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vol 39 全国初の適用は業務上過失致死傷罪、改正検察審査会法

医療ガバナンス学会 (2010年2月6日 11:00)


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「医療事故の刑事事件の増加」の懸念が現実味

国立がんセンター
がん対策情報センター知的財産管理官
医師・弁護士

大磯義一郎
※今回の記事はm3.comで配信した文面を加筆修正しました。
2010年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2010年1月27日、改正検察審査会法に基づき、いわゆる強制起訴がなされることが決定した。昨年5月21日の改正法施行後、初の適用ケースであり、組織の管理者が業務上過失致死傷罪に問われた点で注目される。本改正により、医療事故の刑事事件化が進むことを懸念する声があり、現実味を帯びてきた。

【全国初の強制起訴は業務上過失致死傷罪被疑事件】
今回、対象となった事件は、2001年7月、兵庫県明石市の歩道橋において、花火大会の見物客が転倒し、11人死亡、247人が重軽傷を負った明石花火大会の歩道橋事故。当時の明石署副署長が、業務上過失致死傷罪で強制起訴された。

なお、この事故では、既に民事では兵庫県、明石市、警備会社に対し、5億6800万円の支払いを命ずる判決が確定しており、また刑事でも市関係者、警察官、警備関係者の計5人が禁錮刑に処されている。

【改正検察審査会法とは】
改正検察審査会法は、2009年5月21日に施行された。そもそも検察審査会は、起訴独占主義(検察のみが公訴提起し得る)を取る我が国において、検察内部等の身内の不祥事について、不当に不起訴処分がなされる恐れがあることから、それを監視、是正し得る装置として作られたものである。

従前は、検察は検察審査会の判断に従う義務はなく、たとえ検察審査会が起訴相当としても検察が不起訴相当と判断した場合には、なお不起訴とすることができた。しかし、今回、裁判員制度の開始等に伴う開かれた司法の一環として、より一層民意を反映させる趣旨で、検察が不起訴相当としても、検察審査会において2度の起訴相当の判断を受け、起訴議決がなされた場合には、必ず起訴されるという制度に法改正された。

その法改正の趣旨自体は首肯されるものであるが、本改正の波及効果として、医療事故の刑事事件化が進むのではないかという指摘がなされていた。

すなわち、医療事故においては、現に患者の死亡等の大きな損害が発生しているため、家族の精神的損害が大きく、医療側とコンフリクトが生じやすいこと(審査申立てがなされやすい)、検察審査会のメンバーは、裁判員同様一般市民から無作為に選ばれるため、どうしても法的視点より損害の大きさに目が行きやすいこと(起訴相当と判断されやすい)が考えられるということである。

【業務上過失致死傷被疑事件、監督責任】
今回、対象となった事件は大量の死傷者という大きな損害が発生した事故に対して、交通警備に係る監督責任を問われたものである。過失犯に加え、監督責任(現場にいない者)という法的に無限に広がる可能性(さじ加減次第でいかようにもなる)から罪刑法定主義違反(憲法31条違反)との批判もある領域において、初の起訴議決がなされたということは示唆に富むものと考える。

参考までに、刑事医療事故における業務上過失致死傷罪、監督責任と言えば、2000年10月の埼玉医科大学の抗がん剤過剰投与事件(最高裁2005年11月15日、刑集59巻9号1558頁)が挙げられる。

当該事件は、2年目の研修医が滑膜肉腫の患者に対し、VAC療法を行おうとしたところ、自身が調べた文献中の「/week」を「/day」と誤認し、ビンクリスチンを連日投与した結果、患者が死亡したという事案において、治療を行った研修医に加え、指導医と当時の診療科の教授が監督責任を問われ、業務上過失致死として指導医が禁固1年半、教授が禁固1年をそれぞれ言い渡された事案である。

本事案につき詳細を知らないため一般論とはなるが、「教授である以上、個々の診療に対しても責任を負うべき」という倫理上の指摘はもっともであろうし、民事責任までは理解もしようが、刑事責任はあくまで個人の犯罪に対するものであり、「責任者だから当然」という論理を不用意に引っ張ってよいものか、議論があるところである。

【過失犯の問題点】
過失犯についての議論は、医療界においても浸透しつつあるが、その最大の問題点は、さじ加減によっていかようにもなるという点である。

民事不法行為責任においては、「損害の衡平な分担という視点から見て、医師という職業に対し期待される合理的な注意義務」に反するか否かが境界線となる。刑事業務上過失致死傷罪については、「医師という職業に対し期待される合理的な注意義務を逸脱し、最早刑事罰を科すべきと言える注意義務違反」か否かが分水嶺となる。そのいずれも漠とした抽象的なものであり、このような基準を示されたとしても、人によりその判断は大きく異なるのである。

したがって、医療現場において適法行為を行おうとした場合には、「誰が判断しても」、これらの基準を超えると言えるかという行為基準となってしまい、結果、萎縮医療、医療崩壊へと進んだことは歴史上明らかである。

【結語】
今回、検察審査会法改正後、初の強制起訴の事案が決定したので、報告させていただいた。その対象が、業務上過失致死傷罪被疑事件であり、かつ、監督責任を問われている事案であることは、改正前に指摘されていた疑念が真実味を帯びてきていることを示しているように思われる。

医療行為により生じた悪しき結果に対し、刑事司法という権力装置を用いることは、不確実性を基礎とする医療現場を破壊する結末となることは歴史上明らかであり、その結果、一番の被害を受けるのは治療を受けられなくなる国民である。

福島県立大野病院事件、東京女子医大事件のような”冤罪”事件を繰り返さないためにも、また、国民の適切な医療を受ける権利を守るためにも、医療行為に対する刑事司法の在り方を真摯に考える必要があるものと考える。

 

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