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Vol.234 現場からの医療改革推進協議会第十三回シンポジウム 抄録から(7)

医療ガバナンス学会 (2018年11月13日 15:00)


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2018年11月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2018年11月25日(日)

【Session 07】11:20~12:10

●南相馬の介護状況
根本剛

私は2005年に外科医として、原町市立病院(現 南相馬市立総合病院)に赴任した。赴任当初22人いた常勤医は、彼らの所属する医局が同院から引き上げをしたため、震災前は14人となった。内科系(消化器科と循環器科のみであったが)医師は4人から2人となり、当直の際に入院が必要な肺炎などの高齢患者を自分が受け持つこともしばしばあった。しかし、このような患者は治癒してもADL低下や摂食能低下があり、退院は容易ではなかった。震災前は療養型病棟があり、そこでリハビリをして待機した。療養型病棟の3ヵ月後は老人保健施設や特別養護老人ホームなどの入所が選択に上がる。だが、申し込んでも「入所待機者が100人以上います」という返事があり、入所を断念せざるを得なかった。南相馬市の介護の状況は震災前から施設及びマンパワーが不足していた。
さらに震災直後は、介護職員の避難のため入居系の施設が全く機能しなくなった時期があった。被災した年は、原発事故が次第に落ち着き始めても、避難から戻ってきたのは高齢者がほとんどだった。入院した高齢者は退院できる状態となっても、家族からは「世話をするものがいないので家に連れて帰ることはできない」と言われ、施設入所もできず退院させられない状況があった。
2013年には介護職員の数は震災前の8割まで回復したが、その後も震災前の82%から93%の介護職員数で推移していた。
震災後7年8ヵ月がたち、各施設および就業する人々の尽力により震災前より施設の利用者の収容数は増えた。しかし介護のマンパワー不足は続き、施設待機者ののべ数は減少していない。したがって早急に入所が必要な場合は依然、地域以外の施設を選択する状況になっている。一方で訪問診療を受ける患者の数は増えていない。居宅系、入居系の施設数及び職員数の推移を見直し、現在と将来における南相馬市の介護に必要な要素を考えたい。
●震災後の相馬市の高齢化の現状と孤独死対策
東尚美

相馬市は福島県の浜通りに位置し、東日本大震災による津波の被害で458人の犠牲者が出た地域である。相馬市の人口は震災当時から3,000人近く減少し、2018年10月現在、約35,000人となっている。
相馬市の高齢化率は29.5%と全国の27.7%を上回っている。高齢者のみの世帯は1,351世帯で、全世帯数の約10%を占め、年々増加している。また、そのうち独居高齢者は804人で、高齢者のみ世帯の半数以上だ。独居高齢者に対し、声かけ訪問や配食サービス、緊急通報システムなど、「孤独死対策」として見守りを充実させている。
また、相馬市は震災後の2012年という早い段階で、災害市営住宅である「相馬井戸端長屋」を造成した。津波による被害等で家を失い、避難所や仮設住宅へ転々と住まいを変えた高齢者の方々を受け入れることを目的とし、震災からの復興を目指してきた。「井戸端長屋」は「孤独死対策」においても重要な役割を担っている。孤立せず安全に安心して暮らすことができるよう、管理人の見守りをはじめ、医師や保健師による健康支援などを行っている。今後も井戸端長屋の居住者同士のコミュニティ形成や、災害市営住宅が地域から孤立しないための支援が求められる。
高齢者が住み慣れた地域で、安心してその人らしい生活を継続していけることは、人生の質と直結する。要介護者の急増や介護の担い手不足は今後も続く見込みだ。介護予防を目的とした「骨太公園」の利用や「骨太けんこう体操」の普及に努めている。
東日本大震災から7年8カ月が経ち、震災当時は元気だった高齢者も徐々に高齢化しており、新たな課題に直面している。相馬市の高齢化の現状と今後について報告する。
●高齢化に直面している川内村の現状
木村悠子

川内村は、福島県浜通りの中西部、阿武隈高原の山間に位置し、2011年3月、福島第一原子力発電所の事故の影響で全村避難を余儀なくされた。しかし、幸いにも空間線量がそれほど高くなかったため、いち早く帰還宣言を発表し、2012年4月から住民の帰還が始まった。もともと住民は3000人程の村であったが、現在は約2100人が村内に居住している。
帰村から6年半が経過し、川内村は急激な高齢化に直面している。震災前、34.6%であった高齢化率はあっという間に上昇し、2018年3月には40%を超えた。介護認定率は、震災前の14%から24%へと跳ね上がっている。これは、避難をきっかけに若年世代が流出してしまったこと、また高齢世代と子供達世代の世帯が分離してしまったことによって、高齢者介護の担い手が家族中心であった状況から、より介護サービスを利用する方向へ変化していることが関係していると考えられる。また、帰還時は元気だった世代も徐々に高齢化している。
私は普段、村の診療所で内科診療を行っている。年齢以上に元気な高齢者も多いが、このままでは引きこもってしまいADLが落ちていくと予想されるような高齢者もいる。現在、そのような状況を防ぐために村内で繋げることができる介護サービスは、川内村社会福祉協議会が提供するデイサービスのみで他の選択肢はほぼ無い。中核都市から車で1時間以上離れた山間部の川内村は、元々介護サービスのリソースが少ない地域だ。震災後に特別養護老人ホームが建設されたものの、自宅生活の要介護者の急増を支える介護の担い手は、常に人手不足であり、特に独居や高齢者世帯の高齢者は、ADLが低下すると自宅生活を諦めざるを得ない状況となっている。
時間の経過とともに明らかになってきた川内村の高齢化の現状と今後について報告する。
●浜通りでの医療・介護の現状と課題
坪倉正治

放射線災害による住民への健康影響は、放射線被ばくによるものにとどまらず、生活・社会環境の変化に伴い多面的となることが分かっている。
事故初期には避難に伴う急激な環境変化が主に高齢者にとって問題となり、人的・物的資源不足や病棟閉鎖などのインフラ保全が問題となることが指摘されてきた。
中・長期的には、糖尿病に代表される慢性疾患・生活習慣病の悪化、精神的な影響、運動機能の低下、医療体制および社会環境の変化に伴う患者の診療行動の変化、介護負担の増加など、多くの問題が存在する。今年度の市町村の介護保険料は、国内上位10市町村のうち6つが原発事故による避難指示を受けた地域である。理由は簡潔には若い人が避難し高齢化と過疎化が進んだ、といった原発事故に伴う生活・社会環境の変化であるが、その対策は困難を極める。震災後の新しい施設の増築や、医療費の無料化も影を落とす。実際、震災後の介護費用は、市町村にもよるが3倍近くまで膨れ上った。
本発表では、事故後の、放射線被ばく以外の二次的な健康課題および今後の対策について、福島県浜通り地区のデータを元に紹介したい。

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