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vol 26 医師のドクターフィーを切り離せ

医療ガバナンス学会 (2010年1月29日 08:00)


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わだ内科クリニック院長
東京女子医大非常勤講師
和田眞紀夫
2010年1月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


アメリカ留学中の経験談からご紹介したい。留学中に家内はアメリカで子どもを出産した。主治医の産婦人科医はウェストコーストにオフィス(いわゆる日本の診療所)があり、かかりつけ患者となるときにまとめてドクターフィーを払った。これはいわゆる医師に対する技術料で、医師によってその額はまちまちだ。いい医者を選ぶとドクターフィーは高くなるが、患者の意思で安い医者を選ぶこともできる。ところで出産自体は総合病院(何ヵ所かの病院から選択可能)でおこなわれるが、分娩を含めたすべてのマネージメントは(病院と契約関係にある)主治医が責任を持って行う。

主治医はいわゆる病院の常勤医ではないのだが、契約した病院で常勤医と同様の医療行為が行ええるシステムになっている。その代わり一切の責任も主治医が負っていることになる。出産に関わる諸費用は二重払いをする方式になっており、病院側への入院・分娩に関わるコスト代とは別に医師に対しては技術料を支払う。また、麻酔科医に対しても病院への支払いとは別にドクターフィーを支払った。つまり医師の技術料というものが、独立していて確実に確保されているのだ。この方法が理想的かどうかはわからないが、少なくとも支払いの内訳が明快にされていて、透明ですっきりした支払いシステムになっているのは事実だ。

今、診療報酬の外来再診料のことが問題となっているが、これはまさに医師の技術料の問題だ。これを保険点数で統制していることに大きな問題がある。ベテランの医師でも研修医でも、また時間をかけようが簡単に終わろうが医師の技術料は一律という、非常に単純な評価方式なのだ。今、この再診料を上げるとか下げるとか議論されているのだが、一言に医師の診療といっても非常に多様であるのだから、これを一括して評価することにそもそも無理がある。支払い体制・制度そのものを抜本改正して、医師の技術料をきちんと評価するシステムを構築すべきだ。そのためにはドクターフィーをホスピタルフィーから切り離すことが改革の第一歩だ。

医師の技術料を独立の支払い体制にすることのメリットの一つは、医師の活動の場が広がることだ。非常勤医が病院で仕事が出来る環境が作られることは大きい。病院の医師不足がいわれる中、診療所や他の病院に帰属する医師が非常勤でどうどうと病院で働けるようになったら、病院の医師不足も相当補われるようになる。現在それができない一つの要因は、非常勤医に給料を支払う余裕が病院にないからだ。医師への賃金体制が独立すれば、この問題の解決のために大きな前進となる。あとは事故を起こしたときの責任等の問題はあるが、これは病院が責任を取るよりも個々の医師が責任を取るほうが健全なかたちであり、病院と切り離すことでむしろ病院のリスク回避にもなるのだ。あとは法整備をすればよい。

本来、医師の活動の場はもっと流動的でよく、なにも一つの病院に帰属している必要はない。数少ない専門性の高い医師などは、例えばA大学病院に2日、B総合病院に2日、C診療所に2日という勤務体制とすることもできる。一つの病院に帰属させようとするから、専門医の確保が難しくなるのだ。とにかく、医師の流動性をたかめること、それがなにより医師の偏在をなくし、病院医師不足の解消につながる。そもそも医療の世界でも終身雇用制はそぐわない時代に入っている。医師が病院に帰属してグループ診療に従事していると、他の医師や病院に依存する傾向が強くなり、責任のある行動を取れない医師が出てくるという弊害もある。このことが医療ミス、もしくは過誤防止にもつながりやすいという側面もある。ドクターフィーをホスピタルフィーから切り離すということは、病院から個々の医師を切り離すことを意味し、独立性を高める代わりに責任もまた重くなるという緊張感の生まれるシステムなのだ。

また、医師は医療に専念できるのが理想的な姿だ。医師は医療行為だけをして、その代わり技術料だけをもらうのが本来の形だ。つまり、検査や薬の差益や、もっといえば差額ベッド代などで入ったお金は医師に分配されない方がいい。これらは病院経営上の収支に組み込まれるべきものだからだ。しかし現状では医師が病院経営を兼務しているから、これらがごちゃ混ぜになって医師の懐にも納まっている。病院経営は経営の専門家に任すべきで、院長も医師でない方がいい。すなわち、ドクターフィーをホスピタルフィーから切り離すということは、医療行為を病院経営から切り離すということなのだ。もちろん診療所や小規模の医療機関では、医師が経営を兼務せざるを得ないけれども、経営に関する収支と医師の技術料はきっちりわけて計上することは会計が非常にすっきりする。

医師の仕事の評価ということに関していえば、大学病院などはさらに複雑な問題を抱えている。筆者も出向期間を含めて20年近く大学病院に勤務してきた経験があるが、大学病院の医師には診療行為以外にも学生の教育、医学研究という重要な任務がある。しかし大学からは一括して給料をもらうだけでその内訳がはっきりしているわけではない。教育はもちろん、研究にしてもボランティア活動ではない。しかし、現実は、特に研究活動などは業務としての評価は全くないはずで、つまりボランティアなのである。研究費は必要経費に当てられるが、研究員である医師の給与には組み込まれない。にもかかわらず、病院勤務の医師は多くの時間を教育・研究に注いでいる。だから医療行為だけを見て、仕事量を評価されたら相当少ないものになってしまう。診療行為に対する医師の技術料を曖昧にしているからこそ、曖昧な給料で一括されている。つまり病院の医師の給料は事務職員同様、終身雇用制を前提とした昇給制であって、仕事内容を評価して計上されたものではない。だから医師の技術料を独立させてきちんと評価するならば、教育・研究行為に対する評価も必要となってくる。教育に多くの時間を割いているものそうでないもの、研究を熱心にしているものしていないものも、今は一律の給料だ。要するにドクターフィーをホスピタルフィーから切り離すということは、終身雇用制・昇給制からの離脱をも意味するのだ。

ドクターフィーをホスピタルフィーから切り離すということは、予想以上に大きな影響を持つことかもしれない。しかし、外来再診料を上げるとか下げるということで一喜一憂するならば、そして医師の技術料をきちんと評価して欲しいと望むなら、今こそ決断のときなのではないか。ドクターフィーの切り離しに消極的であるという、病院経営を兼ねているドクターにとってもこれは避けては通れない道なのではないだろうか。保険点数に縛られた閉塞した医療状況から脱却するには、厚労省による統制医療制度から脱却しなければならない。ドクターフィーの独立はそのための第一歩なのだ。

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