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vol 88 適応外薬品を何とかしないとドラッグラグはなくならない!! 卵巣がんのジェムザール治験に思う (下)

医療ガバナンス学会 (2010年3月7日 07:00)


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国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部
医長
勝俣範之
2010年3月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【卵巣がんにジェムザールの治験をやることの無駄】
ジェムザールは、1996年に世界で初めて膵臓がん治療薬として承認され、日本では、1998年に肺がんに承認されている。膵臓がんには、当初適応がなく、当時5万人の患者の署名が集まり、米国から5年遅れて、2001年に膵臓がんに承認となっている。以後、膀胱がんや乳がんにも承認され、我々のような腫瘍内科医にとっては、副作用も血液毒性以外の目立った副作用はなく、外来治療でも使いやすい、多くのがん腫で使われるなじみの抗がん剤の一つである。発売から10年が過ぎ、もうすぐジェネリックが出るという薬剤でもある。卵巣がんに対する適応は、海外では既に81ヶ国以上あり、先進国はおろか、東南アジア、アフリカ諸国もほとんど承認し、適応されないのは、日本か北朝鮮かというレベルになってきている。
ジェムザールの卵巣がんに対するエビデンスとしては、2006年に始めてランダム化比較試験が報告された。この試験は、ドイツの臨床研究グループが主体となり、欧州とカナダの多施設共同試験として行われたものである。再発卵巣がん患者356名を対象に、コントロール群のカルボプラチン単独とカルボプラチン+ジェムザール併用療法との比較で、カルボプラチン+ジェムザール併用療法が無増悪生存期間で有意に上回ったという結果が得られている。この臨床試験の特徴は、企業主導の治験として行われたのではなく、日本で言うところの医師主導治験の形で行われた。卵巣がんの罹患患者数は、女性で世界的に第6番目に多い(日本では10番目)がん腫であり、乳がんや肺がん、大腸がんに比べると圧倒的に少ない。そのため、企業主導の治験の対象となるのは、数が多い乳がん、肺がんなどが中心となる。企業としてみれば、マーケットが大きいがん腫を治験対象にした方が営業利益が大きいので企業戦略としてみれば無理もないことである。というわけで、海外でも卵巣がんが企業治験になることは少ないわけで、比較的罹患数が少なく、企業治験ができにくいがん腫については、この試験のような医師主導治験という形を、国全体でサポートする体制で行ったり、上述したように治験せずとも、適応外薬として保険で認めたりしているのである。卵巣がんに対するジェムザールは、2004年にEMEAが承認しているが、米国FDAは実は、自国で治験をすることなく、欧州のデータのみで、2006年に承認している。このあたりは、欧州のデータの質を評価して、ということであると考えられるが、卵巣がんという比較的稀少な疾患であり、かつ化学療法に感受性が高いが、難治性癌であることの特性も考慮した専門家の判断であることが理解できる。無駄な治験・臨床試験を繰り返さないと考えるところも合理的判断と思われる。その後、卵巣がんに対するジェムザールは、ドキシルとのランダム化比較試験も2つ報告されており、ドキシルとほぼ匹敵する治療成績が得られ、卵巣がんに対するセカンドライン化学療法の地位を確保したと言える。これらのエビデンスを基に、卵巣がんに対するジェムザールは、世界のガイドラインにも記載があり、日本の卵巣がん治療ガイドラインにも記載されており(日本婦人科腫瘍学会2007年度版)、もはや標準治療薬の一つとして考えてよいと思われる。
このような標準治療になっている薬剤に対して、元々、欧州、米国でもやっていない企業治験をやらせ、それをわざわざまた国の税金を使って、審査・承認をやることは国の税金の無駄遣いとしか言いようがない。発売から10年以上も経ち、もうすぐジェネリックが出るという薬剤を治験としてやって得をするのは誰なのか?治験開始から承認までまたおそらく数年のドラッグラグが発生することは目に見えている。患者さんをこれ以上ドラッグラグに苦しませるつもりか? 企業もいい迷惑である。こんな薬剤の治験のために数億円捻出させることは、日本企業の開発力をますます低下させる。ただでさえ、日本企業は世界から相手にされなくなってきているのにそれに拍車をかける。研究者にとっても、今さら卵巣がんのジェムザールの治験をやっても、世界の誰も引用してくれないデータを出すだけであり、モチベーションも何もわかない。治療開発の点からも、現在、卵巣がんでもやっとPARP阻害剤などの非常に期待のある分子標的薬剤が複数日本へ開発・導入されつつあるのに、こんな治験をやらされるようだと国際化する治験にまた乗り遅れてしまう。ジェムザールを治験でやり、喜ぶ人は誰かと考えると、適応外薬まで薬事承認をと自分たちの既得権益を守ろうとする厚生官僚か、日本人特殊論に固執し、全ての疾患に対する日本人の治験データを見るのを趣味としている薬学系厚生官僚のたぐいぐらいかと考えてしまう。

【ではどうしたらよいのか?】
さて、日本でどうすべきか?ジェムザールのような薬剤は薬事承認を得るための面倒な治験をすることなく、海外と同じようにさっさと保険適応にすればよいと思う。卵巣がん薬事法承認された=保険適応のある薬剤しか使えない融通の利かない規則の抜け道として、55年通知(※MRIC vol 35参照)というものがある。一般の臨床医にはほとんど知られていないが、要は、薬事承認された以外の適用でも医師の判断で、保険適応を認めてよいという内容である。日本の医療現場は、この矛盾したダブルスタンダードで成り立っている。医療現場では適応外使用なくしてやってられない。薬事承認が医学の進歩に追いついていっていないので、そのような現象が生じている。実際、薬事承認だけの適応で医療をするととんでもないことになる。胸腺がんや原発不明がんの患者は、抗がん剤の適応が一つも取れていないので、抗がん剤が使えない。がん性脊髄圧迫症候群になったら、ステロイド剤が使えないので、四肢麻痺になったらそのままである。胸膜癒着にミノミマイシンも使えない。実際の現場は、堂々と使っているし、また、各地域の保険支払基金も審査しているのは医師なので、よっぽどひどいことをしない限りは、保険査定することなしに、大目に見てくれている。このことは、先日の厚生労働委員会でも磯部薬剤管理官も認めている(http://lohasmedical.jp/news/2010/02/11130519.php?page=2)。要は、55年通知を今のままあいまいに用いないで、保険局医療課がガイドラインにも書いてあるようなエビデンスに基づいた診療に対しては、保険適応を認めるよう各保険支払基金に指導すればよい。もっと、システマティックにやるためには、日本でもNCCN drugs & Biologics Compendiumのようなガイドラインに基づいた薬剤一覧集をつくり、そこに載せられた薬剤はすぐに保険適応にするしくみを確立させることである。日本でも各種ガイドラインは既にできているので、薬剤一覧集をつくることはそう難しいことではない。要はそこに、利権がからまないようにしっかりコントロールされ、科学的エビデンスのみを重視した組織でつくりあげることが大切である。

【私の利益相反】
ここまで書くと、筆者は当該企業から利益享受を受けているのではないかと思われてしまうかもしれないので、筆者の利益相反を明らかにしておきたいが、筆者は3年前(2007年)に1度当該企業に招かれて講演をし、謝礼をもらっているが、その際のテーマは、「外来化学療法のマネージメント」であった。実際のところは、ここ数年間は、ジェムザールの対抗馬となるようなドキシルやイリノテカンなどをもっている企業からの講演依頼による謝礼(とは言っても国立がんセンターは1時間2万円だが)が多い。個人的にはどこの企業の利益誘導をしたいという気はさらさらない(と言うかそれほどもらっていない)。

【最後に】
2月8日より、ドラッグラグ解決のために、未承認薬・適応外薬検討会が始まっている。あげられてきている薬剤はほとんどが適応外薬と聞いている。検討会では、治験にするか、公知申請にするか振り分けを決めることしかしないらしいが、適応外薬問題の根本的解決につながる議論をしてほしい。日本では、抗がん剤の専門医が極めて少ない状況にあることはよく知られていることと思われるが、婦人科がんの抗がん剤の専門家となると数えるくらいしかいなくなる。現場からの声がより反映されるような議論になってほしいし、世界的観点から日本の国益、日本の国民・患者を守るにはどうしたらよいかを真剣に考えてほしいと思う。

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