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Vol.009 医療・社会における自分の立ち位置を追求し続けた、1人の薬剤師(3)

医療ガバナンス学会 (2019年1月17日 06:00)


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仙台市医療センター仙台オープン病院
薬剤師 橋本貴尚

2019年1月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

◆東日本大震災の災害医療での経験で得たもの
2011年3月に発生した東日本大震災に対し、多くの方から得がたいご厚情を賜りました。また、医療に限らず、色んな業種に携わる方が東北に移り住み、復興に尽力くださっていただいております。そうした全ての方々に対し、心から御礼を申し上げます。
僕は2011年の4月下旬に、宮城県南三陸町に災害医療ボランティアに赴きました(写真1)。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_010-1.pdf

写真1 2011年4月下旬 宮城県南三陸町の風景(筆者撮影)
真ん中奥の白い建物は公立志津川病院、ちょっと左にある鉄骨の建物は防災対策庁舎です。

そこで問題となったのは、被災した患者さん、とりわけ各種慢性疾患を有する患者さんの内服薬の現物と情報(お薬手帳など)が喪失し、内服の継続性が喪失したことです。薬剤師は患者さんから聞き取りを行い、山のような支援医薬品の中から同じ薬、あるいは同効薬を探してお渡ししました。支援医薬品には多様な後発医薬品が存在し(写真2)、仕分けは困難を極めました。また、代替が利かない医薬品については、たった1箱の医薬品でしたが、医薬品卸の方が宮城県仙台市の医薬品備蓄基地と南三陸町を、往復12時間かけて取りに行ってくれました。そこでの薬剤師業務は、九州と兵庫からきた薬剤師が「引き継ぎノート」を作り、ノウハウを引き継いでくれておりました(九州は日ごろ自然災害が多いですし、兵庫は阪神淡路大震災を経験しております)。九州から来たリーダー格の薬剤師は、「俺たちがやった方法を、日本薬剤師会が真似をした」とおっしゃっておりました。

それ以外においても、炊き出しの大行列に並んで我々のために食事を用意してくれるボランティア(お昼休憩時、ラーメンがまだ温かかったのを覚えております)、トイレ掃除を毎日当番にして行っている被災者の方々(全然臭くなかったです)、全ての人の繋がりが大震災後の急性期を支えていたと思います。

ボランティアの経験を踏まえた課題は、お薬手帳の普及が追いつかなかったことと、最終的に支援医薬品を使い切れずに大量の在庫となってしまい、(これはオフレコ?)支援を受けた病院の懐に入ったり、発展途上国に譲渡したことです。熊本地震では、この反省を活かして「災害薬事コーディネータ」が上手く機能し、医薬品の過不足が発生しなかったと聞いたので、安堵しました。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_010-2.pdf

写真2 宮城県薬剤師会館に保管されていた支援医薬品の例(2011年4月下旬、筆者撮影)
ベイスン(先発品)-ボグリボース錠(後発品)、グルコバイ(先発品)-アカルボース錠(後発品)と銘柄が混在していました。

東日本大震災災害医療ボランティアの取り組みは、速報として2011年6月に米国薬剤師会雑誌にレター投稿し (Hashimoto T. et al. J Am Pharm Assoc. 2011, 51(5), 568) 、2012年9月の国際薬学連合世界会議(アムステルダム、オランダ)でシンポジスト講演を行い、現状を報告させて頂きました。その後、大学院時代の恩師、今井潤先生の仲介で「2,014年版 災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン(日本循環器学会/日本高血圧学会/日本心臓病学会)」の中の、「Ⅱ.総論-3.4 薬剤の不足・内服薬の情報」、「Ⅳ.災害時循環器疾患の予防-3.薬剤データの保存・薬剤の備蓄」の2項目について、執筆協力員として携わることができました(日本循環器学会http://www.j-circ.or.jp/、閲覧日:2018年12月14日)。
班員の1人である宗像正徳先生(東北労災病院、医師)が、今井先生に「誰か書けそうな人はいますか?」と相談されたところ、今井先生は「彼しか、いない」と僕を薦めてくださいました。その後も宗像先生は依頼原稿の執筆を僕に回してくださったり、2017年の第40回日本高血圧学会総会(愛媛)のシンポジウムの演者に誘ってくださったりと、多方面にご高配賜りました。

大規模災害に関するエビデンスですが、阪神・淡路大震災に関する論文は多数存在します。東日本大震災に関する論文は、僕としてはもっと大きく出ても良いと思うのですが、あまり目立っていない印象です。しかしながら、大規模災害に対する取り組みを頑張って論文にされた方々のほとんどは医師です。大規模災害を医学的に検証した点で極めて重要と思いますが、東日本大震災では「内服薬とその情報の喪失」という、薬剤師が検証すべき重要な課題がありました。しかし、論文を書ける能力を持つ薬剤師はまだまだ少なく、せっかく薬剤師が頑張って活動してもその成果が埋もれてしまったり、後世にノウハウが伝わらないのは、社会全体にとって大きな損失です。僕に今与えられている役割を十分に認識しつつ、情報発信を怠らないようにしたい考えです。

◆医療の現場で必要とされる疫学的手法
大学院を卒業した2012年から15年くらいにかけて、2つの大きな臨床研究を手伝いました。一つは東日本大震災後の糖尿病患者の実態に関する研究(Tanaka M, et al. Diabetes Care 2014, 37(10), e212-213, Tanaka M, et al. J Diabetes Investig 2015, 6(5), 577-586)と、一般病院における職員の結核曝露に関する研究(阿部達也ら.Kekkaku 90(9), 625-630)です。前者は、大学時代の恩師である今井潤先生のご高配により、医学系の大学院生の研究を手伝うことになりました。後者は、先方の薬剤部長より「データ解析をお願いしたい」という依頼を受けて手伝いました。アンケート調査票の作成や倫理委員会申請資料、データベースの取り扱い、解析、論文執筆から掲載に至るまで、臨床研究の全行程に携わることができました。僕の職場の薬剤師の論文執筆も手伝いました(昆貴志ら.医療薬学 2016, 42(9), 634-644)。その後も、薬剤師向けの論文の読み方勉強会や臨床研究を学ぶ勉強会などでお話させて頂く機会を得ました。
この経験より、「医療現場には解決すべき問題が山積しているものの、それを疫学的に検証できる人間は医師・薬剤師問わず大変少ない。ニーズは非常に強い」ということを学びました。

とりわけ、医療現場で働いていると、予測しがたい薬物有害事象を経験します。一例を挙げますと、「過去にヨード造影剤アレルギーの既往がなく、造影剤検査の経験もある方が、前触れもなくアナフィラキシーショックを起こし心肺停止に至った事例」、「何年も前にニボルマブ投与中にネフローゼの劇症化を起こした患者さん。数年たって前触れもなくネフローゼを再発した事例」。「多剤服用者の急性肝障害の事例」は3件経験しましたが、多剤服用に加えサプリメントまで服用しており、原因薬剤の特定は困難でした。夜間せん妄の高齢者にハロペリドール注5mg1管が毎晩のように使用され、全身ガチガチ(錐体外路症状)になっているところを外部の精神科医の巡回で初めて発見された事例。多分うちだけでなく、色んな所でこのような薬物有害事象が起きているような気がしますが、全て闇の中、ほんの一部がニュースで大々的に取り上げられるのみです。尚、これは内部告発でも何でもありません。皆さんと問題点を共有したいだけなのです。

大きな有害事象が発生すると医療安全委員会で取り上げられ議論されますが、そこで出される結論は、大体、決まって「マニュアルを作ろう」です。マニュアルも、一部の「医療安全担当者」の発想だけで作成されます。次第にマニュアルでがんじがらめにされていく医療従事者たち。病棟のインシデント報告書を投函する引き出しには、「インシデントがないことを祈っています」なんていうテプラが貼られています。こんな雰囲気が充満していくと、問題点を発見しても「報告すると、上司に怒られる」という事態になります。過去に起きた医療事故って(医療事故に限らず、全ての事故)、「時間に追われて報告しなかった」、「上司の叱責が怖くて、報告しなかった」ばっかりじゃないですか。

福島県いわき市にある常盤病院には、「公益財団法人ときわ会 先端医学研究センター」が併設され、研究者を雇用しております(色んな記事で見るかと思います)。そこでは医師の研究や論文執筆を支援している模様ですが、理想をいえば、これと同様に、医療事故が発生したときにその要因を疫学的に検証する視点を持つ人間がいて、その原因を解決する手法を提供できればいいかな、と思います。そういう意味で、医療現場において疫学の技術のニーズは益々高まっていくと思いますし、そのように皆さんに認識してもらえるよう、情報発信を頑張りたいな、と思っております。

◆最後に
「薬剤師にもできることがあるはずだ!」という思いで活動の成果を形に残し、求められるままに教育にも携わらせて頂きました。そうした経験を踏まえ、最近では、「薬剤師、という人的資源の、社会における貢献度はどうだろうか」と思うに至っております。つまり、「薬剤師インフラ」という言葉を自分の中に掲げてみました。地域のバイスタンダーとして、医薬品適正使用の要(かなめ)として、そして、人間の生老病死と生活の一部である「薬」に寄り添った存在として、薬剤師がその責務を認識し、行動できる日を夢見て、毎日頑張って参ります。

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