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Vol.245 ジュニアピアノコンクールから見る日本の音楽教育の一考察

医療ガバナンス学会 (2018年11月21日 06:00)


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沖縄県立芸術大学音楽学部非常勤講師
ピアニスト 伊東陽

2018年11月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本には現在150を超える幼児から高校生までのジュニアピアノコンクールがある。延べ4万人以上が参加する全国規模のものから、市町村の中だけで行われるものもある。また一人の作曲家に焦点を当て課題曲にしているものや、演奏形態もピアノソロに限らず、連弾部門やピアノコンチェルト部門もあったりと多種多様である。私が今住んでいる沖縄県においても確認できるだけで1年間で現在大小11のジュニアピアノコンクールが行われている。県内のどこかで毎月のように開催され、2週連続で違うコンクールが行われることも何度かあった。少子化の時代にあっても、年々ピアノコンクールの数は増え続けている。私が子供の頃は今のようにたくさんコンクールがあった訳ではないので「コンクール=上手な子供、ピアニストを目指す子供が出場するもの」というイメージがあった。今は課題曲の難易度もコンクールによってさまざまなので、それぞれ子供達のレベルに合ったものを気軽に挑戦出来ることがコンクールの増加につながっていると考える。

私は審査員として沖縄に限らず全国各地の子供達の演奏を聴く機会が多いが、ピアノを弾く技術的レベルも年々上がっているように思える。審査の合間にある年配の審査員の先生が「自分が大学の頃に苦労して弾いた曲を今は小学校高学年や中学生が軽々と弾いてしまう」とおっしゃっていた。そして東京や大阪などの都市部と地方の子供達との演奏のレベルがほとんどに変わらないことにも驚かされる。(もちろん中には別格に上手い子もいるし、逆に危うい演奏をする子もいるが。)

以前私は沖縄県立芸術大学付属研究所主催の移動大学というイベントで久米島と伊良部島という離島へ出向き、島の子供達にピアノを教えたことがある。久米島は人口約7500人、伊良部島は人口約6000人の小さな島であるが、小中学校にはグランドピアノが必ずあり、ピアノ教室もあった。(伊良部島の子供達は宮古島のピアノ教室に通っていた。伊良部大橋を通り、車で10分くらいで宮古島へ着く。)教則本も本州の子供達と同じものを使い、どの子もきちんと楽譜を読み丁寧にピアノを弾いていた。その時日本の音楽教育の広がりや水準の高さ、環境の良さに感動したことを覚えている。

それは私がドイツ留学の際見た光景との違いである。ドイツと言えばバッハ、ベートヴェン、ブラームスなどの作曲家を生んだ地であり、クラシック音楽の本場と言うイメージを持たれる方も多いはずである。もちろん現在も教会へ毎週通い讃美歌を歌う人も多くいるし、ラジオやテレビからもよくクラシック音楽流れていたり、街並みは当時とほとんど変わらないので、音楽が身近にあることは確かである。しかし私が留学中で学校コンサートのために訪れたギムナジウム(Gymnasium)と呼ばれる小学5年生から19歳までが通う学校のには体育館にすらピアノがなく、コンサートも学校の隣の教会で行われた。学校ごとに少しずつカリキュラムが違うらしいが音楽の授業が選択制なので、日本でいう小学校高学年でもト音記号の楽譜が読めない子が多くいた。私のいた町はフランクフルトという比較的大きな町だったにもかかわらず、その光景と沖縄の離島を比べて日本の教育環境の良さを感じた訳であった。

またピアノのプライベートレッスンを受けている子供達も、日本では幼稚園入学前後の4歳5歳から始める子が多いが、ドイツでは小学校入学後の6歳7歳ごろからがほとんどであった。私は留学中ドイツの子供にもピアノを教えていたが、ほとんどの親が子供の自主性を第一に考えているので日頃の練習も本人の意思に任せていて、日本の子供達よりも進度が遅かったと記憶している。またピアノは習得するのに時間がかかる楽器であるし、音大などへ進学しても直接仕事と結びつきにくいため、音大の教育者課程に入学するものは多くいたが、演奏家養成課程に入学を希望するドイツ人はとても少なかった。ジュニアピアノコンクールなどでもわざわざドイツへ受けに来た、ミスの少ないアジア人の子供達が上位に入賞することが多かったが、少し技術的には不器用でも音楽の流れが自然で意思のある演奏をするドイツの子供も多くいた。日ごろから議論が好きで自分の考えをきちんと言葉にする国民性がピアノにも反映されていて、育っている環境が演奏にも大きな影響を与えていることを改めて感じていた。

音楽とは非常に評価が難しい分野である。陸上競技のように速さを競ったりするわけでもないし、球技のようにポイントを取り合うわけでもない。人それぞれ評価するポイントが違う。日本でのジュニアピアノコンクールの子供達の技術的演奏レベルは、世界の中でも非常に高いと思う。しかし音楽的な表現については簡単にインターネットの動画サイトで他の人の演奏を聴くことが出来たり、アナリーゼ楽譜といって解説本のようなものも多く出回り、年々画一的になっているように感じる。今後指導者はさらに多角的な指導を心掛け、子供達が人のまねではなく、自発的に表現する喜びを感じられるようにさせたい。一般の子供達も音楽という一つの学問の素養があることに自信を持たせ、共に音楽を奏でる喜びや、音楽を通し一つのことをやり遂げる力を身につけさせるような指導をしていきたい。

参考文献
『日本の世界の音楽コンクール全ガイド2018』 ハンナ 2017年

伊東陽 略歴
東京音楽大学ピアノ演奏家コースを経て、2006年同大学大学院を修了。ピアノを宮崎和子、
弘中孝、指揮を野口芳久の各氏に師事。在学中、同大学短期留学奨学生として、オーストリア・ザルツブルグサマーアカデミーに参加、優秀受講者コンサートに出演。2005年秋より、ドイツ・フランクフルト音楽大学へ留学。ピアノをヘルベルト・ザイデル、室内楽をアンゲリカ・メルクレの各氏に師事。ドイツ音楽、特にベートーヴェン、ブラームス、シューマンの作品を中心に研究する。ドイツ・ヘッセン州文化科学省から発売された、シューマン生誕200年記念CDにピアノソナタ第3番op.14を収録。
2008年フランクフルト音楽大学芸術家養成課程ピアノ科を首席で卒業。2010年同大学大学院国家演奏家過程を最優秀の成績で修了。
東京音楽大学在学中より演奏活動を開始、これまでに外山雄三指揮仙台フィルハーモニー管弦楽団、カルロス・シュピーラー指揮ギーセンフィルハーモニー、ローター・ツァグロセク指揮フランクフルト音楽大学オーケストラ、ゲオルク・ショルティ国際指揮者コンクール、公式ソリストとしてフランクフルト歌劇場オーケストラと共演。
2011年10月仙台市青年文化センターコンサートホール、2012年4月東京文化会館小ホール(文化庁・日本演奏連盟リサイタルシリーズ)で帰国記念のピアノリサイタルを開催し、好評を得た。
2014年10月仙台市太白区文化センター楽楽楽ホール、11月那覇市パレット市民劇場でソロリサイタルを開催。
これまでにドイツ、日本を中心にフランス、イタリア、ベルギー、オーストリア各地でソロ、室内楽等の活動を行っている。
現在沖縄県立芸術大学音楽学部非常勤講師、全沖縄ピアノ協会、ヤマハミュージックリテイリング東北の特別招聘講師として、全国各地で積極的に後進の指導も行っている。
門下生はスタンウェイジュニアコンクール、ベヒシュタインジュニアコンクール(ドイツ)
ショパンコンクールインアジア、ピティナピアノコンペティション、日本バッハコンクール、
日本クラシック音楽コンクール、新報音楽コンクール、沖縄ピアノコンクール、東北青少年
音楽コンクール、宮城県ジュニアピアノコンクール、福島県ジュニアピアノコンクール等で
多数上位入賞を果たす。
2013年ピティナピアノ新人指導者賞、2014年より毎年ピティナピアノ指導者賞受賞。ピティナピアノコンペティション、琉球新報音楽コンクール、日本クラシックコンクール、
山口・九州ジュニアピアノコンクール各審査委員。

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