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vol 37 耐えられるか、幹事長の心臓

医療ガバナンス学会 (2010年2月4日 11:30)


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日本記者クラブ会員
石岡荘十
2010年2月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


この際だから、小沢幹事長の病歴をチェックしてみた。こうだ。
初めて小沢氏の健康状態が政治記者の手にかかったのは、1991年6月29日。早朝、突然、胸の痛みを訴えた小沢氏が救急車で東京・千駄木の日本医科大病院に担ぎ込まれた”事件”だった。病名は「狭心症」と発表された。
狭心症とは、心臓に酸素と栄養を送る血管である冠動脈が狭くなって、心筋が酸素不足に陥る病気だ。胸が締めつけられるように痛むが、普通、15分もすれば痛みはすっと治まる。治療に入院は必要ない。ところが、小沢氏の入院は42日間に及んだ。
心臓病でこんなに入院が長くなるのは急性心筋梗塞以外まず考えられない。心筋梗塞は、狭心症が血管がコレステロールで狭くなるのとは違って、「塞」、つまり血管のある部分が完全にふさがってしまう病気である。冠動脈に血液が流れなくなると詰まった部分から川下の細胞は壊死する。一刻も早い手術が必要である。
1999年、心臓弁膜症を経験したときの私の経験で言うと、心エコー、心臓カテーテルなどの検査入院で10日間、手術で3週間の入院だった。心筋梗塞の手術は、当時は、太ももの血管を切り取って冠動脈の詰まった部分をまたぐようにバイパスを作る方法が主流であった。最近では、足の付け根からカテーテル(ビニールで出来た管)を挿入して詰まった冠動脈の血流を再開させる方法が広く行われているが、バイパス手術の場合は、血管(静脈)を切り取った足と開胸、胸を開いた傷跡が残る。小沢氏にその傷があるかないか、確認されていない。
地検の2度目の事情聴取を受けた後、2月1日の記者会見で「私が、女房や子ども名義で預金していたのは事実だが、それは前年に心臓手術で40日入院した自分のことが心理的に影響し—」と答えている。心臓手術は「タイミングと医師の選択」さえ間違わなければ、決してそんなに大袈裟に考える必要はないのだが、(多分)手術に関する知識のない彼はひょっとしたらやばいかもしれないと考えたのだ。そのとき妻・子の名義にした資産がいくらだったか明らかになっていないが、場合によっては生前贈与に当たるのではないか、脱税ではないかと疑われている。私の場合はそんなものはないので、せめてもと思って、遺言まで書いた。
当時の新聞報道を総合すると、小沢氏は退院直後に足を引きずるように歩いていた。退院後、好きなタバコを断ち、医師の忠告を守り朝の散歩と食後の安静を日課としてきた。このため昼食後の休息と重なる午後1時開会の本会議をたびたび欠席。心筋梗塞手術後の患者が退院の際、医者に注意を受ける典型的な術後生活のパターンである。与党側から「本会議に出席できないほど心臓が悪いのなら国会議員を辞めて静養したら」と揶揄する声が上がった。
二度目に心臓病説が取り上げられたのが、2006年9月25日。東京・芝の東京プリンスホテルで開かれた臨時党大会で、小沢代表の再任を了承し、「来夏の参院選で野党が過半数を獲得し、自民党政権を崩壊させたい。私自身の政治経験、政治生命のすべてを賭けて決戦の先頭に立つ」と宣言。小沢氏は満面に笑みを浮かべた。ところが、党大会が予定通り終わった午後3時過ぎ、くたびれて疲労を感じた小沢氏は大会後に予定されていた記者会見をキャンセルし、6月に長期入院したことのある日本医科大病院に緊急入院。午後4時前、記者会見は、菅直人代表代行(当時)が代わりを務めた。
翌朝の新聞各紙は、党大会で小沢代表が再任されたことよりも、緊急入院を大きく扱い、日本医科大前には、小沢番の記者が連日張り込むこととなった。
医師の診断は、「心不全・重症度Ⅲ」。安静にしなければ、明日をも知れぬ。と当時報じられた。
「心不全」は要するに心臓の不具合、うまく動いていないということ。「重症度Ⅲ」はNYHA(ニューヨーク心臓協会)の心臓機能分類でよく使われる不具合の程度を表す指標だ。その「Ⅲ」は「心疾患があり、身体活動が著しく制約される、安静時には愁訴はないが、比較的軽い日常労作でも、症状(呼吸困難、むくみ、疲労感、動悸、胸の痛み)が現れる。平地の歩行や日常生活以下の労作によっても症状が生じる」というもの。Ⅰ~Ⅳの4段階の下から2番目という診断であった。決した軽いものではない。人によっては新聞を取りに行くくらいで「ハア、ハア」する。
「話している途中で急に言葉が出なくなった」「脳血栓で警察病院に担ぎ込まれた」。与党側からは未確認情報が次々と流された。確かに、心臓手術は重大な基礎疾患(大元の病気)で、術後、しばらくは心房細動などの不整脈を頻発する人も少なくない。しかし、「適切な治療」を受ければ心房細動といえどもむやみに恐れる必要はない。「適切な治療」とは例えば、カテーテルで心臓の筋肉の一部を高周波で焼き切るカテーテルアブレーションといわれる治療法である。
2000年4月2日未明、当時の小渕首相は、胸に違和感を覚えて緊急入院。43日間の闘病を経て逝った。死因は脳梗塞と発表されたが、じつは小渕元首相には不整脈のひとつ心房細動があり、心臓で出来た小さな血の塊、血栓が脳に飛び、脳の血管を詰まらせたというのが専門家の間では定説となっている。つまり、心臓疾患が首相の命を絶ったのである。小渕氏はその4ヶ月前、野党だった小沢氏と会談している。この会談が小渕氏の心房細動のトリガーとなったのではという意地の悪い見方も流布した。
私も術後長年心房細動に悩まされた。前後3回、述べ半年間の入退院の果て、カテーテルアブレーションを受けた。その後は胸に違和感を覚えることもなく丁度今週、術後満11年目を迎えることが出来た。
小沢氏の健康に関する3度目の報道は2008年10月。6日から13日まで風邪で入院、同月23日に予定されていたインドのシン首相との会談を含む党役員会などの公務も体調不良ということでキャンセルしている。
一番最近の報道は、2009年9月。ロンドンからの帰国を2・3日遅らせた原因について、「ロンドンでペースメーカーを入れたのでは」という憶測が流れた。が、心筋梗塞の手術を国内で受けた人物が、日帰りでも出来るペースメーカー埋め込み見たいな簡単な治療をわざわざ外国で受けるとは考えにくい。
政治家の健康不安説は政治生命に関わるといわれる。英国で与党幹事長がそんなことをすれば、同盟国米国の情報機関に筒抜けになることくらい小沢氏も分かっているはずだ。
それにしても、小沢氏もすでに68歳。父の佐重喜氏(享年69)も心不全で亡くなっている。重症化しないように、いかに健康管理するかが政治命を左右することは確かだ。心臓手術という”基礎疾患”を持つ者の最大の敵はストレスである。検察に追い込まれるということは、日々、命に鉋(かんな)をかけるようなものだ。
彼はときどきカッとなる。案外、ノミの心臓なのかもしれない。でも、そのプライドからいって、刑事被告人となるより「健康上の理由」だとして突如、”転進”(退却)する道を選択する可能性はないか。小沢氏は小渕ケースから学習しているはずだ。
カネと不動産、権力に固執する彼の性格は育ちから来るもうひとつの政治的な”基礎疾患”である。
その狭間で、小沢氏の心臓は耐えられるであろうか。
「斃れて後巳む」か。急死した大平氏の「弔い合戦」で自民党が大勝した例もある。選挙間近、「小沢氏倒れる」とでもなったら—。民主党単独過半数獲得成就の最終選挙戦略は、ひょっとしたらこのあたりにあるのかもしれない。

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