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vol 82 ビジョンなき「予防接種法改正」の提言

医療ガバナンス学会 (2010年3月3日 10:00)


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神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野
神戸大学医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野
岩田健太郎
2010年3月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2009年のインフルエンザA感染症の流行(パンデミック)を通じて我々は多くを学んだ。もっとも価値のあったのは、「日本の感染症対策はあらゆる層において遅れている」という我々感染症のプロが長く苦痛に感じていた事実を、国民的なコンセンサスとして共有できた事であろう。これまで、私は何人もの関係者に「日本の感染症界はこれではダメだ。改革が必要だ」と説いてきたが、「そんなこと国民も学会も求めていないじゃないですか」と木で鼻をくくるようなあしらいを受けてきた。新型インフルエンザを通じて、これまで看過されてきた問題が顕在化したのである。
麻疹が未だに流行する、子どもの命が髄膜炎や喉頭蓋炎で失われる。ワクチンそのものが疾患を起こす生ワクチンでなく、不活化ワクチンを使えばあり得ないポリオの発生が未だに起きている。

麻疹情報(感染症情報センター)

http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/

ワクチン接種で減らせる乳幼児の細菌性髄膜炎―先進国中最も遅れている我が国の対応

http://www.news.janjan.jp/living/0810/0810119259/1.php

ポリオ:神戸の乳児が発症 ワクチン未接種、経口感染か /兵庫

http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20100219ddlk28040362000c.html

このような「先進国ならあってはならない厄災」が日本では日常的である。先進国の多くはこの問題を克服している。日本は、克服できるにもかかわらず、やっていない。新型インフルエンザに関わる、解決のしていない問題がうまく処理できなかった事を私は恨みに思わない。分からない事は分からず、できないことはできないのだから。しかし、「できると分かっている事」を看過するのは許容できない。
常時起きている厄災にはメディアは見向きもしない。メディアが叩かないと、厚労省は動かない。10年前からある1億の借金より、昨日借りた10万円の方がインパクトは大きいのである。このようなメディアの軽薄さが、2009年のインフルエンザに飛びついた。腰の重かった厚労省も動かざるを得ないと考えた。厚生労働省健康局長の上田耕三氏は予防接種法を「不退転の決意で大改正に取り組む」と述べたという。

http://lohasmedical.jp/news/2009/12/25125656.php

これはチャンスである。いきさつはどうあれ、何十年と続いた日本の予防接種システムの遅れを、この機会に一気に挽回したい。
しかし、2月19日に公表された厚生科学審議会感染症分科会予防接種部門会の「提言」を読んで私は心の底からがっかりしたのだった。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000004g8a.html

この「提言」は叩かれてしかたなく作られた代物である。新型インフルエンザワクチンの運用で起きた齟齬や混乱を修正する部分にしか議論がされていない。そこにはビジョンがない。プリンシプル(原理)もない。ゴールがない。日本を予防接種によってどのような国にしたいのか、何を目指したいのか、見据えていない。叩かれたから、動く。動いてから、なんとなくゴールが決まる。日本は長いあいだこのような「後追いの」構造で政策を決定してきた。しかし、叩かれて仕方なく動くだけならば、そしてその目指すところが不明確ならば、むち打たれて走りまわる牛馬と同じではないか。
なぜ、日本には定期接種と任意接種が分けられているのか。その定期接種を一類疾患と二類疾患を分ける事がどのようなゴールを日本にもたらすのか。それが国民の健康にどのような寄与をするのか。定期接種とされている予防接種はなぜジフテリア、百日咳、ポリオ、麻疹、風疹、日本脳炎、破傷風、BCGとなっているのか。なぜそれ以外のワクチンはそうではないのか。任意である小児のインフルエンザ菌や肺炎球菌のワクチン、子宮頚癌のワクチン、日本のまだ持たない海外のワクチンは今後どのように運用され、それが何を日本にもたらすのか。これらが定期接種に昇格される可能性はあるのか。ないのならば、どのようにすれば道筋は作られるのか。そもそも、定期と任意を分断する理論的根拠はどこにあるのか。またなぜ「任意」接種だと「有料」だと「決めつけるのか」。そもそも、予防接種のあり方の決定が厚労省があらかじめ準備した資料を厚労省が召還した「部会」で議論する、という従来のシステムで可能なのか。これまでできてこなかったことを、これまで通りの方法論でできると信じて良い根拠はどこにあるのか。今後、新たな予防接種が開発されたときに、現行の予防接種のシステムに常時組み込んでいくシステムがないことを、どうすればよいのか。

こういった何十年と積み重ねられた問いに対して「私はこう考える」とビジョンを示すのが、「提言」ではないのか。

上記の命題を厚労省が無視しているわけではない。これらは「議論が必要と考えられる事項」という最後の一項目に矮小化されて「アリバイ作り」がされている。しかし、「予防接種全般について、更に抜本的な議論を重ねていくことにしたい」とはあまりにひどい。提言が、「議論」を求めてどうするというのだ。議論は手段であり、目的ではない。要するに、「その他のことには、私たちは現在、何の見解も持っていませんよ」と開き直っているようなものではないか。
予防接種法は抜本的に改正されるべきである。私が提言したいゴールは「日本において、予防接種により、回避できる厄災は全て回避できること」である。アメリカがそうしているように。オランダがそうしているように。WHO(世界保健機関)がそう目指しているように、日本もそこを目指すべきである。ビジョン、見据えた先の世界には、もう小児の髄膜炎もポリオも、麻疹もない。子宮頚癌やB型肝炎は激減している。
そのゴールに基づいて、ゴールから逆算して手段が決定される。現在有用性が確認されている予防接種は全て適応のある国民に無料で提供されるべきである。インフルエンザワクチンも、B型肝炎ワクチンも、インフルエンザ菌ワクチンも、小児、成人向けの肺炎球菌ワクチンも、子宮頚癌ワクチンも、そうである。有効性と副作用のデータは公表されるべきであるが、その価値判断を国が一方的に行うことは不可能である。だから、推奨されても義務化することはできない。だから、オランダのようにワクチンは「任意だが無料」にし、勧奨して接種率は高いが「義務ではない」のが望ましい。当然、有害事象の補償額にワクチンによる差が生じてはならない。新しいワクチンは次々開発される。予防接種のあり方は頻回に、定期的に見直されなければならない。だから、アメリカのACIPのような独立した、そして最終決定権を持つ委員会が必要になる。日本版ACIPである。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02857_03

今回の「提言」にはACIPのAの字も出てこなかった。部会の委員は当然、日本の予防接種におけるトップオーソリティーたちのはずである。ACIPを知らないはずがない。彼らは日本版ACIPを望んでいるのか、拒んでいるのか。それすら分からない。
こう書くと、厚労省の官僚からは必ず次のように反論される。「おまえは政治を知らないからそんなことを言うのだ。そんなことあり得ない」と。
今でも覚えているが、10年ほど前、「日本の医療者はもっと増やすべきだ」と意見して、ある厚労官僚にやはり「お目は世の中が分かっていない。医師は偏在しているだけだ。医師を増やすなんて、そんなことは絶対にあり得ない」と強く反論された。できない理由ばかり探すと、そういう見解になる。しかし、ここ数十年、我々の世の中は「そんなことはあり得ない」と思っていたことばかりが日々起こっているのではないのか?「できない理由」ばかりを探し、「できるための条件」を模索しなければ、もちろん何もできない。たいていのことは、自らが引いた線を「限界」と称しているだけなのである。

国のあり方についてビジョンを示す第一番目の人物は政治家のはずである。民主党政権は日本の予防接種をどのようにしたいのだろう。民主党政策集によると、

子宮頸がんの予防に有効なヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの日本での開発を推進し、任意接種に対する助成制度を創設します。重篤な小児の髄膜炎の主要原因菌であるヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンの定期接種化を図ります。新型インフルエンザ対策も踏まえ、肺炎球菌ワクチン接種の対象年齢を拡大します。

とある。

http://www.dpj.or.jp/policy/koseirodou/index2009_medic.html

これらは「方法」であって「目的」ではない。民主党政権は、鳩山総理大臣は、そして長妻厚労大臣は、より明快なビジョンを示し、それを実行する必要がある。が、今のままだと「目的」どころか「方法」すら達成できないのではないか。昨年の選挙で大勝した民主党に、我々国民が何を期待していたのか、もう一度初心に立ち返って思い出してほしい。

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