医療ガバナンス学会 (2018年6月28日 06:00)
この原稿はJBPRESS(6月14日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53314?page=7
上昌広
2018年6月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「(理事会提出の資料を回収するという指示を受けて)出ちゃうとまずいです」(栄田浩二事務局長代理)
「(厚労省の)検討会でどうやって言い逃れるか」「黙っとこう」(吉村博邦理事長・北里大学名誉教授)
◆流出した内部資料
一般社団法人日本専門医機構(吉村博邦理事長)の内部資料が出回っている。筆者のところにも送られてきた。
その資料に目を通し、呆れ果てた。冒頭にご紹介したように、幹部たちが自らの責任を回避するための隠蔽・改竄を認めるコメントのオンパレードだ。
知人の日本専門医機構関係者に資料を見せたところ、「それは本物でしょう」と言われた。どうやら、大変な事が起こっているらしい。
では、日本専門医機構とは、いったいどのような組織なのか。その前に、日本専門医機構が推進する新専門医制度が導入された経緯について解説しよう。
迷走ぶりも含め、既に多くの媒体で報じられている。筆者も過去に紹介したことがある(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49835)。簡潔に述べる。
従来、専門医の資格は、日本内科学会や日本外科学会、あるいはその下部組織である日本循環器学会や日本心臓血管外科学会などが独自に認定してきた。
学会によって認定の質にバラツキがあることが問題視され、中立の第三者機関が認定することが求められた。
そのために立ち上がったのが、日本専門医機構だ。日本専門医機構は、主要な19領域の診療科を対象に、専門医を認定することとなった。
厚労省も補助金を出し、審議会での議論を通じて「お墨付き」を与えることで、この組織を支援してきた。その目的は、地域ごとの専門医育成の枠を制限することで、医師の地域偏在や診療科の偏在を是正することだった。
「日本専門医機構を裏で操っているのは厚労省(医療業界誌記者)」という声まである。
今国会で成立した改正医療法では、都道府県等の調整に関する権限を明確化し、診療領域ごとに、地域の人口、症例数に応じた地域ごとの枠を設定する方針が明示されている。
◆日本専門医機構とはどのような組織なのか
その際、厚労省や都道府県は日本専門医機構と連携する。
では、どんな人たちが日本専門医機構を構成しているのだろう。それは、基本的に大学教授の集まりだ。
27人の幹部(理事長・理事・監事)のうち、16人は医学部教授か経験者だ。9人は東京大学医学部を卒業している。
残りは知事、日本医師会、全日本病院協会の代表、あるいは医療事故被害者だ。いずれも厚労省の審議会の常連である。
行政と業界団体が協力して、資源の分配を決めるのは、20世紀の産業政策の遺産と言ってもいい。厚労省や日本専門医機構は旧来の手法を強行したが、上手くいかなかった。
3月5日、日本専門医機構は3次にわたる専攻医の募集を締め切り、その結果を公表した。
新制度には8394人の若手医師が応募した。初期研修を終える医師の9割を超える。基礎研究や厚労省など行政職に進む一部の医師を除き、今春3年目を迎える若手医師のほとんどが、新専門医制度のカリキュラムに応募したことになる。
この結果を当研究所および仙台厚生病院の遠藤希之医師と齋藤宏章医師が共同で分析した。
日本専門医機構は専門研修の充実に加え、診療科と地域偏在を是正することを目標に掲げていた。ところが、結果は正反対だった。
我々は、今回の応募者と、厚労省が発表している「平成26年都道府県別医籍登録後3~5年目の医師数」を比較した。
この調査では、比較対象を何にするかが難しい。従来の学会は任意参加だ。日本内科学会の会員数が内科医の正確な数を示しているわけではない。私もそうだが、日本内科学会に所属しない内科医が大勢いる。
◆内科・外科を目指す医師が減る
ところが、新専門医制度が始まり、内科医を志す若手医師は、日本内科学会への加入が実質的に強制されることとなった。このため、過去数年間の日本内科学会の新規登録会員数と、今春の応募者を比較することは妥当ではない。
我々が用いた「平成26年都道府県別医籍登録後3~5年目の医師数」とは、厚労省が2年に1度実施している「医師・歯科医師・薬剤調査」の結果だ。
これは統計法に基づく悉皆調査で、「性、年齢、業務の種別、従事場所及び診療科名等による分布を明らかに(厚労省ホームページより)」することを目的とする。限界もあろうが、現存するデータの中では、今回の研究で比較対象とするに最も相応しい。
まずは診療科の比較だ。2012~2014年の平均と2018年の応募者を比較したところ、内科は2650人から2671人へと21人、外科も764人から807人へと43人の微増だった。
一方、増加が著しかったのは麻酔科(134人)、眼科(121人)、精神科102人などのマイナー診療科だ。
舛添要一氏が厚労大臣の時(2007年8月~09年9月)、医学部定員を増やしたため、今年度、専門研修を始めるのは、2012~14年の平均(6926人)よりも21%も多かった。医師増の影響を考慮すれば、内科は実質的に2割減と言っていい。
このことは全医師に占める内科医の割合をみれば一目瞭然だ。38%から32%へと低下した。同じように、低下した診療科は、外科(11%から9.6%)だ。まさに、医療の中核を担う診療科を志す医師が減り、マイナー診療科が増えたことになる(下の図1)。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_131-1.pdf
地域偏在に与える影響は、さらに深刻だった。
すべての診療科で東京一極集中が加速した。図2は内科の状況を示す。
東京は93人増加した。周辺の千葉(27人減)、埼玉(7人減)などから医師を吸い寄せたことになる。従来から首都圏では東京への医師の一極集中が問題視されていた。
新専門医制度が始まり、医師の偏在は益々加速した。
深刻なのは首都圏だけでない。従来、医師数が比較的多いとされてきた西日本などの地方も、新専門医制度によって重大な影響を受けた。
http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_131-2.pdf
例えば、12の県(青森、秋田、富山、福井、鳥取、島根、山口、徳島、香川、高知、佐賀、宮﨑)では内科志望医が20人以下である。高知に至ってはわずか8人だ。このような状況が数年間続けば、間違いなく地域医療は崩壊する。
外科も同様だ。東京は76人増加した一方、静岡は20人、神奈川は6人、千葉は5人減少した。内科同様、東京が周辺の都道府県から外科医を志望する若手医師を吸い寄せたことになる。
さらに、13の県で志望者は5人以下だった(山形、群馬、山梨、福井、奈良、島根、山口、徳島、愛媛、香川、高知、佐賀、宮﨑)。群馬、山梨、高知に至っては1人である。
実は、この状況は内科、外科に限った話ではない。志望者が激増した眼科ですら、一極集中が加速した。
東京は36人増加し、2位の京都(14人増)を大きく引き離す。一方、12の県で志望者が減少した。青森・山梨・長野・徳島・長崎では志望者はいなかった。他のマイナー診療科も状況は変わらない。
調査結果(今回の最終報告の前の中間発表に基づくもの)は、1月29日に共同通信を介して、全国の地方紙で報じられた。事態の深刻さを知った地方自治体や国会議員から、厚労省や日本専門医機構に問い合わせが殺到した。
新専門医制度については、医師はもちろん、多くの関係者から懸念が表明されていた。
昨年4月14日には、立谷秀清・全国市長会会長代理が「国民不在の新専門医制度を危惧し、拙速に進めることに反対する緊急要望」を公開し(http://www.mayors.or.jp/p_opinion/o_teigen/2017/04/290414shinsenmoni-kinkyuyoubou.php)、塩崎恭久厚生労働大臣(当時)に手渡した。
立谷氏は、「医師の適正配置を決めるのは国民であり、大学教授ではない。市民の代表である市長の立場から懸念を表明した」という。
◆事実をねじ曲げた日本専門医機構
このような動きを受け、塩崎厚労大臣は、厚労大臣在任の最終日である昨年8月3日に、日本専門医機構の吉村理事長と面談し、地域医療にマイナスの影響を与えないよう、改めて要望した。
内科医である立谷氏は、厚労省の検討会のメンバーにも任命された。さらに6月6日、全国市長会会長に就任した。引き続き、この問題に取り組んでいくことになるだろう。
ところが、日本専門医機構は、このような懸念を「無視」して強引に進めた。彼らの「公約」は守られなかった。
窮地に陥った日本専門医機構は、内科医は減っていないし、地方の医師不足は悪化しないという主旨の説明を繰り返した。
例えば、彼らは5都府県(東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、福岡県)の14基本領域については、「過去5年間の専攻医の採用成績は超えない」という上限を設定し、松原謙二副理事長(日本医師会副会長)は、「おおむね今回はうまくいった」とコメントした。
彼らが提示したデータを見ると、その主張も一理あるように見えた。
ところが、前述したように、5月半ばから日本専門医機構の議事録、速記録などの内部情報が外部に漏洩するようになった。
内部資料を詳細に読むと、日本専門医機構がどのようにして、事実をねじ曲げたかがよく分かる。ここでは東京都の内科医のケースをご紹介しよう。
今春から都内で内科研修を開始するのは536人。この数字が多いか少ないかは、比較対象によって異なる。
我々は「平成26年都道府県別医籍登録後3~5年目の医師数」を比較対象としたが、東京都の内科医は93人増加していた。おそらく、この数字は皆さんの実感にあうだろう。
多くの診療科で東京一極集中が進んだのに、内科だけ反対というのは、常識的に考えにくい。
◆都内では内科崩壊が避けられない
一方、日本専門医機構は各学会に制度導入前の数字を報告させ、比較対象とした。日本内科学会は、過去5年間に内科認定医資格を受験した人数を報告した。
この調査によれば、東京の受験者数の平均は709人。新制度導入により173人も減ったことになる。我々の調査とでは、比較対象が265人も違うことになる。このような比較は、コントロールを何に置くかで、どんな結果も導き出せる。
ただ、日本専門医機構の数字を信じれば、都内の内科診療の崩壊は避けられない。
11月17日の会合では、本田理事は「東京に絞ってみますと、トータルの医師数はマイナス50人。専攻医数。ただし、内科が150人減って、その他の領域で全部増えて、で、トータルでマイナス50人」と発言し、「内科医の数が減ると、やはりダイレクトにその地域医療に影響してきますからね」と認めている。
そして、ここから長く議論が続き、最後で「ここは議事録残さないよね。今の話は。一応、『終了します』と言った後の議事録はなし。フリーディスカッションだね」で締めている。
問題を指摘された日本専門医機構は、1月末に日本内科学会に再調査を依頼した。そして、2月9日の理事会に提出された資料では過去5年間の東京都の内科認定受験数の平均は567人に変更されていた。
これについて、松原副理事長は「再受験の方と、それから小児科などから受けた先生たちも入っていた」ので、それを除いた数字を再提出したと説明した。
筆者は、この説明に納得できない。過去5年間の内科認定医試験の合格率は88%。全国での不合格者は毎年約400人だから、東京に限れば50人程度だ。
小児科医を目指すのは年間に約600人。都内では130人程度だ。松原氏の主張が正しければ、全員が内科に転向していることになる。
関係者も、この説明には納得していないようだ。
理事会に参加した市川智彦理事(千葉大学教授)も「数字が極端に変わっている理由を説明できるように考えておかないと、何となく、ちょっとまずいような気がする」と述べている。
◆当事者もデータの誤りを知っていた
この問いかけに対し、松原氏は「あとは全部きれいに収まったので、これが、正確な数字・・・なんだそうです」と回答している。松原氏も、この数字を信頼していないのが分かる。嘘の上に嘘を積み重ね、収拾がつかなくなっている。
松原氏らのやり方は、最初から間違っている。日本内科学会を含め、各学会は1人でも多くの定員が欲しい。一部の地域で過去5年間の平均を超えないと言う上限が設定されていたら、過去の実績を多めに申請していたとしてもおかしくない。
単純比較すれば、マイナー診療科の増加や東京への一極集中が過小評価されるだろう。松原氏が初回の調査で慌てる結果になったのも当然だ。
この影響を減らすには、前述したように割合で比較するしかない。この方法は過大申告の程度が学会ごとに大きな差がないという前提に立っている。その影響は否定できないが、単純な前後比較よりははるかに正確だろう。
日本専門医機構の理事たちの多くは大学教授だ。誰も、この程度のことを思いつかないとは考えにくい。
ところが、誰も意見しない。ここに日本専門医機構の問題がある。このあたり、人事権者である政治家の意向を忖度し、データを改竄した財務官僚に相通じる。
新専門医制度は日本の医療の根幹に関わる。果たして、こんな連中に任せておいていいのだろうか。
今回の不祥事は、第三者による検証を行うべきだ。そして組織・制度を抜本的に見直す必要がある。