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Vol.014 写真で伝えることの難しさとその可能性

医療ガバナンス学会 (2019年1月22日 06:00)


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ワセダクロニクル
友永翔大

2019年1月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

アジア圏のジャーナリストが集まって情報交換を行う、GIJNのソウル大会が10月5日から7日にかけて、韓国のソウルで行われた。
フォトジャーナリストを目指す私はワセダクロニクルのメンバーとしてこの大会に参加した。大会ではたくさんのセッションが行われたが、あるセッションが最も印象に残っている。それはアジアにおける「#Metoo」のムーブメントだった。このセッションには、撮影の依頼があったために参加していただけで、テーマの内容よりも「写真の腕を上げたい」というのが正直な気持ちだった。

私は写真を撮る際に気をつけていることがある。それは「写真が被写体を傷つけてはいけない」というものだ。人を陥れるような写真は言うまでもないが、写真を見た人に誤解を与えるものもいけない。特に今回のセッションのように性的被害者について報道する場合は、撮影することで被写体を傷つけてはいけないということを強く意識してカメラを構えていた。

登壇し、自らの性被害を告発したのはジャーナリストの伊藤詩織さんだった。自らの辛い経験を話している人に対してカメラを向けることには抵抗があった。聞かれたくない経験を話し、自分自身をさらけ出している人にカメラを向けるということは、その人の傷口に塩を塗り込むような感覚がしたからだ。一方で「この告発を写真で表現し、多くの人に知ってもらいたい」という思いもあった。ただ、頭ではわかっていても、行動に移すことはとても難しかった。

特に伊藤さんが言葉を詰まらせた瞬間、撮影の手が止まってしまった。言葉に詰まるほどの苦しい経験をした人に対して、シャッターを切っても良いのか。撮影することがかえって彼女を傷つけてしまうのではないか。あれこれ考えるうちにセッションは終了していた。自分の撮った写真を見返すと「何もできなかった」という自分の無力さを感じる写真ばかりだった。

全てのセッション終了後、GIJNの公式サイトには大会のハイライトとしていくつかの写真が掲載された。そのうちの一枚が伊藤さんのセッションだった。写真は、セッションで話し終えた伊藤さんを女性の参加者が抱きしめた瞬間のものだった。その写真を見た瞬間、「この写真なら伝わる!」と感じた。ど忘れしてしまったことを思い出した時のような納得感。同時に、猛烈な悔しさがこみ上げた。私が撮影したいと思いながらも、ためらってしまった瞬間だったからだ。

撮影したのは韓国で住民運動などを追いかけているフォトジャーナリストのチュン・テクヨンさん。彼の写真には、話し終えた伊藤さんを抱きしめる女性参加者と安堵とも取れる伊藤さんの表情が写っていた。会場で撮影していた彼と私の距離はほんの一メートル。私にもう一歩前へ踏み出す勇気があれば、もっと伝わる写真が撮れたかもしれない。自分の写真に見切れた彼のカメラを見るたびに、「もうあの瞬間は戻ってこないのだ」と悔しく、情けない気持ちになる。そして、被写体を傷つけるのではないかと撮影をためらった自分の行為は、勇気を振り絞って語ろうとする伊藤さんの勇気をないがしろにする行為なのだと痛感した。
またチュンさんの写真を見て、写真でしか表現できないストーリーがあることも感じた。なぜなら、私にとって、会場にいた女性たちが伊藤さんを抱きしめた様子を写したチュンさん写真は、伊藤さんの事件について積極的に報じなかった日本のメディアへの批判のようにも思えたからだ。

今回のチュンさんのセッション写真は、探査報道における写真ではない。それでも彼の写真は、伊藤さんの話の悲惨さだけではなく会場の暖かな雰囲気にも視点を当てた。これが探査報道になれば、より多くの視点から、様々なストーリーを生む可能性があるのではないか。自分にしか写せない視点でストーリーを構築していけるフォトジャーナリストになりたい。そんな思いを強くしたソウル大会となった。

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