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vol 32 医療サービスの低下を容認せよ 予算投入のみでは解決しない問題がある

医療ガバナンス学会 (2010年2月2日 08:00)


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全国医師連盟 運営委員会議長
財団医療法人 中村病院 外科部長
太田信次
2010年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


本稿は、先般閉め切られた中央社会保険医療協議会(以下「中医協」)に対するパブリックコメント(「平成22年度診療報酬改定に係る検討状況について(現時点の骨子)」に関するご意見の募集について、http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p100115-1.html)
に送付した、私個人の意見を加筆、修正したものです。

【医療費の増額で医療崩壊は回避できるのか?】
来年度の診療報酬改定はネットで0.19%の増額が発表されました。与党厚労省が、財務省の圧力に負けず、診療報酬の増額に方針変換したことは評価しますが、各団体が発表しているように、その増加額は全く不十分であることも間違いありません。

昨今、医療崩壊を防ぐためには、大幅な医療費の増加が必要であるとの主張をよく目にしますが、これは、現在の医療崩壊は医療費が増えれば解決に向かうとの印象を与えてしまう危険性があります。確かに医療費の増額は医療問題解決への必要条件ではあります。しかし医療費を十分増加すれば、本当に医療崩壊は防げるのでしょうか?

漸く勤務医不足が広く認識され、来年度から医学部の定員が増加されますが、彼らが戦力となるには10年を要します。その間、医療費は増加可能でも、医師数を大幅に増加するのは不可能です。

全国医師連盟は昨年8月に、「持続可能な医療体制を実現するための全国医師連盟の五つの緊急提言」(http://www.doctor2007.com/teigen090806.html)を発表しています。今回、それを踏まえて、医療費の増額だけでは、現在の医療崩壊は不可避であることを明らかにしたいと思います。

【「現時点の骨子」の問題点】
今回中医協が発表した「現時点の骨子」( http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/dl/p100115-1a.pdf )
のうち、その方向性については賛同できることは少なく無いですが、目的を達するための具体案に問題があります。

たとえば、重点課題1-2では、NICUを増床すると同時に、NICU担当医師が小児科当直業務の兼務を可能としていますが、これは、ただでさえ過酷な NICU医師の業務をさらに増加させるもので、このような業務実態を垣間見れば、その職に就こうという若手医師はますます少なくなり、より一層の新生児科 医師の不足を招くことになります。この件では、NICU増床を評価するのではなく、1床当りの新生児科医数を増やすことや、NICUの後方病床であるGCUの増床等を評価すべきと考えます。

また、重点課題2では、医療従事者の増員に努める医療機関への支援が謳われていますが、病院が人件費を増額できるための具体的な形が不明瞭です。

病院内での業務の内容により、医療クラーク導入で対応可能な業務もあれば、看護師の増員で対応できることも、医師を増員しないと解決しないこともあります。いずれにしても、「人件費」を増やす必要があります。現在明らかになっている医療費の増加額では、入院基本料などの増加分は赤字の補填に使用されるだけであると思われます。具体的解決策としては、看護基準のように、病床数あたりの医師数や病院当たりの医師数を入院基本料の評価に反映し、医師の集約を進めるべきです。

【違法な長時間労働】

そもそも日本の多くの病院の勤務医は、30時間超の連続勤務や、週1回以上の当直など、労働基準法に明らかに違反しているのが常態となっていることが明らかとなっています。(「医療機関における全国的な労働基準法違反および勤務医への賃金不払いに抗議する」 全国医師ユニオン声明http://homepage3.nifty.com/zeniren-news01/union.htm)

社会全体でコンプライアンス向上が求められている現状、また医療安全に対する要求水準の上昇や、女性医師の増加に伴い、今後は従前のような異常な勤務形態が維持されることはあり得ません。

【現在の医療崩壊は医療提供体制の正常化でもある】

私は、現在の医療崩壊の本質は、需要過多と供給不足の不均衡が限界にきていることだと考えています。これは、長年にわたって、病院数に対し明らかに勤務医数が不足していることを改善することなく、いたずらに病院数を増加させてきたことに原因があります。

現在提供されている日本の医療そのものが、医師の違法な長時間労働が前提となっており、それを改善することは急務です。その意味で、現時点での医療崩壊は、コンプライアンス向上という医療提供体制の正常化が始まっていると捉えることも可能です。

【医師の集約化、病院数の削減は必須である】

勤務医の長時間労働を是正するためには、交代要員を確保するために、一病院当たりの勤務医師数を増やすことが必須であり、それは同時に病院数を減らすことでもあります。また、現状の専門医の配置は、薄く広くなりすぎており、技量の維持や、教育には不十分な施設が少なくありません。過剰労働の問題だけでなく、医療の質を維持するためにも、専門医は現状よりもさらに「偏在」させる必要があります。

さらに、病院数が減れば、現在病院を利用する患者さんの受診場所が減少するため、それを補完する無床診療所や、救急体制維持のため、一次救急を担う有床診療所を増加する必要があります。また、急性期病院の集約化が進めば、後方病床が逼迫するので、療養型病床数の削減も進めるべきではないと考えます。

骨子の重点課題2-3-(2)「地域医療を支える有床診療所について、手厚い人員配置や後方病床機能等に対する評価を拡充する。」に関しては評価しますが、無床診療所の報酬をむやみに削ることには反対です。急性期病院の集約化が進む際、無床診療所が現状より少なくなれば、無医地区がそれだけ増えることになるからです。

前述した、入院基本料に病床、病院あたりの医師数を加味するシステムは、病院経営にとって、前回改定の7:1看護よりも、はるかに大きなインパクト与え、勝ち組病院と、負け組病院をはっきりさせることになるでしょう。しかし、現在各地で行われている、話し合いによる病院の再編が機能しない状況を見れば、このようなハードランディングによらなければ、病院の再編は現実化しないと考えています。

【アクセス、クオリティーのどちらを選ぶのか】

医療に関しては、アクセス、コスト、クオリティーが並び立たないのは自明のことです。今回の診療報酬の改定に当たり、総医療費が殆ど増額されなかったということは、アクセスかクオリティーのどちらか、あるいはその両方を犠牲にしなさいと命じられたことを意味します。従って、中医協としては、専門的観点に基づき、少ない予算のなかでの配分を決定する際に、国民に対して「出来ないことは出来ない」と犠牲となる部分を明確に説明することが重要です。

今回の骨子の中で重点課題2-2「医師の業務そのものを減少させる取り組みに対する評価」が明記されたことは評価に値します。しかしながら、診療報酬を0.19%引き上げるから、今の医療の体制を維持しろということであれば、それは不可能な命題であることを、明示しなければなりません。そうでなければ違法状態を追認することになるからです。

現実的に今後の医療提供体制を考える上で、アクセスを重視するのかクオリティーを重視するのかを明らかにする必要があります。現場の医師の意見としては、クオリティーを重視するものが多いと予想されます。また、急性期病院が集約化されれば、必然的に距離的なアクセス制限がかかります。アクセス制限を導入すれば、必ず不利益を被る方々が出てきますが、これは、医療を持続可能とするために必要な社会的コストであると考えます。

多くの急性期病院の医師は、給与の増額ではなく、人間らしい生活が出来る勤務体系を望んでいると思います。そしてそれが実現に向かわなければ、医療は持続可能な産業としてもはや成り立たないでしょう。

【医療サービスの低下を受け入れよ】

現在の医療資源では、今後も確実に増加する高齢者に対し、今の医療レベルのまま医療サービスを提供し続けることは不可能であることを直視する必要があります。そして、いくら医療費や医師以外の医療従事者数を増やしても、当直業務など、医師でなければ出来ない仕事量を減らさなければ、当分の間医師の違法な長時間勤務は解決しません。

この厳しい現状を踏まえて、何らかのアクセス制限や、クオリティーの低下を国民に覚悟していただく必要があることを、中医協は明らかにしていただきたい。特に、中医協の支払い側の委員の先生方は、診療報酬増額に同意できない社会情勢であるのであれば、「医療サービスの低下を受け入れよ」ということを表明していただきたいと思います。

繰り返しますが、現時点の資金や人材では、現在の医療レベルを維持することさえ不可能な状況です。政府、与党としては、今後の医療サービスを提供するうえで、アクセスを重視するのか、クオリティーを重視するのか、さらに国民にどれだけのコストを負担していただくのかを議論し、国民に提案していただきたい。そして選挙を通して国民の選択にゆだねるのが政治家の仕事であると考えます。

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