医療ガバナンス学会 (2006年1月20日 06:23)
2005年10月19日に、厚生労働省から医療制度構造改革厚生労働省試案、同じく
12月1日に医療制度改革大綱が発表された。
今回はこれらをベースに、今後の医療制度改革を考えてみよう。
●高齢者医療
もっとも影響が大きいのは高齢者医療であろう。
75歳以上の後期高齢者については、その心身の特性や生活実態等を踏まえ、
平成20年度に独立した医療制度を創設する、ということで、財源構成は、患者
負担を除き、公費(約5割)、現役世代からの支援(約4割)のほか、高齢者か
ら広く薄く保険料(1割)を徴収する。被用者保険の被扶養者であった高齢者の
保険料の負担については、必要な経過措置を講ずる。自己負担は、75歳以上の
後期高齢者については、1割負担(ただし、現役並みの所得を有する者は3割負
担)とする。
また、前期高齢者医療制度(65歳~74歳)として、65歳から74歳の前
期高齢者については、国保・被用者保険の従来の制度に加入したまま、前期高齢
者の偏在による保険者間の負担の不均衡を、各保険者の加入者数に応じて調整す
る仕組みを創設する。
自己負担も変わる。70歳未満の者については、これまでと同様に3割負担と
し、70歳から74歳の者については、2割負担(ただし、現役並みの所得を有
する者は3割負担)とする。その際、1割負担から2割負担となる70歳から7
4歳までの低所得者については、自己負担限度額を据え置く措置を講ずる。
●予防医療
なんといっても、今回の目玉は、予防の重視である。禁煙プログラムに保険か
ら給付されるという話もあるくらいである。身近な国のシンガポールでも、現在
タバコには懲罰的な税金がかかっており、一箱が800円以上という話もあるが、
この国では、全国的にさらに厳しい禁煙活動を行うという。病気の元から立つ、
という考えだ。実際、政府系医療機関では喫煙者は勤務ができないという。
予防は本来、保険給付にはなじまない、これは保険というのがあくまで病気と
いう事故に対して、支払われるものであるからだ。予防は、事故が起きる前(こ
の場合には病気になる前)の話であるから保険ではないのである。
簡単に言えば、やる気のある人は、どんどんお金をもらって予防するし、そう
でない人は予防しないからだ。病気のようなあきらかなきっかけがないので、こ
のようなことになってしまう。
ただ、そうはいっても、糖尿病:有病者740万人/予備群880万人、高血
圧症:有病者3100万人/予備群2000万人、高脂血症:有病者3000万
人、そして、それが大きな原因になるであろう脳卒中:死亡者数13万人/年、
心筋梗塞:死亡者数5万人/年という現実を見ては対応は必要であった。
健診結果で異常が見つかった項目が多いほど10年後の患者一人当たり医療費
は高くなり、異常なしの者と主要4検査項目異常ありの者では3倍の格差がある。
また、糖尿病合併症患者と合併症のない患者は、5年前の医療費はほぼ同額であっ
たが、年々格差が拡大し、現在の医療費では約10万円の差が生じていた。そし
て、今回、こういった医療費削減の視点からも予防が重要視されているのである。
<a href=”http://www013.upp.so-net.ne.jp/mric/060120.files/slide0001.htm”>http://www013.upp.so-net.ne.jp/mric/060120.files/slide0001.htm</a>
●診療報酬
ついで、診療報酬について考えよう。みなさまがよくご存知のように中医協
(中央社会保険医療協議会)で主に診療報酬は決定されてきたが、今後は社会保
障審議会がかなり厳密な方向性を出した上で、中医協が審議をするという形にな
る。
これは、歯科医師会をめぐっての中医協の汚職問題によって中医協の権限につ
いて疑問符がついたところからはじまる。
さらに、内部の委員の改革も進められている。医師会の委員が中心に診療側8
人、支払側8人、公益代表4人という構成であったが、(1)公益代表委員を増
やし、三者同数にする(2)診療側委員のうち病院代表を増やすといった改革が
なされていく。
●医療計画
地域医療計画は、地域の医療ニーズに応じた医療提供施設の体系的整備+医療
費抑制を目的に昭和60年に医療法改正により制度化された。後段の医療費抑制
との関連は、病床(医師)が多いと医療費が増加するという、医師誘発需要仮説、
による。
しかし、医療における規制の代表例のようにいわれ、2002年12月には、内閣府
の総合規制改革会議の指摘が出された。それは
1)病床規制により医療機関の競争が働きにくく、既存病床の既得権益化が生じ
新規参入が妨げられていること。
2)基準病床数の算定方法が現状追認型で、対人口比の地域間格差があること。
3)地域の実情、ニーズに応じた適切な機能別の病床数の確保ができていないこ
と。
が問題である、という指摘であった。
これをうけ、一般と療養の二つのタイプの病床で必要数を示す式が作成された。
しかし当面は、それらを合わせた数で規制をおこなっていくことになり、個別に
規制は行わないようである。
しかし、ここは、内閣側も大いに関心がある部分であるので、今後どうなるか
は正確にはわからないと思う。
●医療法人
我が国の医療提供体制を考えると、病院の61.3%、病床の50.2%は医
療法人が担っており、数字の面からだけでも民間非営利部門の医療法人が中心と
なっていることは明らかである。
政府は平成16年11月に「公益法人制度改革に関する有識者会議報告書」を
とりまとめるとともに、平成16年12月に閣議決定された「今後の行政改革の
方針」において、現行の民法による公益法人制度を抜本的に改革し、一般的な非
営利法人制度としつつ、公益性を有する非営利法人を判断する仕組み等について
の本格的な検討を行っている。これは、現行の民法34条法人の「非営利」の考
え方及び「公益性」についての判断基準等について、理論的な整理とそれを踏ま
えた法改正に向けた取組が進められ、あわせて税制についてもそれを踏まえた検
討が行われているところである。
検討会では、従来言われていた「認定医療法人」という用語がなくなり、「公
益性の高い医療サービス」を提供する法人と変わった。この「公益性の高い医療
サービス」を提供する法人では、「公益性の高い医療サービス」を安定的・継続
的に提供するための新たな支援方策の検討ということで、医療法人に従来認めら
れている医療機関債の発行のほか、証券取引法に基づく有価証券としての公募債
の発行、もしくは医療保健業以外の多様な収益事業の実施、寄付金税制を含めた
税制上の優遇の検討など、「公益性の高い医療サービス」を、安定的・継続的に
提供することを可能とするための基盤整備が求められる、といったメリットが認
められる。
ここで、「公益性の高い医療サービス」とは、通常提供される医療(活動)と
比較して、継続的な医療(活動)の提供に困難を伴うものであるにもかかわらず、
地域住民にとってなくてはならない医療(活動)で、
1)休日診療、夜間診療等の救急医療
2)周産期医療を含む小児救急医療
3)へき地医療・離島医療
4)重症難病患者に対する継続的な医療
5)すべての感染症に係る患者を診療する医療
6)筋萎縮性側索硬化症(ALS)など継続的な在宅療養を必要とする患者に対
する医療や当該患者の療養環境の向上を図る活動
7)災害など緊急時に対応する医療(災害医療)
などが考えられている。
●混合診療
2004年の年末に行われた改正が、実質的にはかなり大きな解禁であったの
で、今後は大きく変化はしないと思われる。あるとすれば、混合診療ができる対
象が拡大、あるいは認可の仕組みの変化であろう。
●医療費抑制策
すこし専門的になるが、医療費増減の予測は長瀬の式というので行われている。
そこから考えると、現行の3割以上の自己負担にすると、医師に行かなくなる人
が多くなりすぎる、ということで、これ以上の自己負担増加は考ええにくいとさ
れていた。
しかし、病院の規模や性質によって自己負担率を変えるといった、細かな方法
がとられる可能性はありえる。しかしこれには多くのコンセンサスがいるので、
当面は
1)予防医学の充実
2)患者にコスト意識を持たせる
3)高齢者医療制度の改革
といったところで、しのいでいくという感じになると思われる。
●終わりに
いずれにしても、マクロの医療費抑制策、すなわち総枠管理がまた議論の遡上
に上ることは間違いない。高齢者が増えるということは医療サービスを必要とす
る患者が増えることを意味するので、その意味で医療産業は安泰であろう。しか
し、保険の仕組みが今後どうなっていくかわからないというのもまた事実なので、
どんな改革があっても耐えうるような経営基盤を確保しておくことことが重要に
なろう。