医療ガバナンス学会 (2010年3月6日 07:00)
国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部
医長
勝俣範之
2010年3月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【2月19日の厚生労働委員会】
話の元は、先月2月19日に行われた厚生労働委員会である。足立厚生労働大臣政務官が、同じ民主党宮崎岳志議員からの質問に答弁したものであるが、「卵巣がんのジェムザールを、中略~やはりこれはしっかりした治験が必要であろうと、そのように思っております」と述べ、この後、卵巣がんに対して、治験を行うべく企業とPMDA(医薬品総合機構)が相談を始めているということである。足立政務官は優秀な外科医と聞いているが、抗がん剤は専門ではない。ましてや、卵巣がんという比較的マイナーな疾患に関して、どれほどの知識があるというのだろうか?おそらくは、専門家にも聞いたのであろうが、危惧するのは、厚生労働省官僚の言うなりになっていないか?また、卵巣がんの治療開発を世界的視野から判断できるきちんとした専門家の意見を聞いたのか?というところがひっかかる。
【未承認薬と適応外薬の違い】
ドラッグラグは、薬害と並んで日本の薬事行政のふがいなさが原因となっており、もはやドラッグラグは「第二の薬害」であると言ってよいと思う。とんでもない薬を承認して、副作用の被害を出す薬害と同様、良い薬を承認しないで患者に不利益をもたらすのも「薬害」と考えられる。もちろん、「安全性」を第一に考え、危ない薬をむやみに承認しないというスタンスは大切である。だからといって、「日本の卵巣がん患者にジェムザールの安全性が確かめられていないから治験が必要である」という短絡的な思考には気をつけた方がよい。治験とは何か?治験以外の方法はないのか?など、日本の薬事行政の諸事情を理解してから考えてみることが必要である。薬害問題を解決する上で、世界の情勢・情報をいち早く取り入れることが解決の鍵を握っていたように、ドラッグラグも世界各国の対応を学ぶことによって、解決の糸口は簡単に見つかる。
まず、未承認薬問題と適応外薬問題は全く別の問題であるので話を分けて考える必要がある。未承認薬とは、薬事法に基づいて日本でどの疾患にも承認されていない薬剤のことであるが、未承認薬に対する解決策は治験活性化計画などあちこちで議論されているので、ここでは議論しないが、日本での治験が必須となるところである。いわゆる「ドラッグラグが3-4年ある」というところの話は、未承認薬の話である。それに対して、適応外薬というのは、ある疾患で承認され治験も済んでいるが、他の疾患に対して、適応がない薬剤のことである。適応外薬に対しても、全て「治験」が必要なのだろうか?
【治験とは何か】
「治験」とは元々治療の臨床試験の略だというが、日本では、「薬事法上の承認を得るための臨床試験」のことを言う。「治験を行い、薬事法の承認」を得るためには、厳密な安全性・有効性を検証しようとする臨床試験を行い、薬事法に基づいた膨大な資料の作成をし、薬学・医学・生物統計学の各専門家からの厳密な審査を経て初めて承認となる。治験を行う企業はもちろん、審査を行う国側も莫大な時間・労働力・費用が必要となる。それだから、一つの治験を行い、承認を得るまでに、最低数億円はかかる。人間に対して最初に承認して使えるようにするのだから、それくらい厳密な過程があって当然である。しかし、一度承認した薬剤を他の疾患に対して承認しようとする際には、これほどまで厳密にする必要はなく、簡略化できるようにすればよいことは誰が考えても理解できる。
【適応外薬の海外での対応方法】
海外で承認審査を行っているのは、米国FDA(米国食品医薬品局)、欧州EMEA(欧州医薬品審査庁)であるが、そもそも、全ての疾患、薬剤に対して、FDAやEMEAは、逐一審査をしていない。シスプラチンという抗がん剤を例にとると、FDAはシスプラチンに対して、3つの疾患しか承認していない。シスプラチンが標準治療である肺がんの承認もしていない。かたや日本は、20の疾患に承認している。日本のPMDAは、FDAの1/10の規模の審査員だと言われるのに日本でまともな治験とその承認審査ができていたかは、はなはだ疑問ではあるが、では、米国では肺がんにシスプラチンは使えないのか、というともちろん使える。
海外では、要は、薬事承認と保険支払いは別になっており、適応外薬の対応方法として、主要な疾患に承認されたら、後は主要なpeer reviewジャーナルに載るような臨床試験のエビデンスがあれば、順次保険適応とされるしくみが確立されている。米国では、法律で、適応外薬は治験以外での臨床試験の何らかのエビデンスがあれば、保険(メディケア・メディケイドなどの公的保険を含む)償還を認めることが定められている。具体的には、政府が指定した薬剤一覧に記載があるものは保険で認められる。抗がん剤の例だと、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)という全米21のがんセンターの代表が集まってつくったNPO団体があるが、NCCNは各種がんの治療ガイドラインの他、ガイドラインに基づいた薬剤一覧集(NCCN drugs & Biologics Compendium)を作成しており、ここに載せられた薬剤は、保険適応されることになるので、医師はガイドラインに載るような良いエビデンスをつくる(臨床試験をする)ことのモチベーションにもつながっている。NCCNの薬剤一覧集は有効なエビデンスが出ると数ヶ月以内にすぐに更新されるので、日進月歩する抗がん剤の進歩にタイムリーに準拠し、患者さんへすぐに還元できるシステムとなっている。
【日本の適応外薬の対応方法】
薬事承認と保険適応が一体となっている国は日本以外存在しない。日本では、適応外薬もすべて現場で使用するためには、結局、薬事法に基づく承認が必要とされている。悪く言うと、臨床現場では最新のエビデンスに基づく診療をいち早く取り入れたいが、薬剤の承認は、現場もエビデンスも全く知らない役人の権限に牛耳られていて、国民に還元できていないシステムになっている。日本では、治験で承認申請する他に、「二課長通知」による公知申請で行う承認申請方法(※MRIC vol 35参照)があるが、これは、治験をせずとも公知なエビデンスがあれば承認を認める、というしくみである。しかし、「二課長通知」による公知申請は、薬剤申請の通常ルートではなく、限定的なルートとしてしか使えず、最終的には、企業が申請し、PMDAの審査・厚生労働省の承認が必要であることになっており、海外のような最新のエビデンスを、タイムリーに医療現場にもたらすようなシステムは構築されていない。平成16年(2004年)に厚生労働省内に抗がん剤併用療法委員会が設置され、「二課長通知」による公知申請方法により、19の抗がん剤が承認された(抗がん剤併用療法に関する報告書についてhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0521-5.html)が、それ以来、結局適応外薬に対する抜本的な対策が講じられることがなかった結果、6年経って、かなりの薬剤のドラッグラグがたまってきた結果、2月8日の未承認薬・適応外薬検討会(http://lohasmedical.jp/news/2010/02/11130519.php?page=1)で取り上げられる結果となったわけである。