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vol 46 日本医師会よ、ともに戦おう

医療ガバナンス学会 (2010年2月12日 08:00)


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虎の門病院 泌尿器科 小松秀樹 2010年2月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

以下の文章は、平成22年1月22日に小松秀樹氏が日本医師会 第3回「医師の団結を目指す委員会」で話した内容です。当日はスライドを用いて説明しました。スライドは以下のサイトからダウンロード可能です。 http://expres.umin.jp/mric/img/komatsu/100122komatsu.ppt 今日の話は、「日本医師会よ、ともに戦おう」というタイトルです。ただし、診療報酬よりもっと重要な戦いがあります。キーワードは規範と実情です。 1999年、二つの事件をきっかけに医療危機が顕在化しました。横浜市立大学病院事件では、患者確認システムがない中で、2人の患者を1人の看護師が搬送し、手術患者の取り違えが起きました。都立広尾病院事件では、ヘパリン生食と消毒剤を同じような注射器に同じ場所で用意し、別な看護師が使用しました。誤って消毒剤を静注された患者が死亡しました。両事件ともシステムの問題でした。 同じ年、アメリカで『人は誰でも間違える』が出版され、過失についての考え方が一変しました。 旧思考は規範優先です。過失は罪悪です。この両事件では、システムの問題を個人への刑事罰で対処しました。新思考は実情優先です。人間は誤りやすいという性質を持っています。これは変えられません。当事者を罰するのではなく、システムの改善で対応します。 1999年から2004年にかけて、日本の医療は大混乱に陥りました。今から考えると規範と実情のせめぎ合いによる混乱だったとしてよいと思います。大量の報道があり、大衆メディア道徳とでもいうべき無茶な基準で、医療機関と医療従事者が非難されました。 国民、メディア、司法、行政、病院管理者、医療従事者のすべてに問題がありました。医師も実情を俯瞰できず、時に混乱を増幅しました。 病院の開設者、管理者はメディアと刑事司法の論理にすり寄り、事故の認識をゆがめました。病院の保全や自らの立場の擁護を優先しました。ときに医療従事者の人権が侵害されました。冤罪事件まで発生しました。 医療現場ではクレームが激増しました。 福島県立大野病院事件が転機になりました。現場の医師が刑事司法に対して公然と反論しました。 2008年に無罪が確定しました。判決は、予見可能性、結果回避可能性を認めた上での結果回避義務の有無を、医療現場の実情からの帰納で判断しようとしました。 判決の正当性の根拠は、刑法211条業務上過失致死傷の注意義務の解釈ではなく、刑法35条「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」に求める方が合理的です。当該専門分野の実情の精査が「正当な業務」を決めます。 今、自律を担う団体が求められています。大野病院事件で、医療界は刑事司法に対し、暫定的な勝利を得ました。しかし、ボールは医療界にあり、対応を迫られています。 司法や行政が医療を取り締まると医療を破壊します。多くの国で、専門分野の制御を専門職団体の自律に委ねています。 日本医師会は自律を担う団体ではありません。日本の医療崩壊に対して無為無策でした。日本の医療の維持発展に責任をもっているとはいえません。 対立してきたのは日本医師会と勤務医です。開業医と勤務医に対立する理由はありません。 医師は多様です。一部の利益のための政治的主張が対立の原因です。 開業医の利益を優先してきたために、勤務医を抑圧してきました。反対意見に対し、対立を煽ると逆に非難することで、聴く耳を持たないことを示し、勤務医と日本医師会の溝をさらに深めました。日本医師会を自分たちの団体だと思っている勤務医はいません。 医療事故調の厚労省第二次試案に、現場の医師の声を聴くことなく、だまし討ちのような形で賛成しました。その結果、勤務医の真の敵になりました。開業医を含めて現場の医師の反発を招き、日本医師会の存立が危ぶまれるような状況になりました。 3日前に明らかになった東京女子医大冤罪事件で無罪が確定した佐藤一樹医師への行政処分問題は、再診料問題よりはるかに大きな問題です。厚労省の目論見は中世の暗黒を現代にもたらします。この事件に対する対応で日本医師会の真価が問われます。これについては、配布資料を後でお読みください。 医師が対峙すべきは厚労省です。 立法・行政・司法は法による統治機構です。法は理念からの演繹を、医療は実情からの帰納を基本構造とします。両者には大きな齟齬があります。官僚の特性です。実情に合わない規範を現場に押し付けます。このため、現場は常に違反状態になります。自らの責任を回避します。このため、常に現場に責任を押し付けます。権限と組織を拡大しようとします。チェック・アンド・バランスがないとかならず有害になります。 厚労省の問題は規範を優先することです。新型インフルエンザを例にとります。専門家が科学的に不可能としていた水際作戦を規範化しました。無意味な停留措置で人権侵害をしました。人権侵害で日本の国際評価を下げ、国益を損ねました。 ガウンテクニックの常識に反して、同じ防護服のまま1日中、多くの飛行機内を歩き回りました。これは、感染拡大の原因になりえます。科学と無縁のアリバイ作りです。インフルエンザの防御はどうでもよかったのかもしれません。 実情無視の事務連絡を連発して、医療現場を疲弊させました。 行政発の風評被害で関西圏に多大な経済的被害をもたらしました。厚労省は旧日本軍に酷似しています。レイテ、インパールなどでは、現実と乖離した目標を規範化することで、膨大な数の兵士をいたずらに死に追いやりました。 厚労省は法システムによる医療の徹底管理を狙っています。厚労省案による医療安全調査委員会をまだあきらめていません。周辺のルール作りを着々と進めています。院内事故調査委員会のあり方の研究班は、法と医療の意見の対立のため、合意に達しませんでした。 処分を受けた医師の再教育プログラム研究班は、厚労省の意向で突然中断されました。官僚の意にそわないとつぶされます。 届出判断の標準化研究班では、医療機関から医療安全調査委員会への届出、医療安全調査委員会から捜査機関への届出の基準が決められています。 『医師の自律』の理念的研究が厚労省主導で行われています。日本のアカデミズムは研究費を求めて行政にすり寄り、行政は、研究費、研究班の班長職、審議会委員などを通じてアカデミズムを支配してきました。日本のアカデミズムに批判精神は期待できません。 医療の質・安全戦略会議では、厚労省からの研究費で、医師の自律について議論しています。厚労行政は議論の対象になっていません。現場の医師ではなく、研究者が主導しています。理念優先です。実情を考慮しないと明言して『10年後のあるべき姿』を提言しました。現実と無縁の制度などあるはずがありません。危険なだけです。 厚労省が医師の自律の議論を誘導しているように見えます。正義を振りかざす危ない研究者が、厚労省のバックアップで制度を設計する可能性があります。 正義は暴走します。大災厄は小悪人ではなく正義によってもたらされます。異端審問官、ヒトラー、スターリン、いずれも正義の名のもとに多くの人たちを殺しました。 耐震偽装による実被害はありませんが、耐震偽装をきっかけとした実情無視の建築基準法改正で、多くの会社が倒産しました。自殺者もあったと想像します。 自律処分では、裁判と異なり、処分を下すための手続きの正当性を担保するのは至難です。医師は人権についての実務的知識を持っていません。その分、権力をもった医師、特に現場を知らない研究者は検察官・裁判官より危険です。 本気で対応しないと、無茶な制度を押し付けられ、医療提供体制が脅かされかねません。 日本医師会は戦略の大転換を迫られています。歴史的に、日本人は経済的要求に対し冷淡です。江戸時代、困窮した農民の越訴(直訴)は成功しても代表者は死罪になり、神社に祭られました。 戦後も、ストライキに対し、日本社会は一貫して反感をあらわにしてきました。小選挙区制はポピュリズムを強めます。医師は経済的状況に関わらず、妬みの対象です。日本医師会は社会に敵視され、政治的影響力を弱めてきました。 大同団結をして強引に利益を主張すると、社会の反発を招きます。自殺行為です。 公益法人制度改革が進行中です。2013年11月30日までに、公益社団法人か一般社団法人に移行しなければなりません。公益社団法人は、不特定多数の利益の増進に寄与し、会計を含めて活動が社会から監視でき、公平な参加の道が開かれ、社員は平等の権利を有し、特定の個人の恣意によって支配されないものとされています。現状の日本医師会ではダメです。一般社団法人になれば、日本医学会が離れる方向に動きます。勤務医が参加する理由がなくなります。権威と社会的影響力を失います。 日本医師会の状況です。従来の組織形態を実質的に温存したまま新組織に移行すると主張しています。これは法律的にも政治的にも、常識外れです。結果として影響力を減ずる方向に働きます。鳩山政権による冷遇を社会が後押ししています。日本医師会が裸の王様であることを誰もが口にするようになりました。それでも、空疎になった権力を求めて、従来以上に会長選挙が激化しています。 唐澤、原中両候補は明確な将来展望を提示していません。どちらが選挙に勝っても、従来の権力は望めません。時代に取り残された組織は、独力で未来を切り開けません。 私は一昨年、日本医師会三分の計を提案しました。最も重要なのが医師を代表する公益団体です。開業医の利益を代弁する団体は、議会制民主主義の下、堂々と利益を主張できます。開業医は設備投資があり、勤務医より収入が多くて当然です。開業する時には、それまでの生活からの跳躍があります。ある種の名誉と医師としての醍醐味の一部を捨てざるを得ません。日本は江戸時代300年を通じて、お金と名誉と権力を分けました。アメリカでは有名な医師はお金と名誉と権力のすべてを持っています。これは、日本人である私の感覚では、健全ではありません。 勤務医の利益を代弁するための団体として、全国医師ユニオンが昨年創設されました。定款変更が改革の表現になります。勤務医の利益団体は創設されているので、公益団体と開業医の利益団体に分ければよいということになります。 公益団体としての新医師会の業務は大きく二つです。一番目は、医療の質向上。患者権利の擁護、医師の教育、質評価による医療の底上げ。医師の適性審査と処分などを行います。 二番目は、情報の集積と配信です。医療政策を規範ではなく、実情に基づくものにさせるために、医療に関するあらゆるデータを集め、専門家が使えるようにします。厚労行政には、実情より規範を重視するという原理的欠陥があるので、医療の発展のためには、恒常的チェック体制が不可欠です。 医師を統合するための方策です。外部に向かって経済的利益に関わる主張をしません。実際、大きな圧力団体単独の主張より、さまざまな団体や個人がそれぞれのやり方で、ばらばらに、あるいは、同時多発的に主張する方が、政治的にも有効です。 理事を電子メールで直接選挙します。理事が会長を互選します。投票を単記にすれば、勤務医と開業医で役員を分け合います。利害に関わる政治的主張がなければ、対立がなくなるので、分け合う必要もなくなります。 定款変更まで残された時間は3年10カ月。公益法人制度改革三法の施行後、1年が無為に過ぎました。2013年11月30日までに新組織に移行しなければ、解散したものとみなされます。 定款変更には代議員会で出席者の3分の2以上の多数による議決と、総会での議決が必要です。3分の2はきつい条件です。対立があれば、定款変更は無理です。変更できなければ、日本医師会は消滅します。意思決定できずに、消滅する可能性が最も高いような気がします。 合意形成には、未来への明確な展望、周到な戦略、元気をもたらす説得力、そして、時間が必要です。 ソフトランディングで日本医師会を再編しなければなりません。これまでの日本医師会を無理に継続しようとすれば、すべてを失います。損得計算をすべきです。 大義名分のある有意義な機能は残す努力をすべきです。医療を必要とする人たちへの、質の高い医療の継続的な提供を目的とすべきです。これは医師のメリットにもなります。アイデアがないのなら、外部に智恵を求めるべきです。考え方を大転換して時代の先頭に立つべきです。必然的に、対立関係が協力関係に変わります。今日、ご出席の土屋先生(国立がんセンター中央病院院長)は昨年11月、日本医師会の再編を江戸城無血開城に例えられましたが、日本医師会会員は、薩長同盟のつもりで、積極的に歴史に参加すればよいと思います。 以上です。ご清聴ありがとうございました。

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