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vol 100 医療での成長戦略を考える: オーダーメード医療とスーパーコンピューター

医療ガバナンス学会 (2010年3月18日 11:00)


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東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門 上 昌広 ※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。 2010年3月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

オピニオン誌「選択」3月号に面白い記事が掲載されました。「スパコンの事業仕分けで出遅れる「オーダーメード医療」」です。簡潔にまとまっており、一読をお奨めします。実は、この記事と同じことを、私自身も感じています。 【ゲノムシークエンス技術の急速な進歩が医療界のパラダイムを転換する】 私は、2005年に国立がんセンター中央病院から東大医科学研究所に異動し、中村祐輔教授、宮野悟教授と出会いました。中村祐輔教授は外科医で、ゲノム医療の専門家。宮野悟教授は数学科の卒業で、スパコンを使いゲノム情報の解析をする異色の研究者です。いずれも、世界的に有名な人物です。 これまで、がん患者の治療に従事してきた私にとって、彼らがもたらす情報は刺激的でした。このような交流を通じ、医学・医療が急速に変わりつつあることを学びましたが、数年の間に、医療分野で「革命的なパラダイム転換」が生じると確信するに至りました。 その原動力は、ゲノムシークエンス技術の急速な進歩です。2010年に販売予定の最先端シークエンサーを用いれば、個人のゲノム情報を1 時間以内で読むことが可能になると言われています。 この技術は未だ発展途上ですが、シークエンス精度は急速に向上し、費用は劇的に低下するでしょう。多くの専門家が、数年以内に個人のシークエンス決定に要する費用は数万円程度になると予想しています。このレベルまで下がれば、臨床に応用可能です。かつて、半導体の世界で、集積回路の密度が18-24ヶ月で倍になる「ムーアの法則」が指摘されましたが、遺伝子研究は、まさに、そのような状況にあります。 余談ですが、科学専門誌「Nature」の表紙は、ゲノム研究が花盛りです。例えば、3/4号は腸内細菌のゲノム、2/18号は最も古い現生人類と言われる南部アフリカ人のゲノム、2/11号はグリーンランドで凍結された状態で発見された古代人のゲノムの研究がカバーを飾っています。ゲノム研究は、科学全般を通じて、もっとも注目されている分野です。 【オーダーメード医療は次世代のプラットフォーム】 多くの薬の効果や副作用は、遺伝子のタイプに影響されるため、ゲノム情報に基づく「オーダーメード医療」は、次世代医療のプラットフォームと目されています。 例えば、抗がん剤やワーファリン(血栓予防薬)の効果は、遺伝子多型の影響を受けることが分かっています。薬剤代謝が遅い人には、投与量を減らしたり、別の薬にかえることで、副作用を未然に防ぐことが可能になります。 また、糖尿病や高血圧の治療薬の効き目が、患者によって異なるのは、遺伝子多型が影響している可能性があります。しかしながら、現時点では、このような個人差は考慮することなく、全ての患者に画一的に治療が行われています。ゲノム研究が進めば、降圧剤や糖尿病薬の使い方を、患者の体質に合わせて微調整することが可能になるでしょう。そうなれば、効かない薬を飲み続けることも減り、医療費抑制にも貢献しそうです。 「規格化」から「オーダーメード」へという流れは、別に医療に限った話ではありません。流通業界や、インターネットビジネスでは、「カスタマイズ」が当たり前になりつつあります。米国は、「個別化医療」の変化への対応に余念がありません。リーダーはオバマ大統領です。2006年の上院議員時代には、「The Genomic and Personalized Act of 2006」という法案を提出しました。オバマは、4年前に法案まで準備していたのですから、彼我の実力差を痛感します。また、オバマは、2009年8月に国立衛生研究所(NIH)長官に、ヒト・ゲノムプロジェクトの責任者であったフランシス・コリンズを任用しています。この人事は、オバマ政権の方向性を象徴しています。 【スパコンを用いた情報処理が必要】 「オーダーメード医療」のプラットフォームを制することが、米国の国益に適うのは言うまでもありません。ウィンドウズやグーグルをイメージすると、そのインパクトがお分かりでしょう。ところが、この技術を確立するのは、ゲノム解読技術だけでは不十分です。大量の情報を処理する情報機器(スパコン)と人材の育成が必要です。米国は、こちらにも余念がありません。 2003年にヒトゲノムが解読された直後、米国NIHは”Roadmap for Biomedical Research”を発表しました。そこには、”Biology is changing fast into a science of information management”というメッセージを出し、今後、医療・ヘルスケア開発に情報科学が必要不可欠と訴えています。 個人のゲノム情報は、計測の確度などの付加情報もあわせると、約200GBの容量となります。これは標準的なパソコン1台に記録できるぎりぎりの容量です。臨床応用できるようにするには、大規模データの保存システムと、それに直結した大規模メモリ・高速CPUを備えたスパコンの利用体制が必要です。米国はスパコン開発に巨額の予算を計上し、いまや、世界のトップはIBMの Blue Gene が独占しています。かつての日本のお家芸も米国の後塵を拝し、世界ランクのトップ10から姿を消して久しくなります。昨年の事業仕分けでの議論は象徴的です。鈴木寛文科副大臣は、スパコン・クラウド化構想を打ち出していますが、国民の理解が不十分なままでは、実現は難しいと言わざるを得ません。 【電子カルテシステムの充実を】 更に、電子カルテシステムの開発・普及も重大な問題です。ゲノム研究が進み、スパコンで処理出来るようになっても、電子カルテシステムが整備されなければ、患者・医師から情報を収集し、解析結果を還元することが出来ません。ゲノム情報に、患者の生活歴、職業歴や診察所見が加わることで、診断精度、治療効果は上がります。 米国では、マイクロソフト社が電子カルテ業界に参入し、世界標準を目指しているのは周知の事実です。一方、我が国の議論はお寒い限りです。昨年、厚労省は「レセプトのオンライン請求」を義務化しようとしましたが、開業医の反対で頓挫しました。十分な予算をつけず、義務化を強要すれば、現場の医師が反対するのは当たり前です。 医療を成長分野とみなすのであれば、「義務化」ではなく、十分な財源を確保し、情報公開を徹底することで、電子カルテシステムの自律的普及を促進させるべきです。 【ボトルネックは人材育成】 スパコン、電子カルテシステム以上に深刻なのは、人材不足です。特に、情報処理の専門家の数が決定的に不足しています。かつて勝海舟は「軍艦ではなく、船乗りの養成が重要だ」と言いましたが、状況は同じです。 数万人という大規模ゲノム情報を解析し、患者に還元するには、新たな統計的データ解析、情報科学的アルゴリズムを開発できる人材が必要不可欠です。しかしながら、多くの医学系研究者たちには、このような能力はなく、既存のツールを使うに留まっています。私のような、従来型の医学教育を受けたものが、独学で身につけることが出来るレベルではありません。私の知る限り、医学系研究機関で、このような技術を持っているグループは東大医科研 宮野研や理研の鎌谷グループくらいしか知りません。 これでは、世界と伍して戦うことは出来ません。高度な情報処理能力と、その結果を医療に還元するという強い意志を備えた情報科学者の養成が急務です。宮野研、鎌谷研など、幾つかの研究グループに依存しているようでは駄目です。この分野の人材を組織的に養成しなければなりません。今こそ、中学・高校教育に「情報」という課目を新設し、大学に「情報処理学部」を新設することなど考慮すべきだと考えます。

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