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vol 81 持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を

医療ガバナンス学会 (2010年3月3日 07:00)


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河北総合病院理事長政策室室長
構想日本政策スタッフ
田口空一郎
2010年3月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


昨年8月の総選挙において民主党が300議席を超える圧勝を収め政権が交代した。鳩山総理そして小沢民主党幹事長らの「政治と金」をめぐる騒動がつづく中、10年ぶりの診療報酬ネット・プラス改定(技術料本体と薬価・材料を合わせたトータルでのプラス改定)が決まり、2200億円の社会保障費削減は完全に撤回された。改定率の詐術を云々する議論も散見されるが、グローバルな経済危機がつづく中、社会保障費総額が減額の方向に向かわなかった一事だけでも、大きな思想の転換が起こったと積極的に評価できる。
また、限られた財源の中でのパイの奪い合いという側面があるとはいえ、2月12日に中医協から厚労大臣に提出された診療報酬改定の細目に対する答申、特に救急医療や周産期医療への報酬の重点配分、再診料の病診統一化、医療安全対策に対する報酬上の評価など、基本的なコンセプトや方向性は国民的支持を受ける判断といえるだろう。

ところで、リーマンショック以来の今回の一連の経済危機では、安定的な政府財源を維持する上で、法人税がいかに財源として不安定であるかが改めて明らかとなった。たとえば、2003年の外形標準課税導入以後だけを見ても、政府一般会計の法人税収は03年に10.1兆円、04年に11.4兆円、05年に13.3兆円、06年に14.9兆円、07年に14.7兆円と小泉構造改革に後押しされつつ増収の一途をたどったが、リーマンショック後の08年には10兆円に大幅減収し、昨年の09年はついに当初予算で見込んだ10.5兆円から5兆円以上減収して5兆円程度の税収となってしまった。09年度予算全体では当初見通しから9.2兆円の税収減があり、そのツケは昨年末の第2次補正予算において赤字国債によって賄われることとなった。
一方、消費税は1997年の5%への税率改定後だけを見ても、同じく政府一般会計の消費税収は97年の9.3兆円、98年の10.1兆円、99年の10.4兆円、00年に9.8兆円と以後、10兆円前後の水準を維持し、リーマンショック後の08年も10兆円の税収となっており、その財源としての安定性を明瞭に示しているといえる。
社会保障ましてや医療という人の命に直結する政策領域においては、金融バブル等の経済的な流動性が直接税収に悪影響を及ぼすことはあってはならないことだ。その意味でも、わが国の直接税(法人税等)と間接税(消費税等)の直間比率の構造転換による税収リスクの分散が急務だ。具体的には、景気動向を見据えつつ、法人関係税を減税して消費税を10%以上に増税し、現在の直間比率7対3をドイツ・フランス並みに5対5に近づけていくということになるだろう。生活必需品はEU諸国などと同様、低率課税化すれば良い。
他方、医療分野の財源は介護分野と併せて、その不足が加速度的に年々顕著になっていることは火を見るよりも明らかとなっている。高齢者医療制度、介護提供体制、周産期医療、小児救急を含む救急医療一般、ワクチン政策、自治体病院事業、医師不足対策、看護師・介護士・コメディカル等の養成・雇用対策等々、どれもがメディアなどで「医療崩壊」「介護崩壊」のテーマとして連日取り上げられている項目だが、それらの崩壊の主要因として医療・介護に対する明確な財源不足、投資不足が指摘できる。
高齢者には慢性疾患が多く、かつ終末期には通常の数倍の医療投資が必要である。施設介護や訪問介護サービスのニーズはうなぎ上りだが、財政投資が過少なことによる圧倒的な供給不足が生じており、行き場のない大量の介護難民が発生している。周産期医療、救急医療は診療時間と同様、待機時間が重要になるが、それが「診療」報酬にほとんど反映されておらず「不採算部門」の汚名を着せられている。ワクチン政策は先進諸国と比べて公費補助が著しく少ないためほとんど普及しておらず、予防可能な疾病によって無視しえない数の方々が亡くなっている。自治体病院は主体的なガバナンス能力が乏しい上に自治体本体からの財政支援が削減されてきており7割以上が赤字経営である。医師養成数は80年代以降抑制されてきたため若手中堅の勤務医不足が深刻である。現在の診療報酬点数では医師・看護師以外の医療スタッフを十分雇用する人件費を賄えない、等々。
しかし忘れるべきでないのは、今後20年間はつづくことが予想される高齢化率の上昇に鑑みても、財源不足を理由としたこれ以上の赤字国債の発行は我々先行世代による未来世代に対する反逆行為であるとすら見なすことができるということだ。持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を提唱する所以である。

一方、民間病院の経営内部にいて感じることは、診療報酬・介護報酬という公定価格で動く医療・介護施設の運営は非常に受動的にならざるを得ないということだ。この経済危機では民間金融機関からの資金調達も思わしくなく、当然積極的な戦略は展開できず、かといって報酬改定の度に現状の収益維持すら困難ではないかという危機感を覚えざるをえない現場の状況。地域の患者・住民の皆さんの健康をいかにお守りするかだけでなく、必然的に自らの組織をどう守るかも内部会議での重要な議題となってくる。
政府の医療・介護投資費の増額が必要であることはいうまでもないことだが、それをどう実現するかも問題だ。昨年末の税制改正論議でも話題になったが、医療関連の税制は複雑を極める。たとえば現在の制度では、医療機関は窓口で患者に消費税を請求できないため、医薬品や医療材料、医療機器等の仕入れに掛かる消費税は医療機関の持ち出し(損税、つまりマイナス)となっている。厚労省は89年の消費税導入時と97年の5%への税率改定時に、消費税増税分の額を診療報酬の中に上乗せ調整したとしているが(それぞれ0.76%、0.77%の上乗せ)、それを遥かに上回るマイナス改定が以降繰り返されてきたため、事実上、この上乗せは有名無実化している。
たとえば私の勤務する河北総合病院の場合、総収益が百数十億円の規模に対して、昨年度の消費税損税は総額2.3億円に上っている。この低医療費政策の時代に、2.3億円を回収するのは困難を極める。急激な収益増を見込めない現状下では、病院の赤字の主要な原因ともなっている。この消費税損税の額は仕入れの規模が大きい病院(つまり地域の中核病院)であればある程、当然、大きくなる。もしこのままの診療報酬制度を維持して消費税増税に踏み切れば、医療のためにと思ってやった行為によって医療機関の側に大きな損害がでかねない状況である。
また昨年末の税制改正論議では医療機関に対する「事業税非課税」の撤廃についても議論がなされたが、本質的な課題は「税の簡素化」であって、事業税非課税の撤廃を行うのであれば、医療機関の仕入れに関わる消費税を非課税ないし低率課税化することとセットで実現されるべきだろう。政府の仕事は安定的な税収確保の方策を練ることであり、税が搾れるところならばどこでも搾ってよいということではないはずだ。

経済成長が右肩上がりのうら若き1960年代に基本設計された現在のわが国の医療財政システムは、超高齢社会の世紀を迎えた今、大きなパラダイムチェンジが求められている。今回の報酬改定のような医療費配分の見直しや居所的な報酬増といった弥縫策では対処できないところまで、現在の医療財政システムの歪みは来ている。
持続可能な医療財政システムの確立にとっては、診療報酬制度だけではなく、税制そして今回は言及できなかった補助金制度の問題等も含めた医療財政に関する総合的な議論と見直しが不可欠である。そしてこの大きな財源不足の解決のためには、当然、政府だけでなく民間資金の医療・介護分野への大幅な投資増も必要となってくる(たとえば高齢者専用賃貸住宅(高専賃)の規制を大きく緩和し、政府と民間が連携して低額の健康支援高齢者住宅を供給するような、住宅政策の全面的な転換などが現実的であり、かつ超高齢社会の基盤整備に着実に対応した民間投資となりうるだろう)。
2012年に見込まれる診療報酬および介護報酬の同時改定を前に、今まさに、持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を始める時だ。

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