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vol 3 「米国南カリフォルニア大学留学体験記その1」

医療ガバナンス学会 (2006年2月10日 05:43)


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2006年2月10日発行
◇◆ 米国南カリフォルニア大学留学体験記その1 ◆◇
「マスメディアを活用したヘルスコミュニケーション研究」とは
南カリフォルニア大学(USC)
医学部附属健康増進・疾病予防学際研究所(IPR)客員研究員
ならびにHollywood, Health & Societyリサーチインターン
別府文隆

● イントロ

今回から数回にわたって「マスメディアを通じたヘルスコミュニケーション研
究」について筆者が現在学んでいること、考えていることをMRIC誌上で紹介する
機会を頂きました。稚拙な議論も多々あるかと思いますが、お付き合いいただけ
ると幸いです(末尾に次回以降の予告を掲載)。
● ヘルスコミュニケーション研究と私

まず筆者のバックグラウンドからご説明します。

東京大学医学部健康科学・看護学科を卒業後、臨床看護師・一般病院での看護
研究指導講師・医学翻訳業などをしながら大学院を修士(保健医療情報学)・博
士(医療情報経済学)と進みました。その一方で夜学の映画学校に通い映画制作
を3年ほど学び、商業作品の製作に参加しテレビや映画の世界の内情をごく一端
ではありますが実際に見聞きしました。

双方の業界を体験して感じたことは、それぞれの目的・情報量・業界の常識
(行動原理)のギャップの大きさです。当たり前といえば当たり前なのですが、
自分ならわかることがそれぞれの業界のある特定の場面では誰もわからない、と
いう立場によく立ちました。

そこで、自分が社会に出てまず経験した2つの異なる世界、医療健康分野とマ
スメディアの世界、この2つの世界をつなぎ相互の問題や良いところを補完しあ
うような仕事はできないか、という考えが湧いてきました。これが現在まで続く
自分の研究動機です。
大学院在籍時代に情報を集めていく中で、特に医学研究の領域では一部の批判
研究を除いて日本であまり発展していない研究領域であること、また欧米特に米
国・英国・豪州では「ヘルスコミュンケーション」という領域でさかんに研究さ
れていることを知りました。

中でも米国では近年急速な発展をし、研究者が充実・豊富な教科書・豊富な学
術論文の存在などが研究成果の蓄積を示しており、ジョンズホプキンス大学や南
カリフォルニア大学などが有名であることもわかりました。前述したような経歴
を持つ自分は、米国内でテレビドラマを通じたヘルスコミュニケーション研究を
しているという後者により強く興味を持ち、留学を決意しました。
● そもそもヘルスコミュニケーションとは?

ヘルスコミュニケーション、という言葉は茫漠として何を意味し、その専門家
が何をやっているのかぴんとこない部分があります。既存の定義を概観してみま
す。

WHOなどの定義によると「ヘルスコミュニケーションとは、一般市民に向けて
健康上の様々な問題について情報提供し、重要な健康問題を社会的な 検討課題
として話題に載せ続けるための主要な戦略である。一般市民に有用な健康情報を
普及させるために、マスメディアを含めたあらゆるマルチメディアや革新的な
通信技術(IT)などを活用することは、発達過程における健康の 重要性はもとよ
り、個人及び社会全体の様々な健康問題の諸側面に関する認識を高めるのである。」
(Health Promotion Glossaryより独自に翻訳引用WHO, et al)とあります。こ
の定義には以下のような補足説明がついています。
「ヘルスコミュニケーションとは、個人や社会全体の健康状態をより良いもの
にするために行われる営みである。 多くの現代における文化事象は、健康にとっ
ては好悪両面の影響を持つマスメディアやマルチメディアによって一般大衆に伝
えられている。これまでの先行研究では、(行動科学などの)諸理論をもとに設
計されたメディア・メッセージを用いたヘルスプロモーション活動は、社会的な
検討課題として健康問題を人々の話題に載せ、健康に関して専門家が発したメッ
セージの効果を強め、一般市民がさらに情報を集めることを促進し、また、いく
つかの事例では健康な ライフスタイルを維持する効果すらあることも示されて
いる。
ヘルスコミュニケーションは、エデュテイメントedutainmentまたは エンター
エデュケーションenter-educationと呼ばれる領域や (筆者注:テレビドラマ・
ラジオドラマ・劇・漫画などを用いた教育介入方法で、主に発展途上国でエイズ
予防・家族計画の普及・女性の社会的地位向上などに高い成果を上げてきました。
現在の米国のヘルスコミュニケーション研究分野では エンターテイメント・エ
デュケーションEntertainment Educationという表現が一般的です)、 医療や健
康に関するジャーナリズム、人と人とのコミュニケーション、社会におけるコミュ
ニケーション、ソーシャル・マーケティング(筆者注:マーケティング手法や考
え方を医療その他公共の福祉向上のために活用する方法論)などのいくつかの領
域を含んでいる。つまりヘルスコミュニケーションの営みとは、マスメディアや
マルチメディアから物語の伝承や人形劇や歌など伝統的で文化固有のコミュニケー
ションまで、様々な形態を持つ。また、控えめであまり目立たない健康メッセー
ジである場合もあるし、 昼のメロドラマ(soap opera)のエピソードのように、
既存のメディアの中に盛り込まれた形のものもある。
コミュニケーション・メディアの発展、特にマルチメディアや 新しい情報通
信技術(IT)の発展は、健康に関連する情報環境を 改善し続けている。この意
味では、ヘルスコミュニケーションは個人や社会の健康づくりをより良く支援す
る(empowerする)上で、より重要な役割を担ってきている。」(A Framework
and Guide to Action1996より翻訳引用WHO(AMRO/PAHO))
また、エイズ予防や家族計画・禁煙などのメディアキャンペーンの評価研究で
著名なValenteらによる定義では
「ヘルスコミュニケーションとは、個人や一般大衆の健康に関する意思決定に情
報や影響を与える意図された(purposive)または意図されない(unintendedま
たはnon-purposive)、両方の広範囲な活動からなる。ヘルスコミュニケーショ
ンは様々な形態をとり、健康教育や健康増進(Health Promotion)と非常に似て
いるかまたは重複している。ヘルスコミュニケーションとその他類似の領域は区
分けが難しく、ヘルスコミュニケーション自体が合成物(hybridなもの)なので
ある。マーケティング・広報広告・ジャーナリズム・コミュニケーション学・臨
床医学・公衆衛生などによって培われた理論・研究手法・定義の合成物hybridで
ある。」(Encyclopedia of Science and Technology, , in pressより引用。筆
者訳Oxford University Press)と表現されています。
● メディア・アドボカシーとは?

また以上の定義に明言されておらず、しかしUSCなどのヘルスコミュニケーショ
ンの講義で最も強調されることの一つにメディア・アドボカシー(Media
Advocacy)があります。

これはマスメディアのもつ影響力・効果を公共の福祉向上のために活用しよう
という市民活動から起こった概念で、現在では米英豪といった英語圏の海外の公
衆衛生分野や科学政策分野、科学コミュニケーション分野(筆者注:ちなみにヘ
ルスコミュニケーションは、科学コミュニケーションの一分野であるという見方
も可能です)などでも大きなトピックとなっています。

メディアへの積極的かつ実践的な働きかけ、メディアとの協同、共同プロジェ
クト(メディアキャンペーン)の企画推進などの活動です。最も重要なのは、メ
ディア側の行動原理を理解しメディア側の理解を得てWin-Winな関係を構築する、
ということです。そうでないと長続きしません。このメディア・アドボカシーと
先に述べたソーシャル・マーケティングは介入型の積極的なヘルスコミュニケー
ション研究における2大ツールと言えるでしょう。
● 具体的には・・・

研究者の視点としては現象面(メディア情報など)の分析・批判に加え、こう
いった積極的な取り組み全体の設計とその妥当性・効果の評価などのステップと
メディアとの協同に伴う(時には非常に泥臭い)様々なノウハウが含まれます。

また具体的には、患者対医療者(非専門家対専門家)、一般市民対病院(病院
広報)、地域住民対地域保健行政、国民対国家(政府)、一般市民対メディア、
メディア対専門家(研究者・医療専門家・政策立案者・行政関係者)など、それ
ぞれの間で生じる医療・健康に関するコミュニケーションの分析と、そこで生じ
ているコミュニケーション・ギャップや情報格差を埋める取り組みとも言えると
思います。詳細は次回以降、適宜事例を踏まえてご紹介したいと思います。
● ヘルスコミュニケーション研究を考える上での注意点

上記、メディア・アドボカシーについて書いたことはあくまでエビデンスがはっ
きりしていて専門家間でほぼ合意がとれた事象について効力をより発揮しますが、
そうでないトピック、つまり専門家間でも論争が起きて決着がついていないよう
なトピックは扱うのが難しい面があります。 そこを間違うと、やり方によって
は特定の団体や個人の営利・思想・主義・思惑などを実現するための罪深いプロ
パガンダとなる危険性を持っています。

他の医療資源(知識・教育・技術・薬剤その他)や医療政策などと同様「両刃
の剣」なのです。 それはメディアとの協同によってさらに危険性と被害の大き
さが増す可能性を持っています。その意味で生命倫理・医学倫理面での検討ステッ
プは必須ですし、さらに放送倫理・メディアの倫理を付加して検討していく必要
があります。

さらにどうしてもコミュニケーションだけでは解決しない構造的な問題に対し
て、経済・経営・政策・政治といった世界のツールやアクションが必要になる場
合も多々あるでしょう。ヘルスコミュニケーション研究や活動に解決できる部分、
そうでない部分をきちんと見分けることも重要であると感じています。

 

● 自分の興味と立ち位置

上記からも、また現時点の自分なりの解釈からもヘルスコミュニケーションは
大変広い概念であり、臨床現場における医師と患者の対話も、市町村による健康
情報の広報も、有名人の発病ニュースや娯楽テレビ番組で芸能人の闘病エピソー
ドなどもすべてが内包されてしまうのです。あまりに膨大なトピックを含むので、
その中の何に興味をもっているかをさらに絞った表現をしないと研究においては
議論が難しい面があります。自分は前述したような経歴から、現時点ではマスメ
ディアを介したヘルスコミュンケーションに最も興味があります。

その中でも特にテレビドラマや、ゲームなどのインタラクティブ技術をヘルス
コミュニケーションツールとして活用することをメインに学び、情報収集し研究
を行っています。

 

● 次回以降の予告

書き進めていく中で若干の変更がある可能性がありますが、下記のような内容
で自分の体験している世界をご紹介したいと思っています。
第2回 南カリフォルニア大学に学んで(カリキュラム・2005年秋学期講義紹介)

・USCにおけるヘルスコミュニケーション専攻(副専攻)のカリキュラムと2005
年秋学期に受講した講義内容(3講義)の紹介
・USCの大学院教育を体験して日本の医学系大学院教育に思うこと
・USC教官たちの大学院教育と教科書執筆のモデル
第3回 Hollywood, Health & Society(以下HH&S)とメディア・アドボカシー
(テレビドラマ・ドラマ制作者との協同によるアウトリーチ活動)

・米国疾病管理予防センター(CDC)と米国がん研究所(NCI)の予算によってUSC内
で運営されている共同プロジェクトHH&Sの設立目的と組織・業務内容の紹介
・HH&Sの活動によって成立した人気ドラマ中のエピソード概要紹介
第4回 日本でも翻訳出版すべき関連書籍の紹介

・日本でも翻訳出版する価値があると筆者が感じているヘルスコミュニケーショ
ン関連書籍(教科書その他)の紹介
第5回(予定)2006年春学期開講講義紹介

・Valente助教授(Preventive Medicine)のSocial Network Analysis
・Cruz教授(Preventive Medicine)の Communications in Public Health
・Vorderer教授(Annenberg)のEntertainment and Games
第6回 ヘルスコミュニケーションツールとしてのゲーム(シミュレーション技術)

・シリアスゲーム・イニシアチブやその医療健康分野のSPIGであるGames for
Healthの紹介
以上。

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