Vol.153 お弁当代だけでも 処方薬が変わる医療現場 ~製薬企業からの医師支払いの詳細が明かす日本の問題点~
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この原稿はJBpress(6月29日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53444
尾崎章彦
2018年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
前回、製薬企業からの医師支払いについて、全体平均から逸脱した企業(外れ値)に着目しながら考察した(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53377)。今回はさらにその詳細に迫る。
日本製薬工業協会(以下、製薬協)に所属する71社の2016年の医師支払いの総額は266億円だった。
これらの支払いは、講師謝金(223億円、84%)、原稿執筆料・監修料(11億円、4%)、コンサルティング料(32億円、12%)に分けられる。
◆最近流行のウエブ講演会
目を引くのは講師謝金が医師支払いの84%と圧倒的多数を占めることだ。この結果は、医師を講師として開かれる講演会が、製薬企業の販促活動において重視されていることの表れである。
最近はウエブベースの講演会も増えている。このようなタイプの講演会は多くの医療機関で配信できるため、1回あたりの宣伝効果が非常に高い。
一方で、医師にとっても、講演会の講師は同業者に自分の顔と名前を覚えてもらう良い機会である。そのため、製薬企業としても依頼する際の障壁が低くなっていると推測される。
ではどのような製薬企業において講師謝金が多いのだろうか。
国内医薬品売り上げ1億円あたりの講師謝金を以下の図1にまとめる。中央値は協和発酵キリンの25万円、最大値はキッセイ薬品工業の57万円、最小値はグラクソスミスクライン の700円だった。
内資・外資の区別なく、支払いが多い企業から支払いが少ない企業まで満遍なく存在することが分かる。
http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.153-1.pdf
国内医薬品売り上げと講師謝金の関係は以下の通りである。
内資企業においては第一三共、大塚ホールディングスの医師支払いが平均を上回っており、武田薬品、アステラス製薬の支払いは平均より少なかった。
一方で、外資企業においては、ファイザー、グラクソスミスクラインは平均より少なかった。
講師謝金は医師支払いの大多数を占めるだけあり、前回紹介した医師への支払い全体の結果と似通っている。
http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.153-2.pdf
それでは講師謝金以外の項目はどうか。国内医薬品売り上げ1億円あたりの原稿執筆料を図3に示す。
その中央値はキョーリン製薬の1.4万円、最大値は鳥居薬品の4.8万円、最小値はやはりグラクソスミスクライン の600円だった。各企業とも講師謝金に比較すると原稿執筆料に計上している金額は少ない。
しかし、この金額の解釈には注意が必要である。
「日経メディカル」などの医療業界誌を迂回して医師に謝礼が支払われるケースが存在するからである。
文章をまとめる作業は時間も労力も要する。医師自らが原稿執筆を行う代わりに、製薬企業から広告費を受け取った雑誌社の記者が、医師に取材を行って記事をまとめる。
医師に直接の謝礼を支払うのは雑誌社なので、製薬企業は医師支払いとして計上する必要がない。
製薬企業、医療業界誌、医師三者にとって、大変都合の良い仕組みである。一方で、ある製薬企業幹部によると、「ここ数年、出版社への支払いを公開しようとする動きもある」という。その実現をぜひ期待したいところである。
http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.153-3.pdf
最後に、国内医薬品1億円あたりのコンサルティング料を図4に示す。
中央値はノボノルディスクファーマの2.5万円、最大値はユーシービージャパンの18.7万円、最小値はツムラの900円だった。
http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.153-4.pdf
また、図5を見ると、協和発酵キリンや中外製薬のコンサルティング料が平均よりはるかに多いことが分かる。
これらの企業の講師謝金や原稿執筆料は平均程度だった。なぜコンサルティング料のみが突出して多かったのだろうか。
http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.153-5.pdf
前述の製薬企業幹部によると、コンサルティング料の多寡は、「新薬が出ているかどうかに依存する」という。
◆新薬発売で跳ね上がるコンサルティング料
また、「新薬の上市に伴い、開発に携わった医師を中心に数人から10人程度を全国から選出し、専門医の立場からアドバイスをいただく」という。
例えば、協和発酵キリンであれば、2014年に「ジーラスタ」(持続型G-CSF製剤)、2016年に「ルミセフ」(乾癬治療薬)、「ドボベット」(尋常性乾癬治療薬)と新薬が相次いで販売されたことで、コンサルティング料が跳ね上がった可能性がある。
しかし、そのようなケースばかりではない。最も分かりやすいのがMSDの事例だ。
同社は、自社製品の販売促進のため医師への不適切な金銭提供などを行ったなどとして、製薬協から2011年に会員資格停止処分を受けた(その後、2013年に復帰)。
様々な問題行為により、延べ3400人の医師に2億2000万円の金銭供与が行われたという。
特に1人当たりの個人への支払いが多かった事例は、同社が販売する「ジャヌビア」(経口糖尿病薬)に関連して、国内の医師50人弱を海外研修に派遣したというものだ。
その際に支払われた謝礼は5万円、渡航費は65万円に上る。
この事例で見落としてはならないことは、謝礼をはるかに上回る渡航費が計上されていることだ。
◆公開されていない飲食費や宿泊費
例えば、2016年に医師への支払額が最も多かった(20.2億円)第一三共は、「講演会費」と「説明会費」で合計85.0億円を計上している。
もちろん会場の使用料などは差し引く必要はあるが、飲食費や宿泊費など医師個人を対象に相当な経費が使われていると推測する。
実は、このような経費は、現行の枠組みにおいて、医師個人が特定される形では公開されていない(総額のみの公開)。
「製薬協には自主基準があり、MSDのような極端な例はほとんど存在しない。そのため、飲食費や宿泊費を個人に紐付けての公開は必要ないという声が趨勢」(製薬企業幹部)とのことだが、処方に及ぼす影響力を侮ってはいけない。
飲食費や宿泊費が医師名と紐付けされて公開されている米国において、たかが20ドル程度のお弁当やその他の飲食費であっても、薬剤の処方推進につながっていたことが明らかとなっている。
今後、医師個人への紐付けが可能な経費については、個人ベースでの情報公開が望ましいのではないか。
以上、製薬企業からの医師への支払いの詳細について検討した。引き続き製薬企業の情報公開体制について調べていくつもりである。