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vol 4 論文解説 HER-1, HER-2

医療ガバナンス学会 (2006年2月20日 05:37)


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2006年2月20日発行
胃がん患者における複数の内視鏡的生検標本を用いた
HER-1, HER-2 の検査の有用性と限界についての原著論文
(Jpn. J. Clin. Oncol. 2005; 35: 324-331)解説 ◆◇
航空自衛隊防府南基地衛生隊長
木村幹彦
防衛医科大学校病理学第二講座助教授
津田均

HER-1 (ハーワン、またはEGFR), HER-2(ハーツー、またはc-erbB-2)はいずれ
も細胞膜に発現するチロシンキナーゼ活性を増殖因子受容体型蛋白質で、細胞に
おける増殖シグナルの伝達に関わっています。いくつかの臓器のがんの治療にお
いて,これらの蛋白質を標的とする抗体やチロシンキナーゼ阻害剤が開発され、
抗がん剤として用いられています(例えば乳がんにおけるハーセプチンや肺がん
におけるイレッサ)。

胃がんはわが国で最も多い癌の一つです。胃がんにおいてもHER-1の過剰発現
ないし増幅が18-28%の頻度で、またHER-2の過剰発現ないし増幅が6-30%の頻度で、
各々生じていることが従来の研究で報告されています。近い将来、これらの分子
標的療法が導入されれば、治療成績向上に役立つことと期待されています。
ハーセプチンが有効な乳がんはHER-2蛋白質が細胞膜に過剰に発現している乳
がんで、このような乳がんの細胞では同時にHER-2遺伝子そのもののDNAコピー数
(正常細胞では父母由来の1対,2コピー)が増幅して,対照のDNAに比して2
倍以上になっていることがわかっています。

また、イレッサが有効な肺がんについても、まだ国際的なコンセンサスには至っ
ていないにしろ、HER-1遺伝子のDNAコピー数の増多や遺伝子の点突然変異が治療
反応性と関連しているという研究結果が複数示されています。このように、分子
標的治療が功を奏すがんでは、その標的遺伝子のDNAレベルでの構造や数の異常
が起きていることが多いことがわかってきました。
このような知見に基づいて、日常のがん診断に用いる胃癌手術標本のホルマリ
ン固定パラフィン包埋組織ブロックから作製した病理切片を対象に、HER-1,
HER-2に対する分子標的治療の対象となる胃がんを選ぶための基準を検討したと
ころ、HER-1遺伝子についてはDNAコピー数が細胞当たり平均4コピー以上か、同
一染色体上の対照DNAの1.7倍以上、HER-2遺伝子についてはDNAコピー数が細胞当
たり平均7コピー以上か、同一染色体上の対照DNAの2.0倍以上とすると、これら
の蛋白の過剰な発現とよく相関することが明らかにされています。
胃がんの場合、根治手術が困難な進行がんの状態で見つかることもあり、この
ような例では分子標的治療が対象となることが多いであろうと考え、内視鏡検査
得られたがんの組織片(生検標本と言います)から作製した病理標本を対象に、
HER-1, HER-2の検査が有用かどうか、またどのような問題点があるかについて検
討しました。なお本研究は学内の倫理委員会の承認の下に行われました。
まずかんがえられる最大の問題点は通常は数センチ径のがん組織から数ミリ径
の生検標本を数個採取してそれを調べることで,本当にがん全体の特徴を把握し
きれるかという点です。そこで既に手術標本でHER-1, HER-2に関し、DNAコピー
数と蛋白質過剰発現の有無がわかっている14例の胃がんを対象に、複数の内視鏡
的生検で得られた病理標本に対し、HER-1ないしHER-2のDNAコピー数をFISH法に
て、蛋白質過剰発現を免疫組織化学法にて検出しました。
HER-1が手術摘出標本で増幅,過剰発現とも陽性であった3例から得られた合
計8個の生検標本では, 蛋白過剰発現は3個(38%)に見られたのみであり,DNA増
幅は1個も見られませんでした。対照に用いた、手術標本でHER-1の増幅,過剰
発現いずれもみられなかった2例の合計6個の生検組織標本では、DNA増幅も蛋白
質過剰発現もみられませんでした。

手術標本と生検標本の結果が異なった原因は、一つの腫瘍の中の癌細胞間で
HER-1 DNAコピー数や蛋白質発現の状態が様々であったことによることがわかり
ました。癌細胞は通常は同一の遺伝子型を持つ細胞の子孫が無制限に増殖するい
わゆるクローン性増殖を示すのですが、がんの中で様々に変化した細胞のクロー
ンが生じ、クローンの多様性(ヘテロジェネイティ、不均一性と訳します)を示
すことがしばしばあります。

今回検討した胃がんでも、HER-1のDNAコピー数や蛋白質の発現に関するクロー
ンのヘテロジェネイティが生じていました。全体を検索すると10%-80%の範囲で
過剰発現をしていた胃がん細胞が、内視鏡的生検では一部しか採取されず、
HER-1 DNA増幅については増幅を有する細胞の部分が全く採取されなかったもの
と考えられました。今回の結果からは、がん全体におけるHER-1の状態を正しく
知るためには内視鏡で複数の組織を採取してくるよりも手術で切除された胃の標
本を広範囲で調べた方が確実と考えられました。
手術標本の検索でHER-2が増幅,過剰発現とも陽性であった5例から得られた合
計19個の生検組織標本では, HER-2蛋白過剰発現は14個(74%)に見られ,HER-2
DNA増幅は15個(79%)に見られました。

手術標本でHER-2が増幅,過剰発現いずれもみられなかった4例の対照例、合計
11個の生検組織標本では、蛋白質過剰発現もDNA増幅もみられませんでした。手
術標本と生検標本の結果が一部で異なった原因は、HER-1の場合と同様、一つの
腫瘍の中のHER-2 DNAコピー数や蛋白質の発現に関するがん細胞クローンのヘテ
ロジェネイティによるものでした。がんの最大割面全体を検索すると50%-98%の
範囲で過剰発現を示していた胃がん細胞が、内視鏡的生検標本の一部では採取さ
れなかったものと考えられました。

それでもHER-2の場合は過剰発現/増幅のみられた5例とも生検標本を複数採取
することでHER-2の状態を正確に評価することが出来ました。

上記の結果より、HER-2については内視鏡的に複数の組織を採取し、その病理
標本からDNAや蛋白質の状態を検査することで正確にHER-2の状態を知ることが出
来ると考えられました。

一方、HER-1についてはがん細胞のヘテロジェネイティにより内視鏡的に複数
の組織を検索しても胃がんにおけるHER-1の状態を正確に知ることは困難である
と考えられました。HER-1の検査は手術標本を用いて行った方が無難と思われま
した。

 

今回の結果は、将来、HER-1, HER-2を標的とした治療が行われる際に治療適応
決定のためのHER-1, HER-2検査の際に役立つものと考えられました。
著者御略歴

木村幹彦先生
平成 5年 3月   防衛医科大学校卒
6月   防衛医科大学校臨床研修医
平成 9年 8月   防衛医科大学校専門研修医(外科第一)
平成12年10月   防衛医科大学校医学研究科(病理第二)
平成16年 9月   同修了(H17年3月 医学博士)
平成16年 9月   航空自衛隊防府南基地衛生隊、現在に至る

津田均先生
昭和59年 3月   防衛医科大学校卒
6月   防衛医科大学校臨床研修医
昭和61年 6月   がん研究振興財団リサーチレジデント
平成 1年 4月   国立がんセンター研究所病理部研究員
平成10年 4月   国立がんセンター研究所病理部第一病理研究室長
平成12年 5月   防衛医科大学校病理学第二講座助教授、現在に至る

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