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Vol.235 医療メディエーターは利益相反?

医療ガバナンス学会 (2018年11月14日 06:00)


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早稲田大学法務研究科教授
和田仁孝

2018年11月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療メディエーターの役割は利益相反(Conflict of Interests=COI)となってしまうのだろうか?近時、こうした批判が聞かれるとのことで、よい機会でもあり、医療メディエーターの役割を再確認する意味でも、この問題を取り上げてみたい。

1.利益相反とは何か
まず利益相反の概念について考えてみよう。実際に、利益相反が法的・倫理的に問題なるのは次のようなケースである。1)弁護士がある依頼人の代理をしているにも関わらず、自分の依頼人と利害が対立する関係にある者のために助言や代理を行う場合、2)第三者紛争解決機関において中立的第三者であるべき者が、自分と利害関係にある者(たとえば親族)の事件を担当すること、などである。他に法人関連のケースもあるが煩雑になるので割愛する。
さて、利益相反を構成する要件は、これらの例から抽出することができる。第一に、当事者間の法的権利義務や利害に関する対立関係の存在が前提とされていること、第二に中立第三者や代理人のように両当事者とは異なる位置にある者に適用される概念であること、以上二点である。
医療メディエーターが、この要件に違背しているか否かを検討する前に、まず、メディエーションの概念についてのありうる誤謬について説明しておこう。

2.日本型調停と欧米型メディエーション
現行の医療メディエーターが利益相反であるとする批判は、おそらく日本における評価型調停のモデルを、そのまま医療メディエーターに当てはめ、同じようなものと誤解する誤謬から生じている。わが国の裁判所の調停のように、双方から事情を聴取した後、解決案を提示していくモデルを評価型調停(Evaluative Mediation)という。この場合、事案について評価・判断し、当事者に大きな影響力を持つ解決案の提示を行う以上、調停委員(メディエーター)について利害相反を厳しくチェックすることは当然である。しかし、この評価型調停は、アジア的ないし日本的文化の根ざしたモデルであって、海外では、むしろ稀なモデルである。弁護士などが行う調停にはこのタイプが多い。
他方、欧米では、これとは異なる対話促進型メディエーションが基本である。このモデルでは、メディエーターは、一切、自身の評価や判断、意見を述べることは禁じられている。解決案も提示せず、当事者が自身で解決案を構成していけるよう対話の支援のみを行う役割を担う。日本にはなかったモデルである。海外では、小中学生にこの対話促進メディエーションを教育している(英米独など)ほか、企業でも管理職スキルとして活用されている。NHSのハンマースミス病院では、診療科課長や看護師長など管理職は、全員、管理職スキルとしてメディエーションの研修を受けている。
このように対話促進型メディエーションは、弁護士が評価判断を下す評価型調停とは異なり、人間関係調整の汎用的スキルとして、海外では広く社会に定着している。医療メディエーションは、まさにこの関係調整・対話促進モデルそのものであるが、日本人には馴染みがないからか、評価型調停と混同されて批判されることもしばしばであった。利益相反であるとする批判も、そうした誤解に根ざしている可能性がある。

3.医療メディエーターの役割は利益相反となるか
では、次にこの対話促進のみを機能とする医療メディエーションが、利益相反に該当するか否かを検討してみよう。利益相反の要件は、次の二つであった。第一に、当事者間の法的権利義務や利害に関する対立関係の存在が前提とされていること、第二に中立第三者や代理人のように両当事者とは異なる位置にある者に適用される概念であること。これは対話促進を行う、院内医療メディエーターに当てはまるだろうか?
結論から言えば、医療メディエーターが利益相反に当たるという見解は、そもそも医療メディエーターの役割に対する無知に由来すると思われる。上記の利益相反の要件を医療メディエーターの役割に即して検討してみよう。
まず、利益相反は、当事者間に法的権利義務や利害についての対立が存在する場合に問題となる。しかし、医療メディエーターは、たとえば事故後の対応で、法的権利や賠償などに関わる問題について、あるいはその徴表として患者側に弁護士代理人がついた場合には、関与しないことを倫理規定として定めている(協会HPメディエーターの倫理参照)。医療メディエーターが関わるのは、事故後の患者への説明や、患者へのケアが必要な場合、そしてそこで認知のずれが問題となっている場合であって、利害対立がそこにあるわけではない。説明を求める側、向き合って説明しようとする側の対話の支援を行うのであって、認知の違いはあっても、利害対立は、そこにはいまだ存在しない。法的権利や賠償など利害対立問題が出てきた場合には、事務方や顧問弁護士にゆだね、医療メディエーター自身は、これに関与しない。また患者が望まない場合は、メディエーターは関わる事はない。あくまでも、対話支援役を求めるか否かという患者の意向が重視される。
この初期対応の段階から、常に患者と医療者の間に紛争ないし利害対立があると考えるなら、それは、事故が起これば、当初から患者側は敵対者であるとみなす偏った見方にほかならない。多くの被害者が言うように「被害者側が疑問をぶつけていくことは紛争や対立を引き起こしているのではない、自分たちは誠実に向き合って真実を語ってほしいだけだ」という想いに応えるためにこそ、医療メディエーターは対話の支援を行うのである。したがって、利害対立が存在しない以上、医療メディエーターに利益相反が起こるはずがない。当然であるが説明するのは当該医療者で有り、メディエーターが説明することは一切ない。
第二に、利益相反は、第三者機関の中立者において、問題となる。しかし、医療メディエーターは、院内の職員にほかならず、そもそも中立ではありえず、また中立性を標榜することも医療メディエーター倫理で禁じられている(HPメディエーターの倫理参照)。つまり、医療メディエーターが利益相反であるという見解は、院内医療メディエーターがあたかも構造的な中立者として関与しているといった誤解に基づいていると思われる。
院内医療メディエーターは、医療機関の職員でありそれを明示している。すなわち病院職員であると明らかにしたうえで、事故後の患者への説明がよりスムーズに進むように対話促進することがその役割である。利害関係のない中立第三者であることなど標榜していない医療メディエーターが、そもそも利益相反になるはずがないのである。

4.より広い利益相反概念を採用するとどうなるか
しかし、医療側と患者側との間には潜在的な利害対立の可能性が存在している以上、医療側職員でありながら、患者の意見を受け止め、つなぎ、対話促進しようとすることは、やはり利益相反に当たるのではないかとの批判もあり得よう。もし、この極端に広い利益相反概念を適用すれば、院内医療メディエーターの役割は利益相反にあたるということになるかもしれない。しかし、この広範な定義では、メディエーターのみならず、院内の様々な役割が利益相反として批判されてしまうことになる。
たとえばアメリカの病院には、Patient Advocate(患者の権利擁護者)が配置されている。給与は、当然病院から支払われている。病院から給料をもらいながら、「患者の権利を擁護し、患者の声を病院側に届ける」という役割は、対話の支援に限定された医療メディエーター以上に、利益相反が当てはまることになるだろう。これは日本の医療機関においても同様である。患者の話を共感的に聴き、そのニーズに応えようとする患者相談窓口の職員、医療ソーシャルワーカーなども、医療機関から給与を得ている以上、やはり利益相反ということになってしまう。
それゆえ、このような無限定な利益相反概念は存立しえない。医療メディエーターの場合は、患者相談窓口と違って、利害対立があるケースを扱うから問題だ、という見解については、先に述べた第一要件についての説明を見れば誤解にすぎないことがわかる。医療メディエーターは利害対立状況に関わるわけではないからである。
以上より、医療メディエーターが利益相反に当たるという批判は、医療メディエーターは利害対立場面には関わらないこと(対話促進と情報共有の支援)、中立性を標榜などしていないこと、についての理解がなく、また利害相反いう法的な概念についての理解も十分でないことから生じた誤解によるものといえよう。

5.海外の医療メディエーター
海外でも事故後の初期対応にメディエーションスキルを応用する試みは多数で見られる。アメリカでは、カイザー・パーマネンテの経営病院、海軍病院グループ、ミシガン大学関連病院で院内医療メディエーターが活用され、先のPatient Advocate もメディエーション研修に取り組んでいる。英国では、NHS病院にはすべて、苦情管理者(Complaint Manager)が配置され、フランスでも公立病院に病院目ディエーター(Mediator Hopital)が配置されている。台湾は、すでに日本の医療メディエーターモデルを導入し、医療側だけでなく、法曹界の支持も得るに至っている。
こうした患者と医療側をつなごうとする医療機関の真摯な取り組みについて、利益相反など場違いな論理を持ち出し批判する声が、それも医療界内部から提起される例はおそらく日本だけと思われる。それは、医療側の真摯な取り組みへの冷水であるだけでなく、ひいては、患者の利益をも損なう行為にほかならないのではないだろうか。

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