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臨時vol 5 「インタビュー 治験と個人輸入、情報断絶のワナ」

医療ガバナンス学会 (2006年2月28日 21:02)


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2006年2月28日発行
宮腰重三郎・虎の門病院血液科医師
MRICインタビュー vol.4
聞き手・川口恭(ロハスメディア)
未承認薬問題にメスを入れました。
今回は医師の声、そして、注目の次回は、輸入業者側の声です!!

未承認薬のベルケードで重篤な肺障害の起きることを発見・発表した宮腰医師
に、その間の経緯と、浮かび上がった課題について伺った。

―― まず事実経過を教えてください。

治療抵抗性の多発性骨髄腫に治験を実施中だった「ベルケード」(一般名ボル
テゾミブ)を、04年6月から個人輸入して受け持ち患者さん計5人に使っていた
ところ、3回重篤な肺障害が発生したのです。ちなみにベルケードはFDAで承
認されたのが03年5月、輸入が可能になったのが03年6月です。日本でも今年の
夏には承認されると聴いています。基本的には非常に良い薬です。

エピソードを順に説明しますと、05年4月に1回目の肺障害が発生しました。
この時には有害事象と思い至らず、ステロイドの大量投与で回復したので、翌5
月に同じ患者さんにベルケードの2コース目を開始したところ、ドカンと2回目
の肺障害が発生し、不幸にしてお亡くなりになりました。この時、合併症の治療
として考えられるすべての手を打ったのに良くならなかったことと、肺の両側に
均等に炎症が起きていたこととで、少なくとも何か全身性の原因に違いないと薬
剤性に思い至ったわけです。

ただし、そんな副作用があるという話は聴いていませんでしたから、半信半疑
で治験元のヤンセンファーマ株式会社に報告したところ、実は治験でも30例中1
例の死亡が出ていると知らされたのです。やはり起きることがあるんだな、とい
うのが率直な感想でした。

10月になって2人目、3回目の肺障害が発生します。この時は起きた瞬間にピ
ンと来まして、ただちにステロイドの大量投与を行い、幸いこの患者さんは今元
気です。

さすがに5人のうち2人計3回はおかしいと思い、医薬品医療機器総合機構と
ヤンセンファーマ、それから個人輸入代行のRHCの三者に連絡しました。情報
交換していくうちに、実は治験実施施設外の順天堂大学病院や自治医大病院でも
死亡が1例ずつ出ていることを知りました。主治医の方々はさすがで、何だかお
かしいとは思っていたそうです。その2施設に足を運び、レントゲン画像や臨床
経過を見せてもらいながら、お話を伺ったところ虎の門の事例と全く同じなので
す。3施設で13例中4例の重篤な肺障害というのは、明らかにおかしいだろうと
思いました。

日本血液学会、日本臨床血液学会の先生方にも事情を説明しまして、10月末に
日本臨床血液学会として調査のお願いを出していただきました。また、この少し
前に治験中の薬としては異例のことですがヤンセンファーマのホームページに安
全性情報が掲載されました。

学会のアンケート開始が11月16日、3週間後の12月8日に代議員あてに結果報
告があり、12月12日に学会のホームページに結果が掲載されると同時に朝日新聞
で報道されました。途中、11月16日に治験分は入れない個人輸入分のデータをま
とめて「Blood」に投稿しました。また11月21日には、ボルテゾミブに関する第
三者評価委員会というものが開催され、全例に共通した所見があり有害事象の可
能性が高いという判断がなされています。現在は学会の第二次アンケートが実施
中です。

―― 大変なスピードで進みましたね。

学会として動いていただけたのは画期的なことだったと思います。私自身は、
有害事象が起きうることを知らずに使っている先生方に早く注意喚起をしたいと、
とにかく急いだというのがあります。私の場合、2人目は救命できましたが、1
人目は救えなかったわけです。この経験を知らないと、私がしたように、他の合
併症の可能性を潰していくうちに手遅れになってしまう危険があります。学会員
の先生方にも危機感を共有していただけたようで、本当にあっという間にデータ
が集まってきました。
―― 新聞報道されました。

全米血液学会に参加するため成田へ向かう車の中で取材の電話がかかってきま
した。朝日新聞がかぎつけているとは聞いてましたけれど、実際に電話がかかっ
てきた時は驚きました。ただ、変な採り上げられ方はしてほしくないと思ったの
で、決して悪い薬ではないですよと懸命に説明したつもりです。記者には、早く
認可されて安全に使っていただくことが大切で、記事が大きくならなくてもいい
じゃないですか、と言いました。

幸い、掲載されたのが日曜日の3面と控えめだったことで、恐れていたような
騒ぎにはならずにホッとしました。

――Bloodにも論文掲載されました。

この報告は、我々は2005年10月中に情報収集した13例についてまとめたも
のですが、先ほども申し上げたように、できるだけ早く世界中の人に知らせたい
という気持ちで、急いで書き上げました。

――やはり、薬の副作用には人種差があるのですね。

これは、この先の研究を待たなければ断定できません。というのが、全米血液
学会で米国の医師に尋ねてみたら、彼らも肺障害の事例は経験していると言うん
です。ただし、もともと全身状態のよくない患者さんだから、そういうことも起
きうるという解釈なんですね。我々が見た13例中4例というのは事実ではありま
すが、偶然強烈な集団を捉えてしまっただけかもしれません。

―― なるほど。新薬承認の際に、日本人での治験を省略してはいけない、とい
う事例なのかと思ってました。

そう解釈する人もいるでしょうが、私が治験に関して持っている問題意識は、
むしろ欧米と承認にタイムラグがありすぎることです。目の前の患者さんに打つ
手がなくて、海外に効くかもしれない薬がある。しかも患者さんが使ってほしい
と望む、こうなったら我々は個人輸入してでも使ってあげたいという医師は多く
いると思います。だから、治験の患者さんと個人輸入の患者さんがかなりの長期
間、同時に存在することになります。そして、治験での安全性情報と個人輸入で
の安全性情報が全く別個にあって、お互いに情報交換していないのが現状ではな
いでしょうか。

今回はたまたまヤンセンファーマが協力的で情報を取りまとめてくれたから良
かったですが、実際は承認前の薬剤に関して、情報収集などに協力する義務はあ
りません。学会が何らかの機能を果たす必要はあるんじゃないかと思います。そ
の意味で、今回は学会の多くの先生方のご協力をいただくことができ、今後のモ
デルケースになるかなと考えています。

治験にも入れないような普通の患者さんに個人輸入で使うから悪いんだ、とい
う意見もあるようですが、患者さんが勉強すればするほど未承認薬を使ってほし
くなるのは仕方ないことだと思うんです。一方で、切れ味鋭い分子標的治療が発
展すればするほど、副作用の起こり方が激しくなり偏りが出るのも仕方ないこと
です。副作用がどのように出て、どのような人に起きたのか、どのように治療し
たのか、この情報を速やかに共有するようなシステムが必要だと思います。
著者ご略歴

1959年 8月 新潟生まれ
1984年 3月聖マリアンナ医科大学卒
4月虎の門病院内科研修医
以降虎の門病院 血液科にて血液疾患診断・治療に従事
2006年 4月 東京都老人医療センター 血液科

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