医療ガバナンス学会 (2019年1月1日 06:00)
上昌広
2019年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
お陰様で、2004年1月に始まったMRICは、今年で16年目を迎えます。ここまで続けることができたのは、皆様のお陰です。この場をお借りし、感謝申し上げます。
さて、今年はどのような年になるでしょうか。私は時代に合わなくなった医療機関が崩壊し、患者ニーズに即した医療サービスが成長すると考えています。具体的には前者の代表が大学病院、後者がプライマリケアです。
昨年は医学部の不祥事が相次ぎました。私は、大学病院の在り方が時代と合わなくなり、競争力が低下しているためと考えています。意外かもしれませんが、患者は大学病院を見はなし始めています。特に首都圏で、その傾向が強いと感じます。
2016年度の全国のDPC病院を対象とした調査結果をご紹介しましょう。
DPC病院とは、診療行為の出来高ではなく、疾病や重症度などに応じた定額支払が認められている病院です。厚労省が認定し、高度な医療水準を満たしていることが求められます。つまり、一流病院の証です。
では、DPC病院で、循環器疾患の患者数が多かったのはどこでしょうか。小倉記念病院(8,769件)、千葉西総合病院(7,616件)、仙台厚生病院(6,375件)、新東京病院(5,830件)、湘南鎌倉病院(5,345件)と続きます。全て民間の循環器疾患を中心とした病院です。大学病院の名前はありません。
大学病院は高度医療機関です。先端医療では、いまでも優位を保っているとお考えの方が多いでしょう。ところが、実態は違います。
例えば、最先端の医療技術である大動脈便のカテーテル治療(TAVI手術)の実施数は、朝日新聞出版の調査によれば、仙台厚生病院(162件)、小倉記念病院(112件)、榊原記念病院(107件)、新東京病院(76件)、湘南鎌倉総合病院(72件)となります。全て専門病院です。
この状況は循環器疾患だけではありません。高度医療の代表的存在である胃がんの内視鏡手術の場合、トップは県立静岡がんセンター(492件)、がん研有明病院(420件)、国立がん研究センター中央病院(380件)、大阪国際がんセンター(342件)、仙台厚生病院(290件)と続きます。
昨年、不祥事を起こした東京医大の胃がんの手術数は内視鏡手術が99件、開腹・腹腔鏡手術を合計して80件でした。前者は関東地方で28位、後者は49位です。
東京医大は入試で男性を優先的に合格させていたことに対し、「外科医が不足するのに、女性は外科勤務を嫌がるから」と説明していましたが、このような事情を知ると見方は変わってきます。外科志望者が少ないのは、専門病院との競争に負けて、患者が少ないと見做すこともできます。
大学病院は、なぜ競争力がなくなったのでしょうか。それは、総合病院だからです。医学部は附属病院を設置することが、法令で義務づけられています。この結果、「どんな診療科もやっているけど、すべてが中途半端(元国立大学医学部長)」な状況になります。経営は苦しくなり、医療安全などへの投資は削減せざるを得ません。
私は、大学病院の在り方を考える上で、流通業界の変遷が参考になると考えています。かつて、三越・そごうなどの総合百貨店は、わが国の流通業界をリードしてきました。
しかしながら、90年代以降、総合百貨店は衰退します。ピークの91年に12兆円であった売上は、2017年は6兆円まで減りました。
百貨店の衰退とは対照的に「洋服の青山」などの紳士服専門店、「ビックカメラ」などの家電量販店が台頭しました。専門店が、顧客のニーズに合う多様な商品を提供したのに対し、総合百貨店は「どの店も同じような商品が並ぶ「同質化」に陥った(大西洋・前三越伊勢丹ホールディングス社長)」のです。高級品は売るが専門店でないあたり、現在の大学病院と酷似します。
この数年、医療界で議論が迷走している新専門医制度も、このような状況を知ると見方が変わってきます。この制度は、大学病院から離れていく若手医師を縛り付ける結果となっています。これは時代に合わなくなった大学病院の延命策に他なりません。ゾンビ企業を規制で守るのと同じです。
医療費の抑制はわが国の喫緊の課題です。そうなると、病院は合理的で効率のよい経営を求められます。つまり、集約化です。これこそ、専門病院が発展している理由です。
若手医師は、このことを肝に銘じる必要があります。専門医になっても、仕事にありつけない可能性があるからです。病院が生き残りをかけて、選択と集中を進めれば、わが国で必要とされる専門医の数自体は減少します。企業が合併することで、リストラされる社員がでることと同じです。当然ですが、専門医も「リストラ」の対象となります。
では、これからは、どのような領域が成長するのでしょうか。それは、プライマリケアや慢性期医療の領域です。IT技術の進歩もあり、この領域の在り方が変わってきています。
この点でも、流通業界の変遷は参考になります。多様化したニーズに合わせて、コンビニ、宅配サービス、ネットビジネスが発達しました。医療界でも同様の動きが生まれつつあります。
コンビニの代表はナビタスクリニックです。立川・川崎・新宿の駅ナカで開業しており。私も毎週月曜日に新宿で診察しています。
ナビタス新宿の場合、平日は午後9時まで、土曜は午後2時、日曜祝日は午後5時まで受け付けています。会社帰りのサラリーマンやOL、さらに新宿の駅ナカで働く人たちが受診します。受診者の平均年齢は約30歳で、7割は女性です。
若年女性特有の問題として、貧血、性感染症、緊急避妊などで受診する患者の方が多く、風疹や麻疹や子宮頸がんワクチンの接種を希望する人も少なくありません。彼らは「名医」や「丁寧なサービス」以上に「便利さ」を追求します。ナビタスクリニックは、このニーズを捉えています。
ナビタスクリニック新宿で勤務する山本佳奈医師(29)は、新専門医制度のプログラムに参加せず、独自に女性を総合的に診ることが出来る医師を目指してトレーニングを始めました。彼女は「新しいタイプの専門家を目指します。そのためには、「ナビタスクリニックで研修するのが一番経験を積める」といいます。既に幾つかの臨床研究に参画し、2報の英文論文を筆頭著者として発表しました。
ナビタスクリニックには、他の若手医師からも「初期研修を終えたら、ナビタスクリニックで働きたい」という要望が寄せられています。若手医師の意識が変わりつつあるのがわかります。
アマゾンのような「宅配サービス」も出現しました。日本各地で増加している在宅医療専門クリニックです。筆者が注目しているのは、オレンジホームケアクリニック(福井市)やおひさま会(神戸市)です。
オレンジホームケアクリニックは、福井市に本拠を置く在宅ケア専門のグループです。約300人の在宅患者をフォローし、毎年100人程度を看取ります。さらに障害児施設(オレンジキッズケアラボ)や地域住民の交流の場(みんなの保健室)も設けています。
代表を務める紅谷浩之医師(42)は、救急専門医から、この分野に転進しました。「在宅医療が「病気」をみるツールだとすると これらの場所や仕組みは、「生活」そのものを支え、つながりを創るものだと考えています」といいます。従来型の専門医とは対照的に、地域を包括的にケアしようとしています。
紅谷医師のグループの総勢は60名で、医師不足のなか、常勤医は5人です。全国からやる気のある若手が集まっています。紅谷医師の元にも、新専門医制度のカリキュラムに拘らず、就職を希望する若手医師が集まってきています。
おひさま会は、兵庫県と神奈川県で5つの在宅クリニックを経営します。理事長の山口高秀医師(44)も紅谷医師同様、救急専門医から転進しました。
山口医師が重視するのは、地域の医療や介護サービスの連携を深めることです。これまで在宅医療・介護も「縦割り」でした。医療はクリニックと病院、介護は介護支援事業所、看護は訪問看護ステーション、薬は薬局が提供し、利用者からアプローチしなければなりませんでした。高齢者には大きな負担です。
一方で、サービス提供者の多くは零細業者で、ITを導入したり、大勢の事務職員を抱えることは出来ません。
山口医師は、自ら事務職員を養成し、情報システムを整備し、別会社(グローバルメディック、神奈川県海老名市)から周辺施設へ提供しています。山口医師は「地域に適合した情報基盤と人的サービス提供システムを確立させ、高品質で高効率な在宅医療ネットワークを創出したい」といいます。
現在、おひさまグループは、地域の住民約2,300人をフォローします。3分の2は介護施設に入所しており、残りは自宅で暮らしています。毎年450人程度を看取りますが、300人程度は自宅で亡くなります。常勤医は9名、非常勤医師20人で、スタッフは総勢130人です。彼らが、患者に併せて、周辺の医療・看護サービスの利用プログラムを作成しています。このようなやる気のあるグループが、わが国の在宅医療の「デファクトスタンダード」を形成しつつあります。
最後は、オンラインを用いた遠隔診療です。2017年7月、厚労省は局長通知で、「テレビ電話や、電子メール、ソーシャルネットワーキングサービス等の情報通信機器を組み合わせた遠隔診療」について、「直接の対面診療に代替し得る程度の患者の心身の情況に関する有用な情報が得られる場合」には認められると規制を緩和しました。
ところが、昨年4月の診療報酬改訂では、対象は再診の患者に限定され、3か月に1度は対面診療を組み合わせることが要件となりました。日本医師会の反発に配慮したためでしょう。普及は進んでいません。
遠隔診療が進んでいるのは、医師・医師のコンサルテーションです。筆者が注目しているのは北村直幸医師です。情報誌『選択』の昨年9月号で、『グーグルが支配を狙う日本の医療 クラウドとAIの「黒船」は目前に』という記事を掲載し、北村医師をキーマンとして紹介しました。以下、この記事をベースにしています。
北村医師は放射線診断専門医で、広島市内に霞クリニックという放射線画像診断の専門施設を運営しています。一方、同じビル内に遠隔画像診断をサポートするエムネスという会社も経営しています。
エムネスの読影システムでは、契約する医療機関で撮影されたCTやMRI画像はクラウドにアップされ、エムネスと契約する放射線診断専門医が読影します。そして、結果は、画像に読影レポートをつけて、クラウドを介して、医療機関に戻されます。
エムネスの売りは料金が安いことです。医療機関が負担する費用はMRIやCT一台あたり月額3万円で、読影は一件で3,000円です。画像情報のやりとりには、インターネット回線を使うので、医療機関は初期費用を負担する必要がありません。
これは破格の安さです。放射線科の常勤医がいない医療機関では大学病院などに専用回線を引いて、読影を依頼しています。病院経営者は「専用回線費用は月額150万円、読影料は一件あたり4,000円程度」といいます。
エムネスが価格を安く出来るのは、グーグルクラウドプラットフォームを利用し、画像データをクラウドに集約しているからです。
それが新たな付加価値を産みます。エムネスはクラウドに蓄積された画像と読影データを用いて、東京大学発のベンチャーであるエルピクセル社と共同で、人工知能診断システムを開発しました。既に臨床現場に導入されています。エムネスでは、専門医がダブルチェックしているにも関わらず、人口知能診断システムにより、過去に3人の見落としを発見したそうです。人口知能診断システムの導入が、医療ミスを減らしています。
前出の『選択』によれば、グーグルがエムネスに目をつけたのは、「グーグルが日本の電子カルテ市場への進出することを考えているから(グーグル関係者)」だそうです。
グーグルはエムネスを「テクノロジーパートナー」に認定し、昨年の7月に米国サンフランシスコで開催された「グーグルネクスト2018」に招聘し、グーグルクラウドのアリエ・マイヤー氏と50分にわたり対談するセッションを設けました。破格の扱いです。
知人のグーグル関係者は「北村医師は遠隔診断で世界の最先端を行く」と言います。グーグルは東京大学のような権威や厚労省のお墨付きではなく、自らがリーチ出来ない現場のリアルなノウハウを有する企業を重視しているのがわかります。
グーグルは、クラウドに大量の検索履歴やGメールのデータを保管しています。やがてクラウド上に蓄積された日常情報と、診療情報やゲノム情報を併せて人工知能が分析し、医師・患者の双方に適切な治療法を提示するようになるでしょう。
現在、電子カルテのクラウド化が急速に進んでいます。研究や商業利用では、個人情報保護がネックとなり、このような利用は出来ません。ところが、患者視点に立てば、診療記録もメールデータもいずれも自分のものです。人口知能が解析し、自ら適切な提案をしてくれることを有り難いと感じる人もいるでしょう。終末期医療の意思確認など、患者や家族の意志決定のサポートになるかもしれません。患者の選択肢を増やすことになります。
大学病院の苦境を尻目に、コンビニクリニック、在宅診療、遠隔診療は急成長しています。これは、高齢化社会で高度医療からプライマリケアにウェイトが移っていることを反映したものです。従来、もっぱら開業医が担っていた「主治医」の在り方を、IT技術を用いた若い医師たちが変えようとしています。このような動きは、JRやグーグルのような大企業とも連動しています。今年は、このような変化が更に加速するでしょう。私は、このような議論をするプラットフォームとして、MRICがお役に立てればと願っています。
本年も宜しくお願い申し上げます。