医療ガバナンス学会 (2018年7月24日 06:00)
この原稿はJBpress(7月17日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53496
尾崎章彦
2018年7月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
この連載の初回記事において第一三共の情報公開体制について分析したが、それを日本製薬工業協会(以下、製薬協)に加盟している71社全体に広げた内容である(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53293)。
対象とした製薬企業は以下のURLから確認することができる。(http://www.jpma.or.jp/tomeisei/guideline/2016.html)
まず各企業が支払いデータの閲覧・使用に際し、禁止事項を定めているか評価した。
◆自由なデータ閲覧は10%未満
その結果、自由なデータの閲覧・使用を認めていたのは、ポーラファルマ 、ユーシービージャパン、あゆみ製薬、テルモ、日本新薬、ヤンセンファーマ、中外製薬の7社(9.9%)のみであった。
その他の製薬企業は禁止事項を列挙し、申請者がそれらの文言に了承した場合のみデータを公開するという体制を敷いていた。
注意していただきたいのは、データ利用の制限は、個人名と紐付けされていない「講演会等会合費」や「説明会費」にも及ぶことだ。
個別の医師への支払いと異なり、これらのデータは個人情報にさえ当たらない。このようなデータの利用に制限を設ける意味はあるのだろうか。
また、支払いデータ公開の開始日と終了日も統一されていなかった。これは、内資企業と外資企業のデータ公開開始日が異なっていることに言及したわけではない。
内資企業の公開開始日が4月1日であるのに対し、外資企業のそれが1月1日であることは、決算のタイミングを考慮すれば致し方ないと思われる。
問題は、内資企業の間でも開始日が異なっていることだ。
例えば、マルホの公開開始日は10月1日、藤本製薬は7月1日、京都薬品は6月1日、久光製薬は3月1日である。結果として、厳密な意味でのデータの比較が困難になっている。
では、個別の医師への支払いデータにたどり着くにはどのようなプロセスがあるのだろうか。
◆約4割の企業が個人情報を求める
71社のうち、個別の医師支払いが公開されていなかったシャイアージャパン、ブラウザの関係でデータの閲覧ができなかった興和、支払いデータの閲覧申請後も期間内に許可をえられなかったトーアエイユーを除く68社について調査した。
まず実際のデータの閲覧を許可する前に申請者の個人情報の入力を要求する製薬企業がどの程度存在するか評価した。
すると、27社(39.7%)が申請者に対して何らかの個人情報の入力を要求していた。
具体的な個人情報の種類としては、名前(38.2%(68社のうち26社))、施設名(19.1%(68社のうち13社))、住所(17.7%(68社のうち12社))、メールアドレス(39.7%(68社のうち27社))、電話番号(27.9%(68社のうち19社))が挙げられた。
また、26社(38.2%)は、申請を受けた後に社内での審査を行ってからデータの閲覧許可を与えていた(トーアエイユーのように閲覧許可を依然認めていない企業も存在した)。
さらに、26社のうち24社(92.3%)は、このような閲覧許可に期限を設定していた。その期限は大多数が1週間前後と非常に短かった。
実際にデータはどのような形式で提供されているのだろうか。
スプレッドシートのような使いやすい形式でデータを提供している会社は1社もなく、ウエブサイトのみで閲覧が可能な特殊なアプリケーションを用いて情報提供を行っている会社が57%(39社)を占めた。
このようなアプリケーションはとにかく使いにくい。最低限PDFで公開すればいいように思われたが、そのような企業は22社(32.4%)と少数派だった。
◆患者の視点が欠けている製薬企業
データのダウンロード、医師名の検索はそれぞれ27社(39.7%)、19社(27.9%)においてのみ可能だった。このような有様では、患者が自らの主治医への製薬企業からの支払いを調べようとはほとんど不可能である。
結局、製薬企業が支払いデータの利用に制限を設けているのは、医師に対してのアピールに過ぎず、医薬品を使う患者への視点が欠けているように感じられた。
私は、製薬企業から医師に業務が依頼され、その見返りとして謝金が支払われることそのものは悪いことではないと思う。
ただ、注意しなくてはならないのは、処方された医薬品を身銭を切って支払うのは患者であり、医師の懐が痛むことはないということだ。
結果として、医師においては処方箋を切ることへの自制が働きにくいため、製薬企業が支払いデータを公開することでバランスを取る必要があるのだと思う。
ノバルティス事件然り、グルシンガー事件然り、製薬企業と医師が密室の中でやり取りを行う中で、一定の確率で不適切な関係が構築されることは歴史が証明している。
製薬企業と医師の関係の透明化を進めることは、そのような事態を未然に防ぐための先人の知恵なのだ。
とは言え、極端に日本の状況を悲観しているわけではない。例えば、米国や豪州は日本に先んじて、製薬企業からの医師への支払いデータを透明性の高い形での公開を達成した。
しかし、ある製薬業界の関係者は、「米国などで透明化への流れが先んじているのは、そのような仕組みがなければより野放図にやりたい放題になってしまうという危機感があったのではないか。米国は社会主義国のような日本よりも遥かに獰猛です」と語る。
加えて、米国や豪州においても、これらの仕組みが構築されるまでにそれなりの時間を要している。
米国のサンシャイン法は、2007年に上院議員のCharles Grassley氏によってはじめて提案された際には廃案となり、その後、2010年になってようやく制定された。
また、豪州の製薬協に当たるMedicines Australiaは2007年に加盟製薬企業に、主催したイベントにおける金銭データの公開を義務付けたが、この時点では個人への紐付けは行われていなかった。
個人に紐付けしての情報公開が開始されたのはごく最近の2016年からである。このような先例を考慮すると、長期的には日本においてもより透明度の高い方法での医師支払いデータの公開が進むだろう。
しかし、その実現までの期間を短くするために、厚生労働省や製薬企業、製薬協に市井から声を上げ続けることはとても重要だと思う。
次回は、日本独特の慣習である奨学寄付金を中心に、製薬企業の販促活動として行われている支払いについて総括を試みる。