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vol 31 診断群分類との格闘~Part 2

医療ガバナンス学会 (2010年2月1日 08:00)


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〜DPC対応クリティカルパスが生まれるまで〜Part 2

帝京大学ちば総合医療センター
血液内科教授 小松恒彦

2010年2月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【 2006年度の改訂 】
2006年4月、診断群分類(Diagnosis Procedure Combination、以下DPC)の点数が改訂された。

前回同様、悪性リンパ腫に対する標準的抗がん剤治療(入院)について、
「びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL、C833)」に対する【R-CHOP療法】と、
「末梢性T細胞性リンパ腫(PTCL、C844)」に対する【CHOP療法】とを
比較する。

注)R:リツキシマブ、C:シクロフォスファミド、
H:アドリアマイシン、O:ビンクリスチン、P:プレドニゾロン

それぞれの点数を、2006年4月版のDPC点数早見表(医学通信社、2006年5月発行)から、非ホジキンリンパ腫の樹形図(130030)に沿って割り出していく。
まず「手術」の有無で分岐があるが、ここでは「手術なし」を選ぶ。
次の「手術・処置等2」に4つの分岐があり、
内容は、①中心静脈栄養、人工腎臓、人工呼吸、②放射線治療、③化学療法あり・放射線治療なし、④リツキシマブ、とある。
ここで、R-CHOP療法は④(130030xx99x4xx)に、CHOP療法は③(130030xx99x30x)に該当する。
入院日数を17日で計算すると、④の収入は1,252,220円、③の収入は616,170円となる。

一方、2004年度版によれば、17日入院での収入は両者とも815,360円となる。

※ここで前回配信

http://medg.jp/mt/2010/01/vol-3-2.html#more

の計算に誤りがあったことをお詫びいたします。
「入院期間A日数から1を引いた日数」で計算すべきでした。
「入院期間A日【未満】」というワナがありました。

よって、2004年度版に比べ2006年度版では、
R-CHOP療法は436,860円の増収(+54%)、
CHOP療法は199,190円の減収(-24%)となる。

ちなみに、薬剤費比率を40%とした場合の必要な入院日数は、R-CHOP療法(薬剤費332,959円)で11日、CHOP療法(薬剤費34,778円)で2日となる。

以上、いくら「試行」とはいえ凄まじい改訂といえよう。
1%未満の増減で口角泡を飛ばしている正規(?)の診療報酬では考えられないような増減幅である。

なぜここで大議論がおきないのか、筆者には不思議でならない。
しかも収益の確保は入院日数で調整するしかない、という根本的な問題は変わらなかった。

なお、2008年度の改訂では、同じ条件の収入は、R-CHOP療法で969,660円、CHOP療法で557,290円と、共に減額されていた。2010年度の改訂ではいかなる点数となるであろうか。

【 外来化学療法推進の真意? 】
上記のように、入院(DPC)で抗がん剤治療を行う場合は、適切な収益が確保されるか否か、事前に入念な調査が必要である。
その煩雑を避けたい、というのが一つの動機となり、外来化学療法への移行が進められた。
DPC病院であっても、外来は従来の出来高算定であるからだ。

もちろん、入院期間が短縮され極力在宅でがん治療が行われることのメリットは大きい。患者にとっても入院期間が減って家で過ごせる期間が増えるのは、おそらくいいことであろう。

そこで筆者も「外来化学療法クリティカルパス」を作成し、入院治療が必須の患者以外は極力、外来で化学療法を行うこととした。
今回話題にしている「悪性リンパ腫」は、血液がん領域では外来化しやすい疾患である。
悪性リンパ腫にR-CHOP療法やCHOP療法が行われる場合は、3週間に1回、合計6コースの抗がん剤投与が行われるのが一般的である。
筆者は、最初の1コースは2週間程度の入院で治療を行い、以後の5コースは外来で抗がん剤治療を行うこととした。これで入院と外来ともに収益が確保され、万々歳となるはずであった。

しかしこの方法を続けていくうち、「何かが変わった」という意識が芽生えるのにそう時間はかからなかった。
まず、患者の顔と名前が覚えられなくなった。
以前は「血液内科で患者さんを間違えることなどない」と豪語していたが、怪しくなった。
また患者側からも一定期間は入院したい、という希望が意外と多く上がってきた。
そして何よりも、医業収入が減っているのでは、と直感した。
血液病で抗がん剤治療を行う患者の入院数が減少し、空いたベッドに高齢寝たきり患者が増えてきたのである。

これは当時は直感でしかなかったが、2007年にリサーチ会社と共同で開発した「血液疾患医業収益シミュレーションソフト」を用いて試算したところ、「上記の設定で外来化学療法を行うと、従来の3倍の患者数を診療しなければ同等の医業収益は確保できない」という驚くべき結果が得られた(小松恒彦、平成19年度がん臨床研究事業報告書)。

その報告を引用すると、「悪性リンパ腫の発症率を人口10万人当たり7人とし、1病院が年間100人の新たな患者を診療すると仮定すると、人口約150万人当たり1病院であれば出来高算定時と同等の収益を確保し得る、と試算される。
この数値は、おそらく日本の現状とかなり乖離するものである。

現行制度下で総医療費を削減し、しかも医療の質を維持するには、過度の集約化を図らねばならない。
しかし高齢社会で集約化を進めるためには地域医療との連携も重要であり、国民の望むがん医療に近づくには多くの課題が残されていると思われる」(一部改変)。

その際、一連の治療に要する総医療費と患者自己負担についても検討した。
具体的には、悪性リンパ腫に対しR-CHOP療法が6コース行われる仮定で試算を行い、
①出来高算定で6コース全てを入院治療(18週間入院)する場合と、
②1コース目をDPC入院で残り5コースを外来で行う場合を比較した。
その結果、総医療費は①約480万円、②約290万円、
患者自己負担は①約40万円、②約48万円(ある一定の条件下において)、であった。

医療制度は極めて複雑であるとはいえ、総医療費が大幅に減るのに患者自己負担が増えるのはマジックのようである。ある意味、数字操作の巧妙さに感心さえした。
医療費削減が至上命題ならば、多くの患者が遠方の病院に長期間通うことが必要となる。しかし、そのための社会的コストは考えられているのであろうか。

【 医療制度に対応できなければ、必要な医療を提供できない 】
以上、くどくどと面倒な話を書いてきた理由が、上記タイトルである。
標準医療を普通に行えば適切な収益が確保される、という真っ当な制度であれば、このような面倒な計算は不要であろう。
しかし現行制度下で適切な収益を確保する術を知らなければ、その診療科は不採算部門として扱われ、必要な医療の提供すら覚束なくなるのが現実である。

ただし、「人の命は尊い」というのは当然だが、「では医療費も無限に」という意見には筆者は与しない。
現実の医療は、人も金も有限であり、その範囲でいかに持続可能な医療を提供できるかにかかっている。
それ故、標準医療を普及させ、場合によっては成功報酬も得られる包括医療に期待している。

現行のDPCは極めて複雑で「制度を研究する」手間を要するし、必ずしも標準医療を行うのみでは収益は確保できない。
しかし、それらの問題点を解決する方向に時間をかけてでも進化できれば、質が高く持続可能な医療を高齢社会においても維持することができるはずだ。
今後、世界的にも高齢化が進行する。その時に日本の医療制度が範となれば、他の国々にも貢献し得るであろう。

次回は、実際に筆者が行っているDPC対応パスの作成・運用をお示しする予定である。

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