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Vol.099 がん診療ガイドライン作成委員に渡った3億円 ~徹底追求医療とカネ:ワセダクロニクルの調査が明かす日本の大問題~

医療ガバナンス学会 (2019年6月3日 06:00)


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この原稿はJbpress(5月13日配信)からの転載です。

齋藤宏章

2019年6月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「がん診療ガイドライン作成委員は製薬企業から年間計3億円の金銭的報酬を得ている」これは私たち研究チームが今年の4月26日に発表した研究結果です。「診療の方針を提言するガイドライン、それと治療薬を販売している製薬会社の関係はどのくらいだろうか。」製薬企業からがん診療ガイドライン委員に対して講演会等の謝礼金として支払われた金額を分析した研究結果は、米国医師会のオープンアクセスジャーナルに掲載されました。今回は日本・アジアで初となる論文の内容を紹介いたします。

●論文のあらすじ

私は仙台で消化器内科医として勤務しつつ、製薬会社が医師に個人的な謝礼金として支払っている金額の実態と分布の研究を進めています。これはワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所が共同で行なっている調査研究となります。医師は製薬企業が主催する講演会の講演料や原稿に対する対価として金銭的報酬を受け取ることがあります。そのような実態を明らかにする取り組み、研究ということです。(MRIC Vol.012製薬企業から医師への謝金、一般無料公開始めましたhttp://medg.jp/mt/?p=8824)
今回、私たちはがん診療ガイドラインに着目し、日本で最も死亡数の多い6つのがんの診療ガイドライン、胃癌(2018年)、大腸癌(2016年) 、肝臓癌 (2017年) 、肺癌 (2017年) 、膵癌 (2016年) 、乳癌 (2018年) の作成委員326人に対して、2016年に製薬企業が支払った金額をまとめました。その結果は、ほとんどの委員(326名中255名)に受け取りがあり、総額が約3億7,800万円にのぼり、製薬企業との関連性の公開の方法は不十分であるというものでした。私たちは論文として結果をまとめ、研究内容は2019年4月26日に、JAMA Network Open誌に掲載されました。JAMA Network Open誌は米国医師会が発行しているオープンアクセスジャーナルです。
(https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2731682?widget=personalizedcontent&previousarticle=0)
論文は同雑誌のホームページ上で公開されていますが、この記事を書いている5月上旬時点で2000件近いページビューがあり、海外のTwitterやブログでも紹介されるなど、大きな反響をいただいています。

●総額3億7,800万、1,000万を超える委員も

私たちの研究では2016年度に製薬会社が講演会や原稿依頼、コンサルタント業務等の対価として支払った金額を対象に、収集して解析を行っています。委員への支払いの総額の内訳は約2億9,600万円が講演料、約6,000万円がコンサルタント費等、約2,000万円が原稿料として支払われていました。受け取った金額の平均は116万円で、17名が550万円以上、3名が 1,100万円以上を受け取っていました。
ガイドライン別にみると、総額と金額を受け取った委員の割合は胃癌ガイドライン(4,800万円、92%)、大腸癌ガイドライン(4,400万円、92%)、肺癌ガイドライン(1億2,700万円、77%)、膵臓癌ガイドライン(3,400万円、76%)、乳癌ガイドライン(5,700万円、75%)、肝臓癌ガイドライン(7,800万円、74%)でした。胃癌と大腸癌の割合が高かったのは他のガイドラインが50-90名程度の委員で組織されているのに対して25名程度と比較的少数であったことが要因の1つかもしれません。
肺癌は最も多い総額となっていましたが、委員長を含め2名が1,000万円を超える金額を受け取っていました。また、全てのガイドラインの委員長に金銭の提供がありました。こうした企業との繋がりに関して、乳癌ガイドラインは個人ごとに製薬会社名をガイドライン中に記載して公表していましたが、大腸癌、膵臓癌、肝臓癌、肺癌ガイドラインは委員全体でまとめて記載をしていました。胃癌ガイドラインは公表するセクションはありませんでした。乳癌ガイドラインの利益相反の公開の基準と、私たちのデータベースを元に計算した金額を比較検討したところ、17名には利益相反の申告の基準以上の受け取りがあり、16名はガイドラインに申告の記載がありましたが、1名はありませんでした。

●ガイドラインとは? 何故がんなのか

ガイドラインは、診療・治療の基本方針やその根拠となる情報をまとめ、医療現場での判断を補助する目的で作成されます。「この疾患の治療方針はガイドラインでは何て書いてあるか知っている?」「最近ガイドラインが改定されて、この癌にはまずこの薬を使用した方が良いとなったね」等々、私も研修医の頃から上級医によく質問をされた記憶があります。もちろん、ガイドラインの元となっている論文に目を通して結果を判断することが必要とされる場面もあります。一方で多くの分野で最新の情報を集め続けることが、時間のない臨床医にとって難しいことも事実です。
日本医療機能評価機構ではガイドラインを以下のように定義しています

“診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書“

必ずしも従う必要はありませんが、最新の情報を集約し、臨床現場の意思決定の判断材料の一つとなるべく作られたものがガイドライン、ということです。
このようにガイドラインは一般の医師の診療行為に大きな影響を及ぼしうるため、その作成には高い公平性が求められます。ガイドラインが特定の販売薬品等を支持するようなことはありませんが、治療方針の記載の結果が製品の売り上げに直結する可能性は考えられるため、特に企業のガイドラインへの関与には厳しい目線が向けられるわけです。このため、ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)はガイドライン出版の36ヶ月前までの企業との関係を著者は明らかにするべきであると定めています。
ではなぜ、私たちはがんのガイドラインに目をつけたのでしょうか。それはがん治療の分野は製薬企業にとっては大きな市場とみなされているからです。日本では2016年には年間37万人の人ががんで亡くなり、99万人が新たにがんと診断されています(国立がんセンターHPより)。高齢化によって今後もがん患者は増加すると見積もられています。また、がん治療そのものの金額も高騰しています。分子標的抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤は効果が期待できる一方で、高額な治療費で知られています。また、より高価な治療薬も続々と登場しています。3月26日にノバルティスファーマの白血病治療薬「キムリア」(tisagenlecleucel)が日本国内で承認されましたが、米国では1回5千万円を超える高額治療として知られています。治療対象となる患者の増加と高度な治療に伴い、日本での癌治療薬の市場は2016年に1兆円を突破したという報告がされています。(https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=59063) このように、製薬会社にとって、大きな市場となる癌分野での売り上げは死活問題となるわけです。したがって、売上に影響を与えうるガイドライン作成に、こうした企業が影響を与えていないかを検討することは非常に大きな意味を持ちます。

特に治療を受ける患者の立場から考えても、ガイドラインの公平性を検討することには大きな意味があります。製薬企業が医師に対して薬の宣伝や販売促進を行うことで、高額な薬剤が処方されやすくなる、あるいは薬の金額そのものの高騰を招いている可能性があるからです。高額な薬剤はそれだけ研究開発にお金がかかっている、と理解されがちですが、実は販売・宣伝費の上乗せが多いのではという意見があるのです。4月に開かれた財務省主計局の分科会では医薬品産業は他業種に比べて営業費用などの販売・管理費のコストが高いことが問題視されました。2016年度の日本の大手製薬会社の販売費・一般管理費は50.8%に及んでおり、これは全産業の18.4%よりはるかに高い割合です。特に、そのうち、研究開発費は31.4%に過ぎず、宣伝費・営業費は64.6%と高い比率であることが報告されました。(ミクス Onlineより)さきに紹介した白血病薬「キムリア」も、実際には1600万円程度で提供でき、価格が高すぎるという分析もあります。(Health AffairsのHPよりDrugs Don’t Work If People Can’t Afford Them: The High Price Of Tisagenlecleucel)。このように医師に対する製薬会社の働きかけが患者の治療費の負担に影響を与えている可能性もあるのです。

●海外の議論との隔たり

さて、研究を進めていくと、このような実態は海外では激しく議論、あるいは批判されている現実を目の当たりにしました。2002年に米国医師会雑誌に掲載された論文(Relationships between authors of clinical practice guidelines and the pharmaceutical industry.  JAMA)では、診療ガイドラインの著者の企業との関係は一般に公開されなければならないが、関係を持つ人が必ずしも除外される必要はなく、その関係性の強さによるとしています。一方で、どのような利益相反であっても企業との関係を持つ人は、診療ガイドライン作成に参加させるべきでないという意見が2009年に同じく米国医師会雑誌に掲載されています(Professional medical associations and their relationships with industry: a proposal for controlling conflict of interest.  JAMA. )。米国以外のドイツやイタリアなどのヨーロッパ、オーストラリアからもガイドラインと利益相反に関する論文が発表されています。
ありがたいことに、JAMA Network Open誌の編集部は私たちの論文を紹介する論説を掲載してくれています。論説を書いてくれたのは豪州のニューサウスウェールズ大学のPhilip B. Mitchell氏です。同氏は、米国で進む企業と医師の関係の透明化の議論を参考に、豪州での利益相反の透明化を促進するべきであるという論文を2009年に執筆しています。論説中でPhilip氏は、「利益相反が多いほど、ガイドライン中の特定の薬物の推奨も増加する」という、100を超えるがん関係のガイドラインを分析したスペインの研究を紹介していいます。ガイドライン著者の利益相反が問題であるという根拠があるわけです。ガイドラインの与える影響が増すなかで、学会や大学は公表されていない利益相反やガイドライン作成者グループで利益相反のある人の割合、リーダーの利益相反について議論を深めるべきだとPhilip氏は主張しています。
海外ではこのように、企業等と医師・ガイドライン作成の関わりのあるべき姿に対して、実際の金銭的なデータを元に頻繁に議論が行われているのです。私たちは今回の研究を通して、日本でも診療ガイドラインと企業との関係に関してより議論を深める必要性を痛感しました。特に、個別の利益相反の公への開示に関して、ガイドライン委員会は広く場を提供し、透明性を高めるべきだと思います。ガイドラインが製薬企業の影響を受けていないということを担保するために、どのような工夫や取り組みが必要か、より活発な議論が望まれるでしょう。
私たちは、今年の2月に日本の主要な医学会理事個人に対して製薬企業が支払った金額を報告しておりますが、その結果は19学会で352名が計7億円以上の受け取りがあるという驚くべきものでした。(Pharmaceutical Company Payments
to Executive Board Members of Professional
Medical Associations in Japan. JAMA Internal medicine

https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2723072)

日本では学会がガイドライン委員会を編成していることも多く、今回のガイドライン委員の研究も、学会と製薬企業との強い結びつきを示唆しているとも考えられます。製薬企業の主催する講演会で多数の講演を行い、多額の謝礼金を得るという構造が広く容認されてきたわけですが、結果として、学会で有名な医師と製薬企業の結びつきが強くなっている状況が考えられます。学会そのものと製薬企業の関係のあり方を見直す動きもあるようですが、私たちも今回の研究を通して、そうした議論を広めていきたいと考えています。
最後に、寄付のお願いをさせてください。
今回の研究は2016年度のデータを元に行なっています。データベースを作成しているNPOジャーナリズム団体のワセダクロニクルは、今年も2017年度のデータベースを作成するべく活動を開始しています。その経費は原則として寄付で賄われています。今後も情報公開を続けていくために、ぜひ皆様のご協力をお願いいたします。ご協力いただける方はぜひ以下のホームページをご覧ください(http://www.wasedachronicle.org/donate/)

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