医療ガバナンス学会 (2019年2月15日 06:00)
この原稿はAERA dot.(11月21日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2018111900079.html
山本佳奈
2019年2月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「風邪を治す薬をください」
外来でよく耳にする言葉です。しかしながら、風邪を治してくれる特効薬はありません。では、風邪をひいたらどうすればいいのでしょうか。今回は、風邪にまつわるお話をしたいと思います。
俗に言う風邪は、「かぜ症候群」と定義されています。鼻から咽頭、気管、気管支、肺に至る上気道の急性の炎症による症状を呈する疾患です。咳や咽頭痛、鼻汁や鼻づまり、発熱、倦怠感、頭痛や筋肉痛などを引き起こします。あらゆる年齢層に発症する疾患であり、米ミシガン大学のMonto医師は、就学前の子どもは年に5~7回、成人は年に2~3回の頻度で風邪を発症すると報告しています。
風邪の原因の80~90%はウイルス性です。ライノウイルスやコロナウイルス、RSウイルスやパラインフルエンザウイルス、アデノウイルスなどが主な原因ウイルスです。ウイルスに効果のある特効薬は、残念ながら存在しません。安静にし、水分や栄養補給を行う「対症療法」が治療となるのです。
ウイルス以外にも、細菌や肺炎マイコプラズマなども原因となる場合や、ウイルス感染についで二次性の細菌感染を引き起こし、肺炎に至るケースもあります。その際は、原因が細菌であるために、治療には抗菌薬が必要になります。しかしながら、大部分が、ウイルス性の風邪。ウイルス性には抗菌薬は必要ありません。
それにもかかわらず、ウイルス性の風邪と診断しつつも、患者さんが抗菌薬を希望されたら抗菌薬を処方している現状があるのです。
そもそも「抗菌薬」とは、細菌の増殖を抑えたり殺したりする働きをする薬のこと。「抗生物質」という言葉の方が聞き慣れている方も多いかもしれませんが、厳密には異なります。細菌の増殖を抑制したり、殺す薬が抗菌薬であり、この抗菌薬のうち細菌や真菌といった生き物から作られるものを、特に抗生物質といいます。同じ意味で使用されてしまっていることは臨床現場においても多々ありますが、厳密には異なるものを意味します。
こうした抗菌薬の過剰な使用や乱用は、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」を増やすことに繋がります。
アメリカ疾病予防管理センターのFleming-Dutra氏らによると、2010年から11年にかけて米国における外来患者さんへの抗菌薬処方のうち、約30%は不適切だったと言います。14年に世界保健機関(WHO)は、抗菌薬の耐性は世界の多くの地域で無視できない警戒レベルに達しており、早急に対策を講じなけれは、これまで治療可能だった一般的な感染症や軽傷で命を落としうるという時代へ世界は逆戻りすると指摘しました。
日本の現状はどうか、というと、抗菌薬はウイルス性の風邪には効かないにもかかわらず、患者から強く求められると処方している診療所が約6割を占めていることが、今年6月、日本化学療法学会と日本感染症学会の合同調査委員会の調べでわかりました。さらに、ウイルス性の風邪と診断した患者やその家族が抗菌薬を希望した場合、12.7%の診療所は希望通り処方し、50.4%の診療所は抗菌薬が不要であることを説明しても納得を得られなければ処方していたのです。
また、今年の10月末には、風邪で受診した際に本来は効果のない抗菌薬を処方してほしいと考える人が30.1%を占めていたことが、国立国際医療研究センターによる抗菌薬に関するアンケート調査も公表されました。また、「抗菌薬が風邪に有用」と答えた人は49.9%、「インフルエンザに有用」と答えた人は49.2%と、ほぼ半数の人が誤って認識していることが判明したのです。
さらに、抗菌薬の乱用は、私たちが共存している細菌にも影響を与えることが近年わかってきています。13年、ニューヨーク大学医学部のTrasande医師らは、2歳までの子どもへの抗菌薬の使用とその後の肥満傾向について1万1532人を対象に調べたところ、生後6カ月以内に抗菌薬を処方された子どもは、より肥満傾向にあったと報告しました。また、16年にはジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院のSchwartz医師らが、3~18歳の16万3820人の小児の電子健康記録データを解析した結果、前年の1年間の抗生剤処方や抗生剤処方回数が多いこととBMIの上昇が関連していたと報告しました。
もちろん、抗菌薬が必要な時は、子どもであろうと大人であろうと使用する必要があります。必要以上に使用することは、耐性菌の面でも、私たちが共存している細菌への影響の面でもよくないということなのです。
また、抗菌薬は細菌を殺してくれる一方で、副作用ももたらします。個人的なお話で恐縮ですが、私は抗菌薬を飲むと、必ずといっていいほど下痢を引き起こしてしまいます。私の場合、日常生活に支障をきたすほど下痢がひどく、恥ずかしながら、短時間のうちに何度もトイレに駆け込む、なんていうことも多々あります。
下痢は、抗菌薬による副作用の一つとして知られています。私たちは、約100兆個もの細菌と共存しています。細菌同士はバランスを保ち、安定した生態系を構成しています。特に、消化管に生息している細菌を「腸内細菌叢(腸内フローラ)」と呼んでいます。外からきた病原体に対してバリアとして働いたり、正常な免疫システムの維持に大きな役割を担っていることが明らかになりつつあります。けれども、抗菌薬を内服すると、この腸内細菌叢のバランスが崩れてしまい、結果として下痢を引き起こしてしまうのです。
抗菌薬を飲むと、私はカンジダ膣炎もたびたび引き起こしてしまいます。膣内の常在菌であるカンジダという真菌が増えることによっておこる疾患です。14年の小林製薬の調べでは、女性の5人に1人は経験したことがあると回答しています。女性にとっては一般的な疾患の一つと言えます。
カンジダ膣炎の典型的な症状としては、非常に激しいかゆみが出現し、白く濁ったおりものが増えることが特徴です。膣や外陰部も、消化管内と同様に菌同士がバランスをとって共存していますが、抗菌薬の内服、ストレスや疲れなどによる免疫の低下やホルモンバランスの変化によって菌同士のバランスが崩れてしまうと、カンジダが異常に増殖してしまうのです。
このように抗菌薬は細菌を殺してくれる一方で、副作用として様々な症状を引き起こします。2015年に全日本民医連に報告された抗生物質(抗菌薬のうち細菌や真菌といった生き物から作られるもの)による副作用193件のうち、最も多い副作用は発疹(112件)であり、ついで肝障害(24件)、下痢(10件)、口内炎(7件)と続いていました。他にも、腎障害や聴力障害、嘔吐や嘔気と言った消化器症状など、報告されている副作用は多岐に渡ります。
こうした自身の経験もあり、ウイルスによる風邪に対しては、抗菌薬の内服は必要なく、休養して体力を回復させること、そして水分補給や栄養補給をしっかり行うことが大切であることを丁寧に説明するように心がけています。
抗菌薬はもちろんですが、薬には「リスク」と「ベネフィット」があります。過度に薬を恐れる必要もありませんが、内服を自己判断で中止することなく、医師の指示に従って内服することが大切です。参考にしてみてくださいね。