医療ガバナンス学会 (2006年1月31日 03:03)
Atkins医師はアメリカの循環器の医師であったが、彼は、自分自身の体重減少
のために考え実践したダイエットの方法を、1970年代の初期に『Atkins博士のダ
イエット革命』として出版した。このAtkinsダイエットを実践したハリウッドの
有名な俳優たちがその成功を報告したこと、さらにその後も『Atkinsの新ダイエッ
ト革命』等の本を出版したことからこのダイエットは一躍有名になり、一時期ア
メリカ人の21%がこのダイエットを実践していたとのことである。Atkinsダイエッ
トの中心となっているのは、高蛋白質、高脂肪、低炭水化物の食事である。
Atkins医師は、Atkinsダイエットを生産する食品会社や、Atkinsダイエット本
の出版社を作るなど、華々しい事業展開もした。このAtkinsダイエットについて
は、当然世界中の栄養学者から強い反論があり、彼の説は馬鹿げているというの
が専門家たちの意見であった。しかし、2003年になってAtkinsダイエットで実際
に体重が減り、血中コレステロール値も下がるという報告が世界的に有名な臨床
医学雑誌に報告され始めたこと、また実際に蛋白質の食事を取ると早く満腹状態
になるという動物実験や臨床報告もあり、Atkinsダイエットが専門家の間でも見
直され始めた。皮肉なことに、ちょうどその時期にAtkins医師は、自宅の前の凍
り付いた石段で足を踏み外して頭を強打し、そのため死亡してしまった。Atkins
医師が死亡したこと、しかも死亡したときのAtkins医師が非常に太っていたとい
うことで、Atkinsダイエットは次第に人気を失い、一時期に比べて信奉者は少な
くなっている。しかし、Atkinsダイエットが減量効果があることは事実で、その
理由については長い間不明であった。
最近、フランスの研究グループによって、その理由を示す実験結果が明らかに
され注目されている※。彼らはラットを使った実験で、蛋白質を多く含んだ食事
を取ると、ラットの小腸でのグルコースの産生が上昇することを見いだした。こ
のグルコースの上昇は門脈を介して肝臓に伝わり、その肝臓からの情報が脳の食
欲を調節している部分に伝わり、ラットが食事を取らなくなると報告している。
この仕事は、Atkinsダイエットによる体重減少の機序を説明するだけでなく、過
食症等の摂食異常に対する治療法がこの機序を利用して開発されるのではないか
と期待されている。Atkinsダイエットで、蛋白食を取るときに肉よりも魚や大豆
の蛋白のほうがよりよいことはいうまでもない。
※Mithieux, G., et al.: Cell Metabolism 2:321, 2005
■著者紹介
高久 史麿(たかく ふみまろ)
自治医科大学内科教授、東京大学医学部第三内科教授、国立病院医療センター院
長、国立国際医療センター総長を歴任後、平成7年5月東京大学名誉教授、平成
8年4月から現職(自治医科大学 学長、日本医学会 会長)