最新記事一覧

vol 45 傷だらけの武将、兵を語る 舛添前厚労大臣講演 傍聴記

医療ガバナンス学会 (2010年2月11日 08:00)


■ 関連タグ

山形大学医学部附属病院
検査部・感染制御部
森兼啓太
2010年2月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2010年2月5日・6日の両日、東京において第25回日本環境感染学会総会が開催された。この学会は院内感染(現在は医療関連感染という言葉に取って代わられつつあるが)対策を主に取り扱う日本唯一の学会であり、5000名ほどの参加者が一同に会する。10年前は1000人ほどの参加者しかなく、近年急速に活性化している「元気のよい」学会である。

この学会の目玉とも言える招請講演には、過去様々なビッグネームが登壇してきた。タレントの中井美穂さんや鴨下一郎環境大臣(当時)なども呼ばれている。しかし今年招聘された、前厚生労働大臣の舛添要一氏は私の知る限り最もビッグな招請講演演者であった。当然のことながら、1600席の会場は舛添氏の登場前から超満員の観衆とともに異様な熱気に包まれていた。

さっそうと登場した舛添氏の講演は、もちろん新型インフルエンザ関連である。当日の午前2時までかけてまとめたA4で20枚の資料に基づいて、2008年4月のH5N1プレパンデミックワクチン接種臨床試験から新型インフルエンザの発生、そして政権交代で厚労大臣を辞任するまでの約1年半にわたる厚生労働大臣としての対応や周囲の動きを、舛添氏はわかりやすく解説した。

当日のメモをもとに、私の印象に残った舛添氏の講演内容の一部をお伝えしたい。表現はできるだけご自身の言葉を引用するように努め、註釈を括弧内に付した。

★情報公開と伝達
新型インフルエンザ発生当初、情報をできるだけ公開することに務めた。情報伝達をしっかりしないと、国民は隠蔽しているのではないかと不安になり、社会が混乱するからである。さらに、記者会見は自分がやるのがいい。位の上の人がやればやるほど情報の信頼性が高まる。また、真夜中には記者会見はしないが、夜中の出来事は午前7時のニュースで知らせるのが最もよい。メディアは上手に使う。これらのことは危機管理の基本である。

★新型インフルエンザという国家の危機への官邸の対応
新型インフルエンザ対策の主要な部分である医療や検疫は厚労省管轄であるが、空港は国土交通省、学校は文部科学省、警察はまたその他、など、省庁にまたがる部分で縄張り争いが起こっていた。これを本来は内閣総理大臣の強力なリーダーシップでまとめるべきなのだが、実際にはそうならず、官邸が機能していなかった。例えば当初、成田空港検疫所で発見された疑い患者の検体を、東京都武蔵村山市の国立感染症研究所で検査確定させていたが、そのためにクルマで搬送するには普通に運んだのではかなりの時間がかかる。しかし保健所のクルマは緊急車両扱いできない。そこでそのクルマを警察車両に先導させることにしたが、たったこれだけのことでも相当の苦労があった。縄張り争いの弊害である。
さらに国内での集団発生(5月中旬の大阪・神戸)の後も、内閣府レベルで重大な決断を迅速に行う必要があったのに、それがなされなかったことに忸怩たる思いをした。総理大臣に近いある閣僚は、電話はかけてくるが何も決断しなかった(学会会場だからあえて少々過激なことも話している、という舛添氏の趣旨を踏まえ、詳述な記述は避けた)。
また、首相官邸は権威主義で、官邸の決断を支える専門家会議には教授以上の肩書きを持った人しか任命しない。これが間違っていたらこけてしまう。そこで自分はセカンドオピニオンとしてある程度若い人を私の直属にした(筆者ら数名に言及され、厚労大臣アドバイザーに指名して意見聴取を行い、ご自身の決断の参考にされたことについても触れて頂いた)。
最終的には、安倍・福田・麻生の3内閣を通じて同じ省庁の大臣を連続して務めたのは自分一人であり、これを切り札にして省庁の縄張り争いを押し切ることができた。

★ワクチン
国内のワクチン生産能力が低いため十分な量が確保できなかった。ワクチン戦略本部を作り、1億本、2億本と作れるくらいのワクチン大国になっていくべきである。これに関連して、感染症法、予防接種法を全面的に見直し、必要なワクチンは強制接種とし、副反応は基金で無過失救済するしくみを設けるべきだ。そういう仕組みでなければ、自分が医師であったら接種に従事したくないであろうし、ワクチンメーカーの立場に立てばワクチンを製造したくなくなる。

★医療従事者および学会への提言
皆さんへのメッセージとして、新型インフルエンザという新しい病気に関して色々なことがわかってきたので、これをよく研究してください、データとエビデンスに基づいた医学(EBMと並列でDBM、Data-based Medicineという言葉を使っておられた)が大切である。

以上、氏が最も言いたかったのは、ある程度継続性を持った政治家主導の政策、強力なリーダーシップを持つ政治家がトップに立って勇気を持って決断することの重要性であろう。昨今、舛添氏の内閣総理大臣への意欲を報じるメディアの記事を時々目にするが、本講演でもその意欲が随所ににじみ出ていると感じた。筆者をアドバイザーに指名されたこととは無関係に、現在の様々な課題を抱えた日本という国の舵取りを任せられる人はこの人をおいて他にはいない、と感じさせられた1時間であった。

舛添氏はすでに「舛添メモ 厚労官僚との闘い752日」という本を出しているが、本講演の冒頭で54,000人の厚労省職員が一所懸命に働いていたことをねぎらう配慮も忘れなかった。そして、新型インフルエンザに関しても自分自身の反省点も含めて記録にまとめたいと述べた。そのような本の発刊が待ち遠しい。

氏は最後にこう締めくくった。
「今の世の中は平和ボケしている。100年前の日本は、10年に1度戦争をしていた。あの時代の緊張感を取り戻さないといけない。クラス会議のような閣議や学校崩壊みたいな国会をやっていてはダメだ」

筆者は、この言葉をそのまま、厚労省関連の審議会、特に新型インフルエンザワクチンの安全性を審査する「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会」・「新型インフルエンザ予防接種後副反応検討会」と、予防接種法の改正を議論する「厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会」に投げかけたい。前者においては国産ワクチンの接種後死亡事例に関する検討が極めて不十分であり、後者は予防接種法改正という根本的課題を議論すべきところを、新型インフルエンザワクチンの法的位置づけをどうするかという課題に矮小化しているのだ。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ