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vol 54 『ボストン便り』(10回目)「パワーゲームとしてのアメリカ医療」

医療ガバナンス学会 (2010年2月18日 08:00)


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ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー、博士(社会学)
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2010年2月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。
過去の連載は、以下に掲載しています。http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。

前回は歴史学の視点から、アメリカ医療がそもそも経済的利益を追求するために発展してきたというストーリーを紹介しました。今回は、誰が医療におけるヘゲモニーを持つかをめぐるパワーゲームという観点からアメリカの医療を見ていきたいと思います。

【医師による専門職支配】
前回見たように、1980年ごろまで医師の専門職化は確実に進んでいきました。医師は、専門的な知識を持ち、高度な教育を受け、自律性を備えた専門職として、開業、病院勤務、研究、教育、行政、財団、健康当局、保険会社、そのほかの機関へと働き場所を増やしていきました。医療におけるあらゆる領域において統括者として君臨することになり、社会学者エリオット・フリードソンの言葉を借りれば、医師の「医療における専門職支配」という構図が作られてきました。医師たちは、医療をめぐるパワーゲームの勝者となったのです。
1966年のヘンリー・ビーチャーの人体実験を批判する告白、1972年に明らかになった研究のため黒人梅毒患者を治療せず経過観察を続けたタスキギー事件を経て、1970年代以降のバイオエシックスの勃興によって、医療が生命倫理学者や法学者の手に渡ったと歴史学者デイビッド・ロスマンは指摘します。
たしかにこのストーリーはうなづけるところもあります。ただし、バイオエシックスに関心の高い医師たちも同時に多くいました。バイオエシックスの医師たちへの浸透は、医師という職能団体が、倫理的・公共的であれという専門職の条件をより満たすために効果的であったとも考えられます。
このようにして医師による専門職支配は最高潮を迎えますが、やがて状況は変化してゆきます。

【医療ビジネスマンの台頭】
まず大きな転機は、健康維持機構(HMOs:Health Maintenance Organizations)の登場によるマネジド・ケアの台頭でした。HMOsは既に1920年代から登場しており、マネジド・ケアというのは、HMOsで使われていた、コストを最小限に抑えつつ質の高い医療を提供しようとする手法という名目であり、保険会社に患者への医療サービス、病院ケアの管理を任せるというシステムです。
1973年ニクソン大統領の時に、健康維持機構法が通り、本格的にマネジド・ケアが拡大し始めました。マネジド・ケアでは、主治医がゲートキーパーとして最初に患者に対応し、必要があれば専門医に紹介することになりました。また、不必要な受診や入院を減らすことにインセンティブが働くようにしたので、患者の受診回数や在院日数は急速に短くなってゆきました。ちなみに現在アメリカでの年間受診回数は3.8回で、日本は15.8回、在院日数はアメリカでは7.8日、日本では33.8日ということです。
また、病院に対する支払い総額の上限が定められるようにもなりました。この結果、病院はより効率性を求めるようになりました。こうして医療は公的利益(non-profit)を追求するものから、私的利益(for-profit)を追求するものへと変わってゆきました。
病院経営陣は、経費節約に励み、一番予算の大きい人件費の削減に取り組み始めるとともに、保険会社と交渉できる力をつけるために病院同士の合併を進めました。その結果、実際に現場で働いている医療専門職たちは、解雇されたり、合併のやり方に腹を立てたり、新しい体制が気に入らなかったりで病院を去る、という状況に追い込まれました。
このように経済効率を優先しないと立ち行かない制度の下で、医療におけるパワー・バランスは、医療専門職から非医療専門職でMBA(ビジネス修士号)を持つ医療経営陣に傾いてゆきました。

【看護師やコメディカルの台頭】
1970年代以降、看護師やコメディカルと呼ばれる職種の相次ぐ専門職化への動きがおこってきます。1969年に社会学者のアミタイ・エツィオーニは、知識や教育や自律性が「専門職full-profession」の域に達していないということで、看護師を「半専門職semi-profession」と言いましたが、その後の看護師の猛烈な専門職化傾向は周知のとおりです。
1923年にイェール大学で看護学部が設置されたことは、看護教育の整備の発端となりましたが、1948年のブラウン・レポートで看護師教育には大学レベルの教育が必要だと示されたことは、その後の看護教育の高度化を決定付けました。1956年にはコロンビア大学に看護学修士課程が設置されました。1971年に刊行されたメイヤロフの「ケアについてOn Caring」を皮切りに、 レニンガー、ローチ、ワトソン、ベナーらのケアリングの理論が展開されて、看護師は「ケアにおける専門職」としての地位を確立していきました。
コメディカルも、専門職化を進めていきました。例えば理学療法士は、当初第一次世界大戦期に負傷した兵士の面倒を見る女性の仕事として始まったということですが、ポリオ流行期には回復後のリハビリテーションを行う職種として活躍の場を広げてゆきました。やがて1940年代から70年までには、第二次世界大戦や朝鮮戦争から帰ってきた傷病兵が社会復帰するための訓練を行う職種として、1980年代以降はさらに、心臓や整形外科的な手術後の患者のリハビリテーションを行う、重要な役割を担う職種として承認されました。
アメリカ理学療法協会(APTA:American Physical Therapy Association)は、その起源は1921年創設のアメリカ女性理学療法協会(American Women’s Physical Therapeutic Association)でしたが、1940年代に現在の名称に変更されました。ATPAのアドヴォカシー活動によって、理学療法士の資格のための法律が整備され、高度教育化も推進されてきました。
こうした看護師やコメディカルの突き上げによって、医療専門職内における医師のパワーは相対的に下落していきました。

【患者団体の台頭】
患者団体も1980年代の終わりごろ以降、めきめきと力をつけてきましたが、もともとアメリカでは患者団体の伝統はあり、患者のサポート、病気に対する研究への資金援助、患者団体の望む政策決定を促すアドヴォカシーなどを担ってきました。
例えば1938年設立のポリオの患者団体「マーチ・オブ・ダイムス」(現在は障害を持って生まれた赤ちゃんの団体)は、ポリオ患者のサポートをするだけでなく、ポリオに関する研究を援助し、1955年のワクチン開発を促しました。有名なDNAの二重螺旋を発見したワトソンとクリックの研究も、「マーチ・オブ・ダイムス」による資金援助でなされたものでした。
1980年代以降、公害による病気の患者団体、がんの患者団体(とくに乳がんの団体は女性運動と協力して力をつけてきました)、難病や遺伝病の患者団体などが、病気にたいする社会的理解を得ようと、治療の開発を促進させようと、医療専門職や行政や一般社会に向けて運動を行ってきました。障害を持つ人々の団体も、障害を理由に雇用や居住や移動が差別されることを禁ずる1990年の「障害を持つアメリカ人法American with Disability Act」の成立を促しました。
もはや、今日患者の声は、医療において無視できないパワーを持つようになったといえるでしょう。

【政争の具としての医療】
医療はまた、患者や専門職を越えて、政治的駆け引きの道具にされることもあります。
今年1月中旬の補欠上院選挙で、マサチューセッツ州では実に38年ぶりに共和党の議員が誕生しました。彼の名はスコット・ブラウン。この選挙は、昨年8月に死去した民主党のテッド・ケネディ(ケネディ家の一員でオバマの政治的師、47年間議席を守っていた)の議席を巡って行われたものでしたが、民主党にとってはまさかの敗退でした。
この選挙結果は、ヘルスケア改革を進めようとしている人たちに、大打撃になると受け止められました。テッド・ケネディが一生の仕事として取り組んできた皆保険ヘルスケア改革が、もう少しで実現しそうなこの時に、本人がこの世を去り、その後釜に改革を阻む共和党議員が座るとは、歴史はなんと皮肉なのでしょう。
ただしこれは、州民がブラウンを支持したというよりも、オバマにもっとしっかり頑張ってほしいというメッセージだという見方も強くあります。というのも、オバマはヘルスケア改革を断行するために共和党議員を引き込もうと、いくつもの妥協を重ねてきているのです。皆保険ではなくて、パブリック・オプション方式(既存の私的保険に付け加えるという形での公的保険という選択肢を設ける方式。第5回ボストン便りを参照)を設けたのはその一例です。オバマ自身、9月の両院議員総会で、「ヘルスケア改革を政争の具にしてはいけない」、「正義のため」にするのだと言ったにもかかわらず、政治的駆け引きをしていることに業を煮やしたヘルスケア推進派が、「もっとしっかりしろ」という態度を示した結果、民主党が敗れる事態になったともいえるのでしょう。
オバマのスポークスマンは新議員ブラウンに、マサチューセッツを含む全国の家族が直面する経済危機克服のため協力して取り組むことを楽しみにしているという祝辞を伝えました。しかし、ブラウンがヘルスケア改革で対立することは明らかですから、オバマはなんとも苦しい心境でしょう。
ボストンのあるラジオ局(シーズンになるとレッド・ソックスの中継を流したりしている局)では、パーソナリティたちが、オバマのヘルスケア改革は「社会主義socialism」という破滅に導くので断固反対すべき、と連日わめきたてています。あるリスナーが電話で、「社会的資本主義Social Capitalism」というのもあるのだ、と福祉学をかじったことがある人ならば聞きなじみのある概念を紹介して、オバマのヘルスケア改革に理解を示した発言をしたら、「そんなものはありえない。社会主義と資本主義はまったく違う。お前はいったい学校で何を習ってきたんだ?」とまるで馬鹿者扱いで罵倒して、ヘルスケア改革が行われれば、「大きな政府」を導いて旧ソ連のようになってしまう、と興奮気味に訴えていました。
サラ・ペイリンがオバマのヘルスケア改革に大反対していることは、前にも書きましたが、他にも反対を唱えてヘルスケア改革を阻止しようとする共和党議員はたくさんいます。例えば共和党下院議員のミシェル・バックマンは、日本の「ユニバーサル・ヘルスケア・システム(国民皆保険)」が最悪だということを引き合いに出して、アメリカでは絶対に導入してはならないと訴えています。
ただ共和党は民主党のすることなら、たとえ共和党の前大統領ジョージ・ブッシュの路線を踏襲している場合であっても、何が何でも反対しているという見方もあります。このように、人々の健康、医療専門職の思惑を離れたところで、医療が政治のパワーゲームとして翻弄されていることは、アメリカに限らない、多くの国における医療のひとつの特徴といえるでしょう。

【追記】
共和党のバックマン議員は、アメリカは日本のような「ユニバーサル・ヘルスケア・システム(国民皆保険)」にしては絶対にだめだと言った、と書きましたが、それはいったいどういうことなのでしょうか。
バックマンはワシントンDCで会ったある日本人から聞いた話として、日本ではクレジットカードくらいの大きさの紙切れ1枚で医療機関にかかれることになっているが、受診するためには、長い長い間待たなければならない、と言います。さらに、皆保険制度は政府の管轄下にあるので、もし政府のすることに口を挟んだりしたら、ブラックリストにのって、医療が受けられなくなってしまうというのです。
バックマンは、「日本の人々は政府に対して声を上げるのを恐れている」、「日本人は政府に口答えするのを怖がっている」と繰り返し言っています。そして、アメリカは医療を政府の手に渡してしまい、日本のように政府のすることに口答えできなくなってしまってもいいのか、と訴えかけるのです。
このバックマンの発言に対して報道などでは、高齢化にもかかわらず日本が医療費をうまくコントロールしていること、たしかに病院や診療所での待ち時間は長いものの、予約なしに受診でき、しかも平均して1年に14回も受診しているので、日本において医療へのアクセスはむしろ良いことを指摘して、批判が的外れであると書いています。しかし、「日本の人々は政府に対して声を上げることを恐れている」というバックマンの指摘を、私たちは全面的に否定することができるでしょうか。
医療を、国家、医師、看護師、コメディカル、患者、一般市民のパワーゲームという視点から把握してみることは、日本でこそ必要なのかもしれません。

【参考資料】
・Conrad, Peter, and Schneider, Joseph, 1992, Deviance and Medicalization : From
Badness to Sickness: Expanded Edition, Temple University Press.
・ Freidson, E. 1970, Professional Dominance: The Social Structure of Medical Care,
Atherton Press, Inc.=1992 進藤雄三・宝月誠訳『医療と専門家支配』恒星社厚生閣
・Starr, Paul, 1980, The Social Transformation of American Medicine, Basic Books.
・Laura Lee Swisher and Catherine Page, 2005, Professionalism in Physical Therapy: History, Practice and Development, Elsevier
・ミシェル・バックマンによる日本の”ユニバーサル・ヘルスケア・システム”批判の動画とそれに関する記事

http://thinkprogress.org/2010/02/02/bachmann-japan-hcr/

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