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vol 86 過労死寸前の開業医を襲う「24時間電話対応」

医療ガバナンス学会 (2010年3月5日 07:00)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田智裕
2010年3月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2月10日、今年の診療報酬改定を巡る、最後の中医協総会が開かれました。支払い側と診療側が議論する最中に診療側の委員全員が退席し、会議が一時休会になるという事態が発生しました。
争点となったのは、「再診料を病院・診療所とも69点で統一」するという部分でした。これに診療側が強く抗議し、退席したのです。結局、診療側は着席したのですが、「(この件については)コメントしない」とし、多数決での敗北を避けることで総会が成立しました。その結果、再診料の69点での統一が決定しました。それまで診療所の再診料は71点(710円)でした。診療所はそれでも普通のやり方では採算が取れなかったのに、さらに690円へと引き下げられたのです。
この改定について、新聞各紙は「政権交代の成果」だと報道しました。診療側が反対した理由をきちんと理解した上で賞賛しているのであれば問題ありません。しかし、「診療報酬明細書の無料発行」(前回コラム 「誰が読む?気が遠くなるほど詳細な領収書 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2760 」を参照ください)と同じく、とても現場の事情が理解されているとは思えないのです。

【病院と診療所は同じ料金設定にすべき?】
再診料を巡る議論は、「(病院と診療所で)同一の医療サービスを受けたら、同じ料金にするのが基本」という支払い側の主張の検討から始まりました。
でも、病院と診療所はそもそも機能、収益源が異なっています。病院は検査や入院、手術などが収益の柱ですが、診療所は外来診察料が主な収益源です。機能と収益源が異なる医療機関の値段を統一するのは、無理があるのです。タクシーの基本料金だって、普通車が710円、中型車が660円と車のサイズによって値段に違いがあります。それと同じことです。
そこで、診療側は「病院の再診料を引き上げて、診療所と合わせる」ことで、支払い側の主張に応えることにしました。しかし、2009年末の「事業仕分け」を経て、「診療所の開業医が実際の労働以上に厚遇されているから、診療所の再診料を下げる」ことが前提となり、議論は進んでいきます。

【過労死基準を大きく超える開業医の労働】
しかし、これは開業医の収入のみならず、開業医の労働時間を理解していないとしか思えない前提です(開業医の収入については関連コラム「整形外科・眼科・皮膚科の開業医は稼ぎすぎ? http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2179 」「開業医の給与は高すぎる? http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1159 」をご参照ください)。
診療時間が9~12時、15~17時という一般的な診療所を考えてみましょう。午前の診療が12時で終了といっても、実際には12時どころか13時過ぎまで診療が食い込むのは日常茶飯事です。また、昼休みには予防接種、エコーや内視鏡などの検査、業者との打ち合わせ、訪問診療、市民健診業務などの 仕事があります。
夕方の診療も、インフルエンザ流行時など19時過ぎまでかかることはよくあります。また、そうでなくても、紹介状、診断書、レセプトなどの事務仕事、従業員の勤務表作成、給与計算などの総務的仕事、最新の医学知識を学ぶ研究会参加、夜間休日診療所の当番などもあります。
銀行が15時に閉まるからといって、銀行員の仕事が15時までと思う人はいないでしょう。また、夜6~10時までしか開いていないレストランの従業員が4時間しか働いていないと思う人もいないでしょう。オープン時間はあくまでもオープン時間であり、勤務時間とは別物なのです。
産婦人科勤務医の1カ月労働時間341時間には及びませんが、開業医の月平均勤務時間は252時間に達します。「時間外労働時間80時間以上」という過労死基準を大きく超えているのです。
そもそも診療報酬を病院へ重点的に配分したいのであれば、病院の点数を増やすべきであって、診療所の再診料を引き下げる必要はありません。
「開業医が厚遇である」ことを裏付ける厚生労働省のデータは、あまりにも恣意的なものです。そのデータを基に「診療所の再診料を下げる」と言われても、素直に受け入れることはできません。それに、今回は病院への配分のために800億円の予算がついているのです。診療所の再診料を引き下げる必要はなかったわけですから、なおさらです。

【開業医をさらに苦しめる「地域医療貢献加算」】
支払い側と診療側の議論はまとまらないまま平行線をたどりました。1月19日には、「時間外に患者からの電話問い合わせに応じている診療所に対し、報酬を加算する」という仲裁案が提示されました。これが今回決定された「地域医療貢献加算」(30円)です。
これにより、診療所の再診料は、マイナス20円とプラス30円で、差し引き10円のプラスになります。しかし、「地域医療貢献加算」を得るためには、ただでさえ過労死基準を超える水準で働いている開業医が、24時間365日、かかりつけ患者からの電話に対応しなければなりません。
1日平均70人前後の診察をしている開業医の場合、一体どうなるのでしょうか?
帰宅後の夜10時に「夜分遅くすみません。明日の予約のキャンセルをお願いします」。そして、眠りについた夜中の2時に、「夜中にすみません。ずっと我慢してたんですけど、腹痛で眠れないんです」。さらに数時間後の朝6時に、「朝早くすみません。夜中は悪いと思ってずっと待っていたんですけど、便 秘でお腹が苦しくて・・・」。
これが365日続くわけです。これらの仕事に対する報酬が最大で1日に「30円×70=2100円」にしかならないのもさることながら、こんなことを続けられないのは明白です。実施されれば、良心的な開業医から真っ先に倒れていなくなることでしょう。
そもそも、かかりつけ患者への時間外の対応は、「喜んでもらえるから」「信頼されているから」自発的に開業医が行なうことであり、「30円加算されるから」「決まりだから」行う筋合いのものではないはずなのです。

【2つの改訂は医療崩壊をますます加速させるだけなのでは】
現在の日本では、再診料を含めた外来1人当たりの医療費単価は約7000円です。ちなみに、米国では約6万2000円、英国では約2万5000円となります。諸外国と比較すると、日本の診療報酬がいかに低いかが分かっていただけるのではないでしょうか?
これだけ低いと、経営を成り立たせるためには、医師は最低でも1日に40~50名程度の診察をこなさざるを得ません。その結果、日本の医師1人当たりの年間外来診察数は、約8500名にもなるのです(OECD加盟諸国の平均は2421名です)。
診療側は、単価7000円を米国並みに10倍にしろと主張していたわけではありません。ものごとには適正な値段の設定が必要です。「もっと単価を下げて数をこなせ」というのは現実的ではないのです。
今回の診療報酬改訂では、「診療報酬明細書の無料発行」と「病院と診療所の再診料統一」が大きな成果として挙げられています。現場にいる私にとっては、この2つの成果は医療再生につながるどころか、医療崩壊を加速させるだけのような気がしてならないのでした。

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