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vol 91 「未承認薬のコンパッショネート使用」の早期制度化を

医療ガバナンス学会 (2010年3月10日 08:00)


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京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻・健康情報学分野
寺岡 章雄

2010年3月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


わたしは京大SPH(School of Public Health)の専門職学位課程大学院生として、日本・世界の薬事制度・医薬品政策を研究テーマとしている。
「未承認薬のコンパッショネート使用)(compassionate use of unapproved drug: CU)は、命を脅かす疾患や強度の衰弱をもたらす疾患などで治療手段が他になく、臨床試験への参加もできない患者に、未承認薬へのアクセスを可能にする公的な制度である。

日本にはこの制度がなく、そのような場合に患者・家族・医師がとり得る手立ては、安全管理など問題の多い「個人輸入」しかない。2007年7月、厚労省の「有効で安全な医薬品を迅速に供給するための検討会」が、保健衛生上必要な方策として、CUの導入に向けて検討を開始すべきと提言した。しかし、その後具体化に向けてあまり進展していない。

わたしは共同研究者とともに、このCUについて、米国・EU・韓国での歴史的経緯と現状、日本において限られた分野ではあるが未承認薬への公的アクセスが実施されている事例などについて調査し、日本における制度設計に当たっての論点と提言を含め、「未承認薬のコンパッショネート使用―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか」としてまとめ発表した1)。以下に内容を紹介しながら日本における「未承認薬のコンパッショネート使用」が早期に制度化されるよう訴えたい。

【米国FDAはこの70余年一貫して患者からのアクセスに尽力】
米国では、研究用薬を治療に使用する形でのCUが発展してきた。1938年に連邦食品医薬品法で研究用薬を規制する権限を得た食品医薬品庁(FDA)は、これらの患者に対する研究用薬の人道的供給に以後一貫して努めてきている。

エイズの大流行を受けて1987年には研究用薬の治療使用(Treatment IND)が法制化された(21CFR312.34)。CUには、「患者のアクセスの保証」と「安全管理・患者保護」それに有効性・安全性を確認して販売承認する上で必要な「比較臨床試験の遂行を妨げない」との過不足のないバランスが求められる。

FDAは2009年8月、どんな環境にいる患者でもアクセスしやすくするための規則改定とともに、企業が料金請求する場合の規則を定めた(いずれもFinal rule)。後者では有償とする場合はFDAの承認を必要とするなど患者負担の軽減を図るとともに、有償供与が臨床試験の遂行を妨げないことを提出された臨床試験計画書で厳しくチェックしている。最近では、FDAは2010年2月23日にOffice of Special Health Issues(OSCI)主催で、制度の説明を行うと共に患者・家族の相談に乗るWebinarを開催している。

【EUは法体系で上位のRegulationにCUを位置づけ、運営は加盟各国にゆだねる形】
EU各国でも、未承認薬のアクセスの関心は高く、各国またはEUレベルで種々の制度が作られている。EU各国では米国と異なり、外国では承認されているが国内では承認されていない未承認薬を、必要な患者に輸入して供給する形を主として制度が形作られてきた。

米国での「研究用薬の治療使用」としてのCUが法制化されてから2年後の1989年に、EUは加盟各国での法制化を促進するDirective(指令)を出し、加盟15か国は1990年代にそれぞれの国の環境に応じてCUを法制化した。2004年には、加盟国が25か国に拡大する機会に医薬品欧州政策が策定され、患者・市民の運動で「コンパッショネート使用」がEUの法体系でも上位のRegulation(規則)に位置付けられた(EC726/2004、83条)。1989年のEU指令ではCUは主として個々の患者を対象としたものが想定されていたが、2004年のEU規則では患者集団を想定したものとなっている。

いずれにしても中央化が進んだ新薬承認制度とは異なりCUでは制度の統一はせず、EUとして基本的な理念などは示すものの、制度の具体的な運営は加盟各国にゆだねる形がとられている。フランスではCUの費用が全額保険償還され、他にも全額ないし一部が保険償還される国が多い。

【韓国では政府がオーファンドラッグセンターを創設、Treatment IND制度も導入】
韓国では、未承認薬の人道的供給について制度的な取り組みが進んでいる。

ひとつは、1999年に韓国オーファンドラッグセンター(KDOC)が創設され、外国で承認されている未承認薬を輸入し患者に供給する欧州型のCUを重点に活発な活動を行っている。KDOC は国が設立しNPOが運営しており、薬事法にも条文化されている(91、92条)。

いま一つは、2001年米国で開発段階にあった慢性骨髄性白血病治療薬イマチニブ(グリベック)の好成績を知ったチュンナム大学のカン・ヨンホ教授など韓国の患者が導入を求めて運動した結果、外国でも未承認であったイマチニブが始めて公的に治療目的で使用された。2003年には臨床試験承認制度(IND制度)導入実施と併せ、「研究用薬の治療使用」(Treatment IND)制度が導入され、米国型のCUも整備された(薬事法34条関連施行規則)。

患者たちの運動は医療従事者団体・社会団体・市民団体などの共感を得て、その後もCUの充実や承認後の患者負担の軽減などを求める活発な動きに広まっている。

【日本でも熱帯病薬・エイズ薬・ハンセン病薬で未承認薬の公的供給に実績】
日本は、米国・EU・韓国のようなCUの制度を持たないが、未承認薬の人道的供給が公的に行われてきた疾患分野がある。

熱帯病では、国際交流が活発化し輸入感染病は1970年代後半に明確な増加傾向を示し始めた。治療薬の必要性は高まっていたが、まず患者のために治療薬の確保、流通経路の確立が急務であった。この問題について熱帯病研究者が当時の厚生省薬務局審査課と協議し、熱帯病治療薬研究班(略称)を発足させ、輸入した医薬品を治験薬の形で無償供給するアクセスルートを開くとともに、関連した研究を推進することが決定された。その後研究班の名称などは変わっても現在まで継続されている。

2008年に研究班導入薬剤は延べ106例に使用されており、2009年6月現在の取り扱い薬剤は19剤である。また、研究班のデータを参考に国内承認される薬剤もいくつか生まれている。

エイズは、世界的にもCUの法制化をもたらした疾患であり、熱帯病薬同様対処は急務であった。先行した熱帯病治療薬の経験を生かし、1996年にエイズ治療薬研究班(略称)が組織された。この研究班も名称などは変わっても現在まで継続されている。2007年4月から2008年2月までの11か月間に研究班導入薬剤は271症例に使用され、取扱薬剤は18剤である。両研究班とも、薬剤と治療法についての情報は周知のためインターネットを通じ公開されており、エイズ治療班ウェブサイトへのアクセスは60万件を超えている。エイズ治療薬研究班では、文書の回収・整理・保管などを行う事務局を臨床試験受託機関(CRO)に依頼している。

ハンセン病では、過去に国とドイツのグリュネンタール社が協定(無償供与)を結び、サリドマイドを国立療養所多磨全生園が一括入手し全国のハンセン病療養所に供与がされた。またクロファミジンについても未承認薬であった際に一括入手して使用していたが、これらは歴史的な経験である。

【「未承認薬のコンパッショネート使用」の早期制度化を】
現在、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」など、未承認薬問題への取り組みがなされているが、辻2)3)が記したように、ドラッグラグが全く解消することはあり得ない。必要な医薬品の需要と供給、すなわち「くすりギャップ」の観点から保健衛生の仕組みを考えるとき、命を脅かす疾患や強度の衰弱をもたらす疾患などで治療手段が他になく、臨床試験への参加もできない患者に、未承認薬へのアクセスを例外的に可能にする公的な制度は欠かせない。

日本において「未承認薬のコンパッショネート使用」 (CU)を、どう位置づけ、どう制度設計するかについては文献1で詳細に論じたのでご覧いただければ幸いであるが、本投稿ではその中でも重要と考える事項を箇条書きにしたい。

(1) 国(厚労省)の制度とし、厚労省は「患者のアクセスの保証」と「安全管理・患者保護」「比較臨床試験の遂行を妨げない」との過不足のないバランスを保持する。
(2) 保健衛生の向上を図るという薬事法の本来の目的に添い、未承認薬に対する規制を条文に取り込む。販売の限定的解除とするなどして現在の条文に無理に当てはめない。
(3) 外国からの輸入と国内開発中のもののアクセスとの両方に対応した制度とする。
(4) 外国から輸入の場合の取り扱い業者を資格制にする。
(5) 個々の患者と患者集団の2つのタイプに分け管理するのは合理的である。
(6) 医師の処方のもとで行い、医師が薬剤部を通じ申請し厚労省の承認を取得する(将来的には患者集団タイプは届け出制移行も考慮する)。
(7) 企業が未承認薬を有償にする場合は厚労省の承認を必要とする。
(8) 医師・薬剤師の有害事象報告を義務付ける。
(9) 治療中に生じた重篤な有害事象情報のすみやかな伝達を図る。
(10) 何らかの健康被害救済システムを実現する。

未承認薬の例外的使用システムとしてCUの早期制度化が強く望まれる。

【引用文献】
1) 寺岡章雄・津谷喜一郎. 未承認薬のコンパッショネート使用―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか. 薬理と治療2010: 38(2): 109-150
オンライン版: http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/109-150.pdf
2) 辻香織: ドラッグラグは本当になくなるのか? MRICメールマガジン2009年8月27日
3) 辻香織: 薬価維持特例制度でドラッグラグは解消しない.  MRICメールマガジン2009年12月2日

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