最新記事一覧

臨時vol 2 「悪性中皮腫の発症機序に関して」

医療ガバナンス学会 (2006年1月25日 03:06)


■ 関連タグ

2006年1月25日発行
東海大学医学部内科学系腫瘍内科
植松和嗣

● はじめに

悪性中皮腫は、胸腔や腹腔などの体腔を覆う中皮や、その下の結合組織の未分
化な間葉細胞に由来する悪性腫瘍である。

胸膜、心膜、腹膜、精巣鞘膜に発生し、胸膜中皮腫が最も多い。組織型として
は、上皮型、肉腫型およびこれらの性格をあわせ持つ二相型がある。

死亡統計では、わが国の悪性中皮腫による死亡数は、1995年には500人であっ
たのが、2004年には953人と9年間に約2倍弱増加している。

悪性中皮腫はアスベスト曝露が主な原因とされる。アスベスト曝露から悪性中
皮腫発症まで20~50年かかるといわれており、わが国の過去のアスベスト消費量
の推移から、今後中皮腫患者の急増が懸念され、社会的に大きな関心を集めてい
る。

治療は、手術療法、化学療法、放射線照射、温熱療法などを組み合わせた集学
的治療が行われ成績も改善されつつあるとされるが、標準的治療は確立されてい
ない。最近、シスプラチンとペメトレキセドなどの新規葉酸代謝拮抗薬の併用化
学療法で有望な成績が示されたが、より効果的な治療法が強く望まれている。
発症予防や新たな治療法の開発のためには、発症機序の解明が必要である。現
時点では、明らかでない点が多いが、本稿では、悪性中皮腫発症機序に関する知
見を概説する。
● アスベスト

わが国では、ほとんどの症例がアスベストに関連して発症するが、海外の報告
だと20%程度はアスベストの曝露歴がないとされる1)。アスベストは、自然界
に存在する繊維状鉱物であり、非腐食性で優れた断熱性能を有し加工が極めて簡
単である。セメントに混ぜると簡単に建築資材となり、瓦の素材に含ませると断
熱効果が高まり割れにくくなる。アスベストとは、クロシドライト(青石綿)、
アモサイト(茶石綿)、クリソタイル(白石綿)、アンソフィライト、トレモラ
イト、アクチノライトの6種の鉱物の総称であり、前3者が広く使用されてきた2)。

長径と短径の比が大きいクロシドライト、アモサイト、トレモライトが悪性中
皮腫発症に主に関与し、曲がりくねった形状のクリソタイルは、発癌性が低いと
される3)。

吸入されたアスベストは、炎症や線維化を引き起こし、それに引き続きアスベ
ストに関連のあるさまざまな疾病を発症させると考えられる。アスベストがin
vitroで、染色体の変化を引き起こすことは証明されているが、この変化からど
のように悪性中皮腫が発症するのかは、はっきりしていない。

組織培養中では、アスベスト繊維は、ヒドロキシラジカルとスーパーオキシド
ラジカルといった活性酸素を産生することにより、DNA鎖の切断や欠失変異など
を起こす3)4)。それに加えて、マクロファージは、アスベスト繊維を貪食した
後、DNAを損傷する活性酸素とともに、各種サイトカインを産生する。

生体に吸入されたアスベストも、これらの反応により、標的細胞(上皮細胞、
線維芽細胞、中皮細胞など)の遺伝子発現の変化をさせると考えられる。さらに、
アスベストの作用およびこれを貪食したマクロファージの反応により、CD8 Tリ
ンパ球と抗原提示細胞の機能が抑制され、宿主の免疫能は低下する5)。それに
より、異常な染色体を有する細胞が免疫監視を逃れて、悪性細胞としての増殖が
可能になる1)5)。

ヒドロキシラジカルやスーパーオキシドラジカルは、シリカによっても産生さ
れるが、シリカは悪性中皮腫を発症させることはない5)。シリカは胸膜まで到
達しないといわれるが、それは定かではない。アスベスト繊維であるクロシドラ
イトは、epidermal growth factor (EGF)受容体を活性化し、AP-1を活性化する
ことで、細胞分裂を促進させる4)。

アスベストによるこれらの変化は修復されなければ、線維化、肺癌、悪性中皮
腫を発症させる可能性がある。アスベストによる悪性中皮腫発症のためには、活
性酸素の産生によるDNA損傷に加え、他の特異的な因子が必要とされる。
● 染色体異常

悪性中皮腫は、アスベスト曝露からその発症まで、20-50年かかるといわれる
3)。発症までの長い期間、多段階的に遺伝子異常が蓄積されることが予想され
る。

これら遺伝子異常は、癌遺伝子の活性化、癌抑制遺伝子の不活性化を引き起し、
悪性中皮腫が発症すると考えられる。

全ての悪性中皮腫に共通して認められる染色体異常はないが、Sandbergと
Bridgeは、これまで報告された細胞遺伝学的手法,Comparative genomic
hybridization (CGH)法,Fluorescence in situ hybridization (FISH)法,ヘテ
ロ接合性の消失(Loss of heterozygosity (LOH))の解析による染色体の変化を
まとめ、p14, p16遺伝子の存在する染色体9番短腕や、癌抑制遺伝子である神経
線維腫症2型(NF2)遺伝子のある染色体22番長腕の異常が、悪性細胞への形
質転換までに起こり、ウイルムス腫瘍の原因遺伝子としてクローニングされた癌
抑制遺伝子WT1遺伝子が存在する染色体11番短碗の異常がそれに続いていくと
している。
● p14, p16

SandbergとBridgeが提案した正常中皮細胞に起こる最初の遺伝子変化部位であ
る染色体9番短腕には、p14とp16の遺伝子が存在する。この2つの遺伝子は、染色
体9番短腕上でエクソン2,3を共有するため、この領域の染色体のホモ接合性
の欠失(homozygous deletion)により、p14タンパクとp16タンパクという重要
な2つの細胞周期調節因子を失うことになる。悪性中皮腫の細胞株の85 %(40細
胞株中34株)にこの領域のホモ接合性の欠失を認め、それを認めない6例中の2
例でも点突然変異あるいは染色体の再配列を認めた6)。

Illeiらは、悪性中皮腫組織の74%に、この部位のホモ接合性の欠失が認めら
れたと報告した7)。この報告では、悪性胸膜中皮腫の組織型別のホモ接合性の
欠失の頻度は、上皮型は71例中49例(70%)、二相型は19例中16例(89%)、肉
腫型は5例中5例(100%)であった。一方、肺癌など多くの癌で認められるp53や
網膜芽腫(pRb)タンパク質遺伝子の突然変異は、悪性中皮腫では稀である6)。

p14タンパクは、p53を分解するMDM2活性を抑制することで、p53機能を活性化
する。p16タンパクはCDK4/6に結合することで、CDK4/6/cyclinDの触媒活性を阻
害し、pRbのリン酸化を阻み、細胞周期をG1期で停止させる。これらp14とp16が、
この遺伝子領域のホモ接合性の欠失により機能しなくなることで、p53とpRbによ
る細胞周期調節機能が失われる。Yangらは、悪性中皮腫の細胞株にアデノウイル
スを用いて、p14を外来性に発現させることで、G1期の細胞停止およびアポトー
シスを引き起した8)。

アデノウイルスによるp16の悪性中皮腫細胞への発現も、細胞周期の停止、ア
ポトーシスを引き起し、マウスでの悪性中皮腫細胞の腫瘍原性の低下をもたらし
た9)。これらの結果は、p14およびp16の機能消失が悪性中皮腫細胞の細胞周期
異常に非常に強く関与していることを示すとともに、p14およびp16遺伝子の導入
が、有効な悪性中皮腫の治療法となる可能性を示唆している。
● Simian virus 40 (SV40)と悪性中皮腫

SV40は、ハムスターに悪性中皮腫を発症させることができるDNAウイルスであ
る10)。SV40は、細胞の種類により異なる作用をする。ヒト線維芽細胞や上皮細
胞は、SV40によって悪性細胞へ形質転換されることは稀だが、中皮細胞は悪性細
胞へ転換されやすく、アスベストは相乗的にこれを促すとされる。

ヒトの悪性中皮腫発症へのSV40の関与には、様々な議論がある。SV40やその
DNA配列の証明は、さまざまな施設で、さまざまな手法により報告され、米国で
は悪性中皮腫組織の40~50 %に認められるとされる3)6)11)。

悪性中皮腫のSV40陽性率には地域差が認められ、フィンランド人、トルコ人、
オーストリア人、ドイツ人の悪性中皮腫には、SV40は認められなかった1)。

それらを報告した論文中で、SV40陽性となった悪性中皮腫は、アメリカ人また
はイタリア人症例であった。この地域差は、SV40に汚染されたポリオワクチンの
使用の有無に関連する可能性が指摘されていたが、疫学的調査が正確に行われて
いないことから、SV40汚染ポリオワクチンが悪性中皮腫を引き起しているかは、
現在の所、明確ではない。

また、SV40を検出するためのPCR (polymerase chain reaction)システムに、
SV40のシークエンスを含むベクターの混入などの可能性などが指摘されており、
ヒトの悪性中皮腫とSV40の関係を疑問視する意見もある11)。

日本では、PCRによりSV40のシークエンスが検出される症例は認めるものの、
そのような症例でも免疫組織染色ではSV40が検出されず、日本人の悪性中皮腫発
症にはSV40は特に関連ないと考えられる12)13)。

SV40由来のlarge T 抗原は、pRbおよびp53を不活化する。これは、前述のp14
とp16遺伝子領域の欠失によるpRBとp53の不活化と同様の細胞周期の異常を引き
起す1)6)。但し、p14、p16領域の欠失のみでもp53,pRbの機能は不活化される
のに、同様の現象を引き起すSV40を用いなければならないのはヒトの悪性腫瘍の
発症機序からは冗長で2つの機構を用いる理由が考えにくいとする説もある11)。
● おわりに

悪性中皮腫の発症には、アスベスト曝露と、その後の悪性中皮腫発症までの長
期間に蓄積されると考えられる染色体9番短腕上のp14、p16遺伝子領域の欠失を
中心とした遺伝子異常が関与している。また、本稿では概説しなかったが、
epidermal growth factor (EGF)、hepatocyte growth factor (HGF)、tumor
necrosis factor (TNF)-α, platelet-derived growth factor (PDGF),
keratinocyte growth factor (KGF)、vascular endothelial cell growth
factor (VEGF)などの増殖因子およびその受容体の役割に関する多くの知見も報
告されている。

ヒトの悪性中皮腫を発症させるかどうかは更なる検討を要するが、SV40と悪性
中皮腫発症に関連しての研究成果も数多くなされてきた。

現在、ペメトレキセドなどの新規抗癌剤を用いた治療が有望視されている。今
後も、悪性中皮腫発症を分子生物学的に解明していくことで、より効果的な治療
法の開発へつながることが期待される。

多くの知見のなかで、何が最も悪性中皮腫発症にとって重要なのか、今後のよ
りいっそうの検討が望まれる。

p14, p16の欠損に引き続き、生体内での悪性中皮腫の発症、増殖あるいは腫瘍
維持に、最も関与する増殖因子またはシグナル伝達系を同定することが、新たな
有効な治療につながると考えられる。
● 文献

1)Carbone M, Pass HI, Miele L, et al. New developments about the
association of SV40 with human mesothelioma. Oncogene 2003;22:5173.

2)中野孝司.胸膜中皮腫(世界の現状を含めて).肺癌の臨床 2002;5:97.

3)Sandberg AA, Bridge JA. Updates on the cytogenetics and molecular
genetics of bone and soft tissue tumors. Mesothelioma. Cancer Genet
Cytogenet 2001;127:93.

4)Robledo R, Mossman B. Cellular and molecular mechanisms of
asbestos-induced fibrosis. J Cell Physiol 1999;180:158.

5)Carbone M, Kratzke RA, Testa JR. The pathogenesis of mesothelioma.
Semin Oncol 2002;29:2.

6)Testa JR, Giordano A. SV40 and cell cycle perturbations in malignant
mesothelioma. Semin Cancer Biol 2001;11:31.

7)Illei PB, Rusch VW, Zakowski MF, et al. Homozygous deletion of CDKN2A
and codeletion of the methylthioadenosine phosphorylase gene in the
majority of pleural mesotheliomas. Clin Cancer Res 2003;9:2108.

8)Yang CT, You L, Yeh CC, et al. Adenovirus-mediated p14(ARF) gene
transfer in human mesothelioma cells. J Natl Cancer Inst 2000;92:636.

9)Frizelle SP, Grim J, Zhou J, et al. Re-expression of p16INK4a in
mesothelioma cells results in cell cycle arrest, cell death, tumor
suppression and tumor regression. Oncogene 1998;16:3087.

10)Cicala C, Pompetti F, Carbone M. SV40 induces mesotheliomas in
hamsters. Am J Pathol 1993;142:1524.

11)Lopez-Rios F, Illei PB, Rusch V, et al. Evidence against a role for
SV40 infection in human mesotheliomas and high risk of false-positive
PCR results owing to presence of SV40 sequences in common laboratory
plasmids. Lancet 2004;364:1157.

12)Jin M, Sawa H, Suzuki T, et al. Investigation of simian virus 40
large T antigen in 18 autopsied malignant mesothelioma patients in Japan.
J Med Virol 2004;74:668.

13)Aoe K, Hiraki A, Murakami T, et al. Absence of SV 40 large T antigen
expression in malignant mesothelioma in Japan. American Association for
Cancer Resaerch 96th Annual Meeting Proceedings 2005;46:119.
著者御略歴

1988年3月 日本医科大学医学部卒業
1988年6月 日本医科大学臨床病理科(現第4内科)研修医
1990年6月 国立療養所松戸病院厚生技官
1992年6月 日本医科大学呼吸器科(現第4内科)研究生
1994年4月-1996年3月
国立がんセンター研究所腫瘍遺伝子研究部研究生
1997年3月 日本医科大学第4内科助手
2000年3月 カリフォルニア大学サンフランシスコ校外科ポストドクトラルフェロー
2003年7月 東海大学医学部呼吸器内科講師
2004年4月 東海大学医学部内科学系腫瘍内科講師

悪性中皮腫に関する論文リスト

1.Uematsu K., Kanazawa S., You L., He B., Xu Z., Li K., Peterlin B.M., McCormick F., Jablons D.M. Wnt pathway activation in mesothelioma: evidence of Dishevelled overexpression and transcriptional activity of β-catenin. Cancer Research 63:4547-4551, 2003.

2.You L., He B., Uematsu K., Xu Z., Mazieres J., Lee A., McCormick F., Jablons D.M. Inhibition of Wnt-1 Signaling Induces Apoptosis in Β-Catenin-Deficient Mesothelioma Cells. Cancer Research 64: 3474-3478, 2004.

3.He B., You L., Uematsu K., Xu Z., Lee A.Y., Matsangou M., McCormick F., Jablons D.M. A monoclonal antibody against Wnt-1 induces apoptosis in human cancer cells. Neoplasia 6:7-14, 2004.

4.Jensen RH, Tiirikainen M, You L, Ginzinger D, He B, Uematsu K, Xu Z, Treseler P, McCormick F, Jablons DM. Genomic alterations in human mesothelioma including high resolution mapping of common regions of DNA loss in chromosome arm 6q. Anticancer Research 23:2281-2289, 2003.

5.Xia C., Xu Z., Yuan X., Uematsu K., You L., Li K., Li L., McCormick F., Jablons D.M. Induction of apoptosis in mesothelioma cells by antisurvivin oligonucleotides. Molecular Cancer Therapeutics 1: 687-694, 2002.

6.Yang C.T., You L., Uematsu K., Yeh C.C., McCormick F., Jablons D.M. p14(ARF) modulates the cytolytic effect of ONYX-015 in mesothelioma cells with wild-type p53. Cancer Research 61:5959-5963, 2001.

7.植松和嗣. (総説)悪性中皮腫の分子生物学. 日本胸部臨床. 63. 239-246, 2004

8.植松和嗣. (総説)悪性中皮腫の分子生物学. 呼吸器科.7.466-471, 2005

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらにメールをお願いします。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ