症状に耳を傾ける時間的余裕はなく、一通り診察して経過観察となったことは容易に想像出来ます。

確かに腹部の造影CT検査をやれば腹部大動脈瘤の診断は付きますが、検査では造影剤を使い被曝もするわけです。良心的な医師ほど、極力無駄な被曝は避けようとするのは当然でしょう。特に緊急でCTをオーダーするにはそれなりの「強い疑い」が必要です。今回はベテランの医師でも「強い疑い」を持つに至らなかったということです。
日本には世界一CTとMRIがありますが、医療被曝も世界一です。一般外来を受診する腰背部痛は整形外科的な痛みである事が多く、動脈瘤破裂が起きているにも拘らず、症状や血圧が安定した状態で受診となることは非常に稀です。1人の動脈解離や瘤破裂を見つけるために腰背部痛を訴えた99人に造影CT検査をすることは通常はありません。この事例で腹部造影CTを撮らなかった事を「医師の過失」とするのには強い違和感を覚えます。

アメリカで起きた、リビー・ジオン事件をご存知でしょうか。
これは18歳の女子大学生リビー・ジオンが、救急外来で彼女が飲んでいた内服薬と併用禁忌の薬を投与されたために亡くなってしまったという事件です。
New York Timesのジャーナリストだった父親は当然のことながら病院や医師を訴えました。しかし法廷で明らかになったのは、担当の研修医が40人の患者を受け持ち、連続36時間勤務出来る体制だったことです。
このため、判決文に「長時間労働が医療の質に悪影響を与えている、研修医が連続して働くことを規制する法案を作ることを提案する」という文言が盛り込まれました。
これによって、アメリカの研修医は勤務時間が制限されるようになったのです。
上級医には勤務時間の制限はありませんが、職務範囲がきちっと契約で決められていますので、日本のように際限なく働かされることはまずありません。
スウェーデンも同様です。労働時間管理法という法律で医師の労働時間もしっかり管理されており、一日の外来数は14、5人に制限されています。私たちは諸外国から見たら、unbelievable(信じられない!)と言われる状態で外来をこなしているのです。

日本では、医療に素人の裁判官が、医療の質の問題を裁いているために、非常に危険な方向へ進みつつあります。
私の専門は循環器内科で、現在も日々百人近くの患者を診ていますので、怒濤の外来時に、胸腹部痛や背部痛で来た患者さんの中から、診察で大動脈瘤切迫破裂を疑って、緊急で検査に回すものを選び出すのがどれだけ難しいか、よくわかります。丁寧な触診でおなかを触れば拍動性の腫瘤に触れて瘤を疑えると言い切れる医師は非常に少ないと思いますが、裁判ではそういうことを言ってしまうわけです。
日本の裁判は、それぞれの主張にあった専門家の鑑定を裁判に持ち込み、法廷でのプレゼンテーションスキルも判断に影響しますので、医学的に正しい結論になるとは限りません。この事例では、医療者側も、朝のうちに動脈瘤が破裂した可能性があったとしても、法廷戦略上(そうしないと今の日本の裁判では勝てないので)それを否定してしまいます。
医療者同士のピアーレビュー(同業者評価)、カンファランスであれば、決してこのような「戦略的な」判断にはならず、ありとあらゆる可能性を考えてどうすればよかったか、この不幸な出来事をどうやって次につなげるか考えた事でしょう。
残念ながら法廷に持ち込まれた瞬間から、原因分析や再発防止のためではなく、紛争解決が目的となります。裁判官は基本的には直近過失で判断し、医療現場のマンパワーの不足や、外来の混雑の度合い等の背景要因を考慮することはありません。結局遺族の望む真実の追究や医療現場の改善にはつながらず、医療者も傷つき、医師たちのモチベーションは落ちて過剰な検査が更に増える悪循環となります。
こういった判決が医療現場に与える悪影響を大変危惧しております。

スウェーデンでは、2011年に医療事故調査制度と無過失補償制度が完備して以降、医療事故が裁判で裁かれる事がほとんどなくなりました。2014年に私が医療視察に行った時に、この方面の仕事が無くなった弁護士さんが、「スウェーデンの法律のシステムは罰するためでなく、改善するために利用されています。弁護士から見ると団結力が強い医師達に問題を感じますが、やはり当事者でもなく知識もないのに、上から目線で意見を言い患者のために一生懸命使命を果たしている医師を問題扱いするのは間違っていると思います」と言ったのが印象的でした。
日本でもこのような事例は、本来無過失補償制度で救済すべきものです。厚労省の無過失補償制度の議論は停止したままであり、早急な再開を希望します。

高度な医療知識と現状認識を必要とする医療について、弁護士と裁判官で議論し判断する現状のシステムには無理があります。医療裁判では、自分たちの主張に合った専門家の意見を集めるのではなく、専門家集団での議論が必要なのです。裁判所もそのような認識のもと、システムの改善をして頂きたいと思います。そして、出来るなら、リビー・ジオン事件のように医療現場の改善につながるような文言を判決に盛り込んで頂くことを期待します。

参考 腹部大動脈瘤破裂見逃しは医師の過失か- 岡山地裁、広島高裁判決の詳報

https://www.m3.com/news/iryoishin/590227

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