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Vol.239 アスリートだけでない「スポーツ貧血」の怖さ 日頃の運動でなぜ貧血に?

医療ガバナンス学会 (2018年11月16日 06:00)


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この原稿はAERA dot.(7月4日配信)からの転載です

https://dot.asahi.com/dot/2018070200013.html?page=1

山本佳奈

2018年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

世界中で盛り上がりを見せているサッカーのワールドカップ・ロシア大会。ついつい試合を見てしまって、寝不足が続いている…なんていう人は多いのではないでしょうか。

さて、皆さんは「スポーツ貧血」という言葉を聞いたことがありますか? サッカーを始めとするスポーツが原因で引き起こされる鉄欠乏性貧血のことを、スポーツ貧血と言います。今回は、アスリートはもちろん、日頃からスポーツをしている人であれば、年齢や男女を問わず引き起こす可能性のあるスポーツ貧血についてお話したいと思います。

ある日のこと。剣道部に所属している17歳の男の子が外来にやってきました。部活動にも授業にも集中できなくて、練習が辛いと言うのです。採血すると血中のヘモグロビン濃度が低く、鉄欠乏性の貧血でした。また別の日には、ダンス部に所属している8歳の女の子がやってきました。1カ月ほど前から、動悸やめまいを自覚。よくよく話を聞くと、半年ほど前から、ダンスにはげむ傍、ダイエットをはじめ、食事量を減らしていると言います。採血すると血中のフェリチン値が低く、鉄欠乏状態であることがわかりました。

実はこれ、診療室ではありふれた光景です。

貧血とは、鉄の不足によって全身の隅々まで酸素を運ぶことができなくなっている状態です。言い換えると、酸素が足りない酸欠状態で、必死にトレーニングや運動をしていることになるのです。

●サッカー女子ワールドカップでも注視

アスリートを始め、スポーツをする人は、鉄欠乏性貧血になりやすいことが古くから指摘されています。例えば、2009年の国民体育大会において強化指定選手である中学生・高校生・成人170名のうち、25.3%が鉄欠乏性貧血でした。成人女性は50%で最も高く、次いで高校女子が27.9%、高校男子が24.7%だったといいます。

世界中が今まさに熱狂しているサッカーも、スポーツ貧血を来たしやすい競技の一つです。来年にはFIFA女子ワールドカップも開催予定ですが、スウェーデンのLandahl氏らの報告によると、代表チームに召喚された28人の女性サッカー選手のうち、57%がFIFA女子ワールドカップの6カ月前に鉄欠乏症であり、29%が鉄欠乏性の貧血であったといいます。

貧血は、男女問わず、スポーツをする人に多い内科疾患の一つであり、アスリートにとって、スポーツ貧血は内科疾患として最たるものだと言っても過言ではないのです。

では、どうしてスポーツをすると貧血になりやすくなるのでしょうか?

一つ目の原因として、スポーツをする人は筋肉量が多いことが挙げられます。筋肉は多くの酸素を消費します。その酸素を運ぶ役割を果たすのがヘモグロビンであり、必要となるまで筋肉内に酸素を溜め込んでいるのが、筋肉細胞に存在するミオグロビンです。どちらも主な成分は鉄であるため、筋肉量が多いと鉄欠乏に陥りやすくなるのです。

二つ目の原因として、急激な大量の発汗が挙げられます。汗には、鉄を始め多くのミネラルが含まれています。普段汗をかくときは、再吸収の機構が働きます。これは、かつてミネラルが豊富に存在する海中に住んでいた私たちの先祖が、ミネラルの乏しい陸地に上がり適応する過程で身につけた仕組みだと考えられています。けれども、激しい運動をするとこの再吸収が追いつかず、多くのミネラルとともに鉄も失われてしまうのです。

三つ目の原因として、運動による衝撃で赤血球が壊れてしまうことが挙げられます。これを「溶血」と言います。赤血球が脊髄で作られる数よりも、破壊される数の方が多くなることで、貧血が生じます。この現象は、マラソン、剣道やサッカー、バスケットボールなどで生じやすく、この貧血を「運動性溶血性貧血」とも言います。

●ランナーの便からわかった、失われるヘモグロビン

さらに、四つ目の原因として、消化管からの微小な出血が挙げられます。マラソンや長距離走など、耐久性を必要とする競技で多く見られます。運動をすると、筋肉や皮膚への血流が増えます。一方で、消化管への血流は減ってしまい、消化管の上皮細胞は酸素や必要な代謝基質を受け取ることができず、粘膜の出血や壊死が生じ、貧血が引き起こされてしまうのです。

米国のStewart氏らによる興味深い報告を紹介します。10~42.2kmのマラソンを走った24人のランナーの試合後の便を調べたところ、なんと、便1g中に最大で3.96mgものヘモグロビンが含まれていたのです。1回の便の排泄量は、約150~200g程度なので、1レースで最大0.8gものヘモグロビンが失われてしまうことになります。体重60kgの男性の場合、体内に存在するヘモグロビンは650~800g、体重40kgの女性の場合、350~460g程度です。マラソンや長距離選手が貧血に容易になるもの、納得できますよね。

これらの原因に加えて、ポーランドのDeLoughery医師は、五つ目の原因として、トレーニングや激しい運動が、体内の鉄輸送や吸収を抑制させるヘプシジンというホルモンを増加させてしまい、貧血を引き起こすことを指摘しています。これは、鉄をいくら補充しても、鉄の吸収ができないことを意味します。

このように、アスリートはもちろん、日常的に運動を行っている人は、貧血に陥りやすい条件が揃っているのです。女性はさらに深刻です。月経による血液の喪失のために、一般的に女性は男性よりも貧血になりやすいのですが、それにスポーツが加われば、必要とする鉄の量は増え、貧血に陥りやすくなるのです。部活動を行う成長期の子どもたちも、同じです。成長に伴う筋肉量の増加や骨格を形成する上で鉄が必要になるため、スポーツが加われば、貧血になりやすくなってしまうのです。

スポーツ貧血対策は、鉄を日頃から意識して多く摂取することです。運動をしている人がプロテインを摂取している光景はよく見かけますが、鉄の摂取はあまり見かけません。赤身の肉や魚、緑黄色野菜や海苔・ひじきなどを日々意識して取ることが、貧血予防に繋がります。

来年には、ラグビーワールドカップ2019やFIBAバスケットボールワールドカップなどが開催されます。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピックも控えています。健康に対する意識に高まりとともに、スポーツに触れる機会が多くなるであろう今こそ、スポーツ貧血を身近な問題の一つであることを認識し、日常生活を送る中で対策してみてはいかがでしょうか。

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