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vol 28 「自治体病院は大赤字」というイメージが醸成されているともいえる

医療ガバナンス学会 (2010年1月30日 08:00)


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城西大学経営学部
准教授
伊関友伸
2010年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【著者プロフィール】
1987年埼玉県入庁、県民総務課、川越土木事務所、出納総務課、大利根町企画財政課長、計画調整課、県立病院課、社会福祉課、精神保健総合センターなどを経て、2004年現職に。研究テーマは、行政評価、自治体病院の経営、保健・医療・福祉のマネジメント。総務省公立病院に関する財政措置のあり方等検討会委員や夕張市病院経営アドバイザーなど、数多くの国・地方自治体の委員等をつとめる。著書に、「地域医療 再生への処方箋」(ぎょうせい)、「まちの病院がなくなる!?」(時事通信社)など。

【2兆円に及ぶ地方自治体の累積欠損金】
「○○市立病院の『累積欠損金』はXX億円で破綻寸前」。
よく、このような記事が新聞に掲載される。実際の話、2007年の全ての自治体病院の「累積欠損金」は2兆15億円に達する。累積欠損金が200億円を超える都道府県は北海道(629億円)、山形県(290億円)、福島県(201億円)、千葉県(258億円)、新潟県(429億円)、愛知県(348億円)、兵庫県(768億円)、広島県(264億円)、宮崎県(249億円)、沖縄県(216億円)の10団体。100億円を超える都道府県は16団体と数多く存在する。果たして自治体病院は「2兆円の借金を抱えて破綻状態」なのか。「自治体病院の『赤字』は2兆円で破たん状態」という批判もあるが、これは正しいものなのであろうか。

【費用として減価償却費の意味】
自治体病院など地方公営企業は、自治体の一般会計で採用している、ある期間の現金の出入りだけを記録する単式簿記と異なり、すべての費用及び収益を発生の事実に基づいて割り当てて記録する企業会計(複式簿記)を採用している。

複式簿記は、主に「貸借対照表」と「損益計算書」の2つの表でお金の出入りを記録する。「貸借対照表」は、一定の時点(公営企業の場合は年度末の3月31日現在)での資産や負債の状況(ストック)を表したもので、資金がどのように調達され、運用されているかを表すものである。「損益計算書」は、一定期間の資金の出入り、すなわち一会計期間(公営企業の場合4月から翌年の3月31日までの1年間)にどれだけの収益を上げ、その収益を得るためにお金をどれだけ使ったか(フロー)を表している。

地方自治体の一般会計では、当年度の現預金支出は、全額が当年度の費用になる。しかし、企業会計では、医療機器を購入した場合などは、現預金の支出があっても、その年度の収益の獲得に役立ったと考えられる部分だけが、その年度の費用として認められる。

例えば50万円の医療機器を購入して、5年間で費用配分をする場合、毎年10万円ずつ費用として分配される。10万円の費用を差し引いた残りの40万円分は、「償却資産」として価値が残り、この償却資産の価値が毎年減っていくことで、その減少分を「費用」として把握し、配分が行われる(費用配分の原則)。

この10万円分の費用分配が、損益計算書上の「減価償却」である。貸借対照表上の「償却資産」の価値を、費用分配により毎年減らしていくことにより、会計内に現預金を積み立てさせ(これを内部留保と呼ぶ)、建物や医療器械の再投資への原資を持つという効果がある。

毎年のお金の出入りを把握する「損益計算書」において、収入である入院・外来収益、支出である職員給与費、材料費に対して、「減価償却費」は実際の現金の出入りを伴わない数少ない項目である。

そして、費用として分配された減価償却費分の現金を確保できない場合、損益計算書において「純損失」が生じることになる。純損失は貸借対照表の資本の部にある利益剰余金と通算され、剰余金がなければ「未処理欠損金」となる。これが累積欠損金である。

【累積欠損金を解消するには、さらに2兆円近くの現金の留保が必要】
先に述べたように、わが国の自治体病院の多くは多額の累積欠損金を抱えており、その金額は2007年度決算で2兆15億円に達している。実際、それぞれの病院でも累積欠損金の存在が、自治体病院の「赤字」として、地方議会議員やマスコミから批判を受けることは多い。

しかし、仮に、全国の自治体病院が頑張って収益を上げ、累積欠損金の2兆15億円の赤字を解消したとする。そうした場合、一時借入金などで生じた不良債務(これは、病院の手持ち現金がなくなったために借り入れる借金で、すぐに解消すべきもの)の1186億円を解消したあとに残る1兆8829億円の相当額は、自治体の貸借対照表の現預金として残ることになる。地方公営企業法の適用される957病院で割ると19.6億円である。

2007年度公営企業年鑑の都道府県・政令市立病院242病院の現預金総額は2151億円、1病院平均8.9億円で、市町村立・組合立病院715病院の現預金総額は2807億円、1病院平均3.9億円である。この現預金額に加えて1病院平均20億円近くの現金を持つことが求められるのである。

安定した運営のために、病院事業が一定の現金を持つことは必要である。しかし、果たしてここまで自治体病院会計に現預金を残す必要があるのであろうか。現預金を残すために働かなければならないのは、不足が深刻な医師や看護師なのである。

【地方公営企業法の不備で不当に累積欠損金が積み上がる構造】
このようなおかしな結論となる原因に、自治体病院の企業会計の根拠となる地方公営企業法の問題がある。実際の例を通じて考えてみたい。表は、ある県立病院事業の貸借対照表の資本の部である(なお、数字が計上されていない一部の項目は削除している)。

8.資本金 32,078,485
(1)自己資本金 19,060,818
ア.固有資本金(引継資本金) 395,971
イ.再評価組入資本金 3,385
ウ.繰入資本金 18,077,493
エ.組入資本金(造成資本金) 583,969
(2)借入資本金 13,017,667
ア.企業債 11,866,989
イ.他会計借入金 1,150,678
9.剰余金 -8,337,751
(1)資本剰余金 5,365,381
ア.国庫補助金 5,167,496
オ.その他 197,885
(2)利益剰余金 -13,703,132
オ.当年度未処分利益剰余金 0
当年度未処理欠損金 13,703,132
カ.うち当年度純損失 86,994
10.資本合計 4,377,630

この県は5つの県立病院を運営し、合計で約137.1億円の累積欠損金がある。この病院事業の持つ現預金は約34億円で、安定的な経営にはやや不足する金額であり県立病院が一丸となって現預金の維持・増加に努力している。

しかし、外部から見て、この県の病院事業が累積欠損金を解消し、約34億円に加えて100億を超える現預金を持つ必要があるかというと疑問である。この県でも深刻な医師不足が起きており、それだけの現預金を持つよりも医師の待遇を改善することが優先課題と考える。

約137億円の累積欠損金について、地方公営企業法施行令第24条の3第2項同但書は、累積欠損金について、任意積立金を補てんしてもなお欠損金に残額があるときは、「議会の議決を経て、資本剰余金をもってうめることができる」としている。

累積欠損金の約137億円と資本剰余金の53.7億円の相当額と議会の議決を受けて消すことは可能である。しかし、全額ではない(なお、相当数の自治体病院の関係者はこのことを知らず、議会の議決をとることの面倒もあり、資本剰余金の取り崩しを行う自治体は少数である)。

では、累積欠損金の残額を消すため、自己資本金の繰入資本金の約180億円を取り崩すことが可能であるか。民間企業の場合、一定の手続きを経て自己資本金を取り崩し、累積欠損金を解消する方法は「減資」と呼ばれ、企業再生やM&Aなどの際に多く行われている。しかし、現行の地方公営企業法の場合、自己資本金を取り崩し、累積欠損金を解消する減資は、条文がないため認められていない。

確かに民間企業の資本金の額は企業の信用力の大きさに直結している面もある。しかし、自治体病院の信用力は、最終的には課税権を持つ地方自治体の存在そのものに依っている。実際、190億円の自己資本金があっても信用にはほとんど意味がない。自治体病院の自己資本金の項目に注目する債権者も関係者も存在しない。関心があるのは自治体本体の信用力であり、自治体病院についていえば、具体的に支払いに影響する現預金の額や一時借入金の額、企業債の額であろう。

実際、2005年3月に公表された総務省の地方公営企業会計制度研究会の報告書でも、一定の条件で地方公営企業に減資を認めるべきという提案がなされている(報告書8頁)。民間法人で認められている減資手続が、地方公営企業法上規定されておらず、不可能であることが放置されていることは問題である。

早急に、一定の基準を示して資本の減資を認めるべきと考えるが、地方公営企業法の不備などで認められていないのが、現在の自治体病院の現状である。

なお、現在、総務省は地方公営企業法の改正に伴い、「減資」制度の導入について検討している。法改正に先立ち、今後、民主党政権が提出予定の地方分権一括法(仮称)で、利益剰余金の処分や減資が自治体の判断で自由にできるようにする規定を盛り込む予定とも聞く。自治体病院に対しての誤った理解を招かないためにも、一刻も早い法改正が必要と考える。

【理屈のない批判は病院現場のモチベーションを下げる結果に】
結局、自治体病院は、会計制度上の問題で2兆円という巨額の累積欠損金が発生する環境に放置されている。必要以上に経営状況を悪く見せる「逆粉飾」というべき状況により、「自治体病院は大赤字」というイメージが醸成されているともいえる。

自治体病院によっては、巨額の累積欠損金の存在が問題の一つとされ、最終的に病院が民間医療法人に譲渡されてしまったケースもある。地方自治体にとって、お金のかかる、やっかいものの自治体病院を廃止したり、民間委託するには、「赤字」は巨額である方がよい。かくして、法律の不備で、金額が膨れ上がる構造となっている累積欠損金が、自治体病院を批判したい人たちの格好の材料になるのである。

確かに、自治体病院の経営には課題があり、自己変革が必要である。しかし、自治体病院に対して不可能なレベルの収支改善の要求をしながら「改革」を迫るのでは、かえって間違った「改革」が行われる危険性が存在する。

自治体病院の経営に必要なことは、累積欠損金を解消することではなく、安定的な経営を行うために、適切な現金(キャッシュフロー)を持ち続けることである。

そして、このことは、国民にはほとんど知られていない。議会でも単純に累積欠損金の多さを批判する議員も多く、マスコミも累積欠損金の意味を勉強せずに、「○○病院の累積欠損金○○億円!」と安易に記事を書いているのが現状なのだ。

理屈のない、思い込みに基づく批判は、自治体病院に働く職員のモチベーションを下げ、地域医療の崩壊をさらに加速させることになる。

自治体病院の赤字については、伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」(ぎょうせい)で詳しく議論している。興味のある方はご覧いただきたい。

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