医療ガバナンス学会 (2010年1月30日 10:00)
これは、もともと日本語の「もったいない」です。
ワンガリ・マータイさんという、環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人女性が、2005年の来日の際に、Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)という環境活動の3Rと、かけがえのない地球資源に対するRespect(尊敬の念)が込められている「もったいない」という日本語に感銘を受け、環境を守る世界共通語「MOTTAINAI」として広めている言葉だそうです。
この「MOTTAINAI」という言葉を、今ほど痛切に感じる日々はありません。
昨年の12月中旬頃から、「新型インフルエンザワクチン」接種に関する問い合わせが、現場ではめっきり減っています。
新型ワクチンの接種開始当初は非常に品薄で、発注をかけても要求通りのバイアル数が確保できないばかりか、1mlバイアルで注文したにもかかわらず10mlバイアルで納入されたりと、接種希望者数と発注の調整が非常に困難で、受付制限までしなければならない状況でした。
「まずは一人でも多くの子どもたちに1回は打とう」という考えから、2回目の接種希望者を断ったり、夏以降インフルエンザに罹患した子どもの親にも、なるべく未感染者に譲ってもらうよう理解を求めたり、と対応するスタッフたちもかなりの精神的負担を味わいました。
しかし、年末から年明けにかけて、定点調査でも報告されているように、現場では新規インフルエンザ患者さんが激減、メディアの「インフル報道」もすっかり鳴りを潜めたためなのか、2ヶ月前の混乱がまるでウソのように、接種希望の問い合わせがすっかり来なくなってしまったのです。
そして現在、院内の冷蔵庫には大量の「『国産』新型ワクチン」が眠っています。
当初、発注どおりに納品されないことがほとんどだった中で、殺到する問い合わせに、なるべく迅速に対応しようと、実際の希望者より多少多めに発注してしまう傾向にあったという、私たちの見込みの甘さもあったかも知れませんが、1月22日時点で院内の冷蔵庫には92ml(!)もの「『国産』新型ワクチン」が積まれています。そしてその中には、未だに10mlバイアルが5本も残っており、1月19日から「健康成人」の接種が「解禁」されたとはいえ、むこう2週間の予約状況をみても、トータルで14~5人程度ですから、今の状況が今後も続くならば、これらはおそらく開封されることはないでしょう。
このような状況の1月21日、医師会を通じて「輸入ワクチンの供給に関する希望調査について(依頼)」という通知がFAXで送られてきました。それは、1月20日付で特例承認された、グラクソ・スミスクライン(株)製「アレパンリックス筋注」とノバルティスファーマ(株)製「ノバルティス筋注用」の供給希望医療機関を、供給を前に調査しておこうという書類のようです。
「国産」でさえ、成人換算180人分以上抱えており、これらの消却のメドすらたたない状況ですので、まず必要になることはないだろうと思ったのですが、一応その書類に目を通してみました。
2社の製品の概要には、簡単な製造方法やアジュバントの説明、有効性や安全性なども示されていて、これらについては、今までもMRICなどを通じてある程度の知識があったので、特に目新しいことはなかったのですが、驚いたのはその用法用量と製剤の容量そして保存可能期間でした。
まず用法用量ですが、GSK社製のものは、6ヶ月~9歳に0.25ml、10歳以上に0.5mlの単回投与、ノバルティス社製のものは3~17歳に0.25mlを2回投与、18~49歳に0.25ml単回投与、50歳以上には0.25mlを2回投与との記載です。いかがでしょうか?これを1回で覚えられるひとはおられるのでしょうか?少なくとも、私は無理でした。
次にそれらの容量ですが、GSK社製は5ml(成人換算10回分)でノバルティス社製は6ml(同17回分)とのことです。さすがに10mlバイアルではありませんが、現在のように接種希望者が激減している状況では、これまた使いにくい量です。
さらに、保存可能期間ですがGSK社製は接種直前に「抗原製剤」と「専用混和液」を混合するそうですが、その調整後24時間。一方のノバルティス社製は、混合は不要であるものの、初回の薬液吸引後6時間(!)との記載です。
短時間でまとまった希望者を集合させて接種できる医療機関は全国にいったいどのくらいあるのでしょうか?
しかも「国産物」を接種するか「輸入物」を接種するかの選択は、患者さんの自由意志です。
冷蔵庫内の在庫状況から、患者さんに余っている方をお勧めするということも、おそらくできません。
さらに、カナダでの副作用報告や、「ニゴリ」の報告、「アジュバントを含むと副反応が強く出る」などと、国民の間には、「国産物」の重篤な副反応の報道よりも、これら「輸入物」についてのネガティブな報道による知識のほうが定着しており、まだ「輸入物」が出回っていない現時点であるにもかかわらず、
「これって、『国産』ですか?」
と問われることも珍しくない状況です。
このように、簡単には消却しにくい容量、ともすればミスに繋がりかねない複雑な用法用量、そしてなんとなく「危険らしい」と国民に忌避されている「輸入物」をわざわざ発注する医療機関はいったいどのくらいあるのでしょうか?
今後、接種希望者がどれだけ増加するかはわかりませんが、全国の医療機関が当院と同様の状況であれば、1126億円かけた計9900万回分の輸入ワクチンは、「MOTTAINAI」ことにそっくりそのまま余ってしまうかも知れません。
ワクチン確保はある意味、国家の安全保障ですから、多めに用意し、「足りなくなるくらいなら、余ったほうがマシ」という考え方もあるでしょう。当初、2回打ちと思われていたものが、1回打ちでよくなったためにさらに余ることになってしまった、と言っても、初めて対峙するウイルスに対する初めてのワクチンなのですから、見込みが多少(?)違ったからと言って、安易に非難することも慎むべきかも知れません。
しかし、今回 厚生労働省が欧州の製薬2社と結んだ購入契約 では、 副作用の評価を理由には解除できない条件になっている一方で、企業側には一定の条件下で解約を認めていて、日本政府に違約金を請求できるなど、製薬会社に有利な内容となっている、ということです。大量に余ることが予想され始めたため、水面下で部分解約の交渉を始めた、などという報道も聞きますが、そもそも法整備などの準備が不十分なままに「輸入ワクチン」を不利な条件で大量輸入しようとしたことについての説明を、ぜひ開示していただきたいし、税金を払っている私たちにはそれらを知る権利があると思われます。
そして「MOTTAINAI」のは「輸入ワクチン」だけではありません。
このほど、やっと「健康成人」にも接種対象が拡大されましたが、それまでは「優先順位」を遵守しなければならない状況でした。勝手に前倒しすれば、「契約違反」と言われてしまいます。
先日、沖縄県で浪人生に接種を前倒ししようと、県が独自に接種を予定したところ、厚労省が「国の要綱にない接種は契約違反だ」と「待った」をかけたという報道がありました。当院でも、12月中旬からの接種希望者の問い合わせが急減した影響で、すっかりワクチン在庫に余裕ができていたにもかかわらず、バイアルに残ってしまった薬液を、希望者が優先接種対象者でないばかりに打つことができず、仕方なく廃棄せざるを得なくなったことがたびたびありました。そのたびに、「MOTTAINAI」と感じ、自治体の疾病対策課や厚労省に「残薬廃棄」の現状、「前倒しの許可」を訴えてきましたが、接種対象者拡大への対応は非常に遅く、前倒しされたのは、つい先日です。おそらく沖縄県の担当者も「MOTTAINAI」を日々痛感していたことでしょう。
国の事業とはいえ、今回のワクチンは「任意接種」ということです。しかも各自治体に需給一切の管理を任せているのなら、ワクチンの需給状況は、各自治体が個々に把握しているはずですので、国は状況に応じて柔軟な対応を自治体に許すべきでした。「法定接種」ではないのですし、国は、ワクチン需給が安定した状況下での、対象者前倒しの可否に対する口出しを止めるべきではなかったのではないでしょうか。
もしかすると、ワクチンの供給が安定、むしろ需要が減少しているという現場の状況を、厚労省は把握していなかったのかも知れません。もしそうだとするならば、「『霞ヶ関』は外国か?」と言われても、仕方がないでしょう。
何千万人分余るとか、余ってしまったワクチンを他国に譲渡するのか、売却できるのか、など、私のような一臨床医が心配することではないのかも知れませんが、実際の臨床現場でワクチンを打ちたいひとがいたにもかかわらず、優先接種対象者でないばかりに、余ったワクチンを有効活用できず廃棄せざるを得なかった「MOTTAINAI」現状を、「新型インフルエンザ騒動」のほぼ終焉を迎えた今日、備忘録として書かせていただきました。
今後のワクチン行政のご参考に、多少でもお役に立てていただければ幸いに存じます。
そして、もし部分解約が可能であるのなら、それで浮いた金額は、「MOTTAINAI」使い方をせず、ぜひ子宮頸がんワクチンの公費補助に使っていただきたいと思います。
木村 知(きむら とも)
有限会社T&J メディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP (日本 FP 協会認定)
医学博士
1968 年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、 2004 年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。 AFP 認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。