医療ガバナンス学会 (2019年1月18日 15:00)
実のところ、業界団体である日本製薬工業協会(以下、製薬協)に所属する71の製薬企業も、2013年度から、医療者への謝金の詳細を公開してきました。しかし、製薬企業によって公開されたデータは、必ずしも使いやすいものではありませんでした。最大の原因は、謝金のデータが、製薬企業の間で統合されていなかったことにあります。例えば、ある医療者が、全ての会社から受け取った金額を明らかにしようとすると、全ての会社のホームページに個別にアクセスして、自分たちでデータを抽出・統合する必要があります。また、以前の記事でも紹介しましたが(http://medg.jp/mt/?p=8448)、それぞれの製薬企業のホームページで謝金のデータにたどり着くためには、自らの個人情報の入力やアカウントの発行といったプロセスを経る必要があり、非常に煩雑でした。また、実際に公開されるデータは、エクセルなどの使い勝手のよいフォーマットではありません。大多数は、文字を識別できないような画像データとして、公開されていました。このような状況ですから、患者さんやその家族が、それぞれの製薬企業の公開情報から意味のある情報を得ることは、ほぼ不可能だったと言えます。
一方で、製薬協が、製薬企業から医師への謝金の公開を開始した理由として、そのホームページには、以下のような文言が掲載されています。(http://www.jpma.or.jp/tomeisei/aboutguide/pdf/181018_01.pdf)
「患者さんや国民の生命・健康に大きく関わり、また国民皆保険制度のもとにある我が国の製薬産業においては、他の産業以上にその活動の透明性を確保し説明責任を果たすことが重要です。」
非常に素晴らしい理念ですが、前述したように、実際の製薬企業の情報公開体制とは、大きなギャップがあります。そして、私たちは、そのような現状について、大きな問題意識を持っていました。そこで、今回、「製薬企業から医師に支払われた謝礼について、誰でも簡単にアクセスできるようにすること」を目的に、謝金についてのデータベースを作成するという一大プロジェクトを開始することにしたのです。
今回のデータベースの公開においては、患者さんや一般の方々の目線に立って、使いやすさを追求しました。結果として、納得したものを作るために、1年半、延べ3000時間以上の作業を要しました。この度、なんとかホームページの一般公開にこぎつけましたが、ここから先は皆様からのフィードバックも参考に、さらにホームページを良いものにしていきたいと考えています。実際、今回データを公開した後も、改善すべき点について、皆様から様々にお声を頂いているところです。
では、このホームページは、どのように利用するのがよいのでしょうか。まず知っていただきたいのは、製薬企業が、1000円程度程度の食事を医師に振舞うだけでも、医師が処方する薬剤に影響を及ぶ可能性があるという事実です(https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2528290)。この知見は、米国で行われた大規模な調査により、明らかとなっています。製薬企業と金銭関係にある医師は、自分でも意識しないうちに、製薬企業に有利な処方をしてしまう可能性があるのです。
「医師が私に処方してくれている薬剤は、本当に自分にとって最善の薬なのか。」
「テレビや雑誌で、ある薬剤に肩入れをするような発言をしている医師の発言は、本当に信頼できるのか。」
このような疑問を持った際、ぜひ私たちのホームページを利用していただきたいと思います。製薬企業と医療者の金銭関係について理解することで、主治医や有名医師の言葉をより的確に判断できるようになると考えるからです。このホームページは、医療者と患者さんの関係をより「フラット」なものにする手助けになるでしょう。
一方で、私が、医師として、今回のように、「医療者を売る」ことにつながるような仕事に関わることを、訝しむ方が多くいらっしゃることも事実です。製薬企業と医療者の金銭関係に積極的に関わるようになっておよそ一年半になりますが、その間、「そのようなことをやっていると、キャリアを台無しにするよ」といった言葉を受けることも少なからずありました。医療界の一般的なキャリアパスを考えると、あながち間違っていないかもしれません。
しかし、私個人は、医療という業界に属する立場の者が、このような取り組みに率先して関わることは極めて重要だと考えています。医療界は、悲しいかな、不祥事が極めて多い業界です。ここ最近の事例を挙げても、入学試験における女性差別、医師による痴漢、医療事故の隠蔽など、枚挙に暇がありません。また、その多くが、外圧がかかることで、初めて情報が外に出てきており、医療界自らが、率先して、その解決に取り組んできたというケースは少数です。このような現状は、確実に、医療界の社会的な評価を悪化させていると思います。反対に、今回のように、これまでタブーとされてきた領域において率先してその解決に取り組むことで、医療界全体への社会的な信頼を回復させることにつながると信じています。
そもそも、製薬企業から医師が謝金を受け取ることについては、一般の方々の評価は分かれる可能性があると思います。一方で、製薬企業からたくさんの謝礼を受け取っている医師の方が、謝礼を受け取っていない医師よりも信頼できると考える患者さんもいらっしゃるかもしれません。実際、教授など社会的に立場のある医師の方々の方が、講演などの話が回ってくることも事実です。いずれにしても、情報をしっかりと開示した上で、患者さんや社会がフェアに判断できるようにするように医療界が変わっていくことが重要なのではないでしょうか?
最後に、みなさんに二つお願いをさせてください。一つは調査研究の依頼です。製薬企業と医師の金銭的な関係は、国際的にも関心が高く、これまでに様々な論文が、世界の一流雑誌に掲載されています。米国医師会誌やその姉妹誌には、診療ガイドライン委員会の利益相反を解析した論文が数多く掲載されています(https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/fullarticle/2657683)(https://jamanetwork.com/journals/jamaoncology/fullarticle/2546172)。また、金品の受け取りと処方パターンの関連を解析したような論文も報告されています(https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2528290)。英国医学雑誌においては、一流医学雑誌の編集者における利益相反を解析した論文も報告されています(https://www.bmj.com/content/359/bmj.j4619)。また、昨年には、NY timesが、ニューヨークメモリアルスローンケタリングがんセンターの有名医師の利益相反問題をすっぱ抜いて、大きな話題になりました(https://www.nytimes.com/2018/12/19/health/baselga-cancer-conflict-disclosure.html)。
すでに、ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所においては、このデータベースを使って複数の調査研究を行なっています。調査研究の第一弾は、この2月に、世界的にも有名な医学雑誌に掲載予定です。
私たちが強調したいのは、いったん公開した以上、このデータベースは社会の公共財になるということです。ジャーナリストの方々や研究者の方々には、ぜひこのデータを使って、様々に調査を計画・実行いただければと考えています。もちろん共同研究をご提案いただくようなことがあれば、私たちとしても嬉しく思います。ご興味がある方がいらっしゃれば、ぜひ私のメールアドレスまでご連絡ください(ozakiakihiko@gmail.com、)。様々な方が力を持ち寄ることで、利益相反という大きな問題が、議論のテーブルにのぼるようになってほしいと願っています。私も微力ながら努力してまいります。
もう一つは寄付です。今回の一連の調査には、データの抽出と入力、データの整理などのプロセスに膨大な時間がかかっています。基本的にはワセダクロニクル に出入りする学生さんが関わってくれているため安価に抑えられていますが、その経費は、原則として全て寄付で賄われています。来年以降も、このような情報公開を続けていくために、ぜひ皆様のご協力をお願いいたします。ご協力いただける方は、ぜひ以下のホームページをご覧ください(http://www.wasedachronicle.org/donate/)。