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vol 104 新型インフルエンザワクチン日米比較―有害事象発生状況の観点から

医療ガバナンス学会 (2010年3月21日 08:00)


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東京大学医科学研究所
中田はる佳
2010年3月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【新型インフルワクチン安全性の議論】
新型インフルエンザワクチンの安全性について世界で議論が始まっている。例えば、米国では、2009年11月にCDC(米国疾病対策センター)が新型インフルエンザワクチンの副反応についてのレポートを出し、ワクチンの安全性モニタリングの重要性を説いている。

このレポートは2009年10月1日から11月24日までのデータに基づいて作成され、死亡例も報告されている。調査期間中の米国の推定接種者数は約4600万人で、VAERS(Vaccine Adverse Event Reporting System; CDCとFDAの共同)に報告された接種後の死亡例は13例だった。13例の年齢別の内訳は、10歳未満3例、10歳代2例、30歳代2例、40歳代2例、50歳代2例、60歳以上2例であった。また、接種から死亡までの時間分布は、接種後24時間以内3例、接種後1日1例、接種後2日2例、接種後3日2例、接種後4日から1週間以内2例、それ以降3例であった。このように、死亡例と新型インフルエンザワクチン接種の関連性をうかがわせるような年齢、性別、健康状態などの特定の傾向はなかった。しかし、わが国では状況が異なっている。

【わが国の状況】
わが国では、2009年10月から新型インフルエンザワクチンの優先接種が開始された。優先接種者は、医療従事者、基礎疾患を有する者、妊婦、幼児・児童、高齢者、健康な成人などの順番で、2009年10月19日から2010年1月5日報告分までの推定接種者数は約1600万人であった。新型インフルエンザワクチン接種後に接種者に副反応が生じた場合には、厚生労働省が発表した「受託医療機関による新型インフルエンザ(A/H1N1)ワクチン接種実施要領」により、医療機関から厚労省に報告をすることが求められており、詳細は厚労省のホームページで見ることができる。このデータに基づいて、新型インフルエンザワクチン接種後の副反応の発生状況、接種者の傾向を調査した。

(1) 新型インフルエンザワクチン接種から副反応発症までの時間
重篤な副反応(死亡例除く)と死亡例について新型インフルエンザワクチン接種から副反応発症までの時間を調査したところ、次のような結果になった。

まず重篤副反応(死亡例除く)については、2010年2月8日までに全253例が報告された。内訳は、接種当日の発症130例(51%)、接種翌日の発症49例(19%)と、接種当日をピークに発症数が急激に減少していた。

また、死亡については2010年1月7日までに全107例が報告された。死亡例の内訳は、接種後24時間以内19例(18%)、接種1日後15例(14%)、接種2日後13例(12%)、接種3日後・4日後各11例(10%)と接種後24時間以内をピークとして、それ以後、急速に減少しており、69例(64%)が接種4日後までに集中していた。

(2) 死亡例の傾向
死亡例の年齢、健康状態等についてまとめた。まず、年齢の傾向は、全107例中98例(91.6%)が60歳以上であった。健康状態については、ワクチン接種後に死亡した接種者全員に何らかの基礎疾患があり、主な基礎疾患の内訳は呼吸器系合併症が39例、循環器系合併症が31例、神経系合併症が19例であった。また、新型インフルエンザワクチン接種と死亡との関連性について主治医が判断することになっているが、「関連なし」と判断されたのが34例、評価不能と判断されたのが73例であった。この時点で「関連あり」と判断された事例はなかった。

死因については、基礎疾患の悪化と判断されたものが22例(21%)であったが、アナフィラキシーショックなどワクチン接種が直接の死因になったと考えられる例はなかった。

【どんなことが考えられるか ワクチン接種から副反応発症までの時間分布から】
死亡を含む重篤副反応の発生は、ピークはワクチン接種当日あるいはワクチン接種後24時間以内であり、その後急激に減少していた。このことは新型インフルエンザワクチン接種と重篤副反応・死亡との間に何らかの関連性がある可能性を示している。

基礎疾患の自然経過によってこれらの死亡が引き起こされたものであるとすれば、ワクチン接種後24時間以内に死亡数のピークを迎えるとは考えにくい。たしかに、アナフィラキシーショックなどワクチン接種が直接の死因となった例は見受けられず、主治医によってワクチン接種と関連ありと判断され死亡例はなかった。しかし、関連性や死因については各医師に判断が任されており、何らかの偏りが生じていることも考えられる。

【日米の違い】
日米の死亡例の数は大きく異なる。米国では調査期間中の死亡例は接種者100万人あたり約0.3例、日本では100万人あたり約7例であった(注:日本と米国とではワクチンの種類が異なる)。この違いはどこから生じたのか。

一つには、接種者集団の違いが考えられる。新型インフルエンザワクチンは供給不足から優先接種を行った国がほとんどであった。わが国では、医療従事者以下、基礎疾患がある者、妊婦などが最優先とされた。米国では州ごとに対応が異なっていたが、およその傾向として医療従事者のほか、就学前の子どもの優先順位が高かった。例えば、アラスカ州では2歳から4歳の未就学児童、ペンシルバニア州では5歳から9歳の児童を優先するとされた。米国では子どもを守るという発想が強かったようである。

日本での死亡者の年齢構成は90%以上が60歳以上であったことを考えると、基礎疾患を有する高齢者が優先時期の初期にワクチンを接種したことが考えられる。

【新型インフルエンザワクチンの副反応発症リスクの認識】
インフルエンザワクチンの安全性は一般的に保証されているものである。しかし、ワクチン接種の副反応を完全に防ぐのは困難であり、そのことを今一度思い起こす必要がある。

今回の研究結果を見ると、一部で死亡を含む重篤な副反応が生じる可能性があることは否定できない。特に死亡例の傾向から、基礎疾患を有する高齢者は新型インフルエンザワクチン接種後に死亡を含む重篤な副反応が生じるリスクが高いとも考えられる。臨床場面においては、新型インフルエンザワクチンの接種により副反応が生じるリスクを認識する必要があるだろう。

【参考文献】

CDC. Safety of influenza A (H1N1) 2009 monovalent vaccines – United States, October 1-November 24, 2009. (Morbidity Mortality Weekly Report 2009 Dec 11;58(48):1351-6.)
Nakada, H., Narimatsu, H., et al. The Risk of Fatal Adverse Events of H1N1 Influenza Vaccine. (Clinical Infectious Diseases; in press)
平成21年度薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(第7回)及び新型インフルエンザ予防接種後副反応検討会(第4回) 資料1
平成21年度薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会)(第8回)及び新型インフルエンザ予防接種後副反応検討会(第5回) 資料1

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