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Vol.096 フィリピンとスーダン 言語が語る先人たちの記録

医療ガバナンス学会 (2019年5月29日 06:00)


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秋田大学医学部医学科5年
宮地貴士

2019年5月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

フィリピンの公用語、タガログ語で「ありがとう」を意味する「Salamat po(サラマッポ)」。宿の受付や飲食店で聞く度に、どこかで耳にした感覚があった。ただの記憶違いだと思っていたが、アフリカ・スーダンで聞いたアラビア語の挨拶「アライクマッサラーム」とのつながりを感じたときは心底驚いた。今回のフィリピン滞在記では、タガログ語の「ありがとう」から垣間見えた先人たちの足跡をたどってみる。

言語と同じく、国名の由来を知るのは大変興味深い。「日本」の由来は日本列島が中国大陸から見て東の果てにあり、「太陽が昇る場所=ひのもと=日本」というのが通説である。「ジャパン」はマルコポーロの東北見聞録に記載された「黄金の国ジパング」が由来だと言われている。諸説あるが、当時の中国語で日本は「ジーペン」と呼ばれており、それが「ジパング」となったようである。

「フィリピン」という国名はスペインの皇太子で後の国王フェリペ2世に由来している。タガログ語で「お元気ですか?」は「Kumusta Ka(クムスタ カ)」という。これはどこかで聞き覚えがあるのではないだろうか。そう、スペイン語の「Cómo estás(コモ エスタス)」である。1521年、日本の教科書でもおなじみのマゼランがフィリピン列島(当時はサマール群島)に到着した。マゼランは、フィリピン先住民族との戦闘で死んでしまったが、彼が率いたスペイン艦隊は無時に本国に戻り、世界で初めて地球周航を成功させた。スペインによる植民地支配は1529年から始まった。国名や言語だけでなく、当時の影響は今でも色濃くフィリピン社会に残っている。フィリピンで使われている通貨の「ペソ」。由来はユーロが導入されるまでスペインで使われていた「ペセタ」である。マニラ随一の観光地「イントラムーロス」は植民地時代に作られた城砦都市だ。

スペイン語で「ありがとう」は「Gracias(グラシアス)」である。これはラテン語の「Gratia」に由来しており、「恩恵」を意味している。そのため、タガログ語の「Salamat po」とは語源が異なる。では、こちらは一体どこから来たのだろうか。マゼランが到達するまでにフィリピンに広がっていた文化を調べると、そのヒントが隠されていた。

13世紀以降、イスラム商人は中国やインド・東南アジア諸国、中東やアフリカをつなぐ航路上で海上貿易を行っていた。中国からは絹織物や陶磁器、インド・東南アジア諸国からはコショウやナツメグなどの香辛料。中東からは香水や宝石類など、アフリカからは象牙や金などがよく取引された。ケニアなどの東アフリカ諸国で話されているスワヒリ語は、現地の言葉とアラビア語が混ざってできたといわれている。

当時のフィリピンは東南アジアにおける交易の中心地だった。日本とのつながりも深い。今にも引き継がれる有名なのは、堺出身の呂栄助左衛門によるルソン壺のエピソードだ。彼はフィリピンで使われていた茶壷、ルソン壺を豊臣秀吉に献上した。秀吉の茶頭だった千利休がお茶の葉を入れる壺として使うようになり、壺の商品価値が跳ね上がったといわれている。そのおかげで、呂栄助左衛門は巨万の富を築き上げた。ただ、実はこの壺はルソンで売られていた便器だということが判明し、秀吉が激怒したという伝説もある。

交易の拠点だったフィリピンは、当然イスラム商人の影響も強く受けた。イスラム教が伝わったのは14世紀後半だといわれている。これはあくまで推測だが、当時のイスラム商人が話すアラビア語の挨拶「アライクマッサラーム」が現地人にも受け入れられ、いつの間にか語尾の「サラーム」が「ありがとう」を意味する「Salamat po」になったのではないだろうか。

私は一度、イスラム教徒の国スーダンを訪れたことがある。先月、30年間にわたりトップの座に就いていたバシル大統領が民衆の運動により、辞任に追い込まれたことで話題になった。まだ不安定な情勢が続いているが、名もなきスーダン人たちによる非暴力での民主化を求める運動は、未来に向けて大きな一歩となったことは確かである。白い歯を輝かせて笑顔で挨拶をしてくれるスーダン人が懐かしい。アラビア語では多様な方言があり、挨拶の仕方も各地で異なるようだが、スーダンでは、「アライクマッサラーム」と言われれば「サラームアライクム」といった形で返信をする。「アライクマッサラーム」には「あなたに平和あれ」という意味がある。そう言われた私は、挨拶してくれたことに感謝の意を感じながら「サラームアライクム」と答えていた。この気持ちがタガログ語の「ありがとう=サラマッポ」に引き継がれたのではないだろうか。

歴史は面白い。そして、壮大だ。一見すると何の関係もない、スーダンとフィリピンにも先人たちが築き上げた“交流の証”が残っている。最近はこれら、歴史的なつながりを無視した自国第一主義が台頭している。こんな時代だからこそ、歴史から学び、草の根レベルでの交流を増やしていきたい。

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