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Vol.104 2019年国公立大医学部入試結果から考える日本の教育格差

医療ガバナンス学会 (2019年6月11日 06:00)


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図5、2019 年入試 都道府県別国公立大学医学部医学科合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-5.pdf

北大学医学部2年 村山 安寿

2019年6月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は東北大学の医学部に通う現役の医学生である。今年の春に医療ガバナンス研究所の上昌広先生のもとでインターンをさせていただいた。この時私は、週刊朝日に掲載されているデータを用い、今年の旧七帝国大学の合格者の分布を調べた。その結果日本には東西で合格者数に大きな差があることや、東北地方内でも県ごとに大きな差があるとわかった。そしてこの経験がきっかけとなり、旧帝大だけでなく全国50校の国公立大医学部についても興味を持ち、調べることにした。サンデー毎日4月28日号掲載の高校別全国国公立大学医学部医学科合格者数を高校の所在地で都道府県ごとに分けた。すると様々な面白い傾向が見えてきた。

本題に入る前に自己紹介をしたいと思う。私は東北大学の医学部に通う大学2年生である。生まれは北海道帯広市で、2歳のときに東京に引っ越してからは小学5年生まで東京の町田市で過ごした。小学6年のときに沖縄に引っ越し1年間沖縄の小学校に通った。その後中学受験をし、中学校は北海道函館市にある私立函館ラ・サール中学に進んだ。高校は東京に戻り都立日比谷高校に進学し、大学で東北大学の医学部に入学した。そのため今まで北海道、仙台、東京、沖縄に住んだことがある。中学からラグビーをはじめて以来、ラグビーが好きである。特に高校ラグビーが好きなので花園は毎年必ず中継を見る。中学3年生のときは、現在明治大学で活躍しU20日本代表にも選ばれている児玉樹選手が率いる秋田の将軍野中学校に1トライ差で負け全国大会に進めなかったこともあった。

まず、大学ごとに合格者数に占める地域枠の割合と地元出身者占有率の関係をグラフにし可視化した。ここで言う地元とは、出身高校と居住地の差を補正するために、北関東や南関東、東北、四国などの地方のことを指している。すると地元出身者の占有率は1位が和歌山県立医科大学(95.24%)、2位は横浜市立大学で92.22%、3位は奈良県立医科大学で90.12%であった。上位8校中7校が公立大学医学部である。7位に唯一国立大学の東京医科歯科大学が入った。東京医科歯科大学は国立大医学部の中でも特に偏差値が高い難関校として有名だが、その内実は医学部を目指す東京近辺の高校生が目指す超ローカル大学というわけだ。元々は1928年設立の東京高等歯科医学校で歯科医師を養成する学校であった。それが1944年に戦時下の医師不足を解消するために医学科を急拵えで設立したのがはじまりで、比較的歴史の浅い医学校だ。
公立大学で上位に入っていないのは福島県立医科大学(全国50校中43位)だけである。福島県立医科大学の出身地域の割合を見ると最も高いのは南関東42%で、以下東北39%、北関東5%と続く。合格者うち47%が関東出身者であった。福島県立医科大学は地域枠の割合も全国3位となっており、福島県出身者だけでなく東京近郊で飽和した医学部志望者を集め、地域枠として入学させることで卒業後も医師として福島県に残らせたいという思惑があるのだろう。
一方、地元出身者の割合が低い大学は四国と甲信越から3大学ずつ、東北からは福島県立医大と秋田大学の2大学、北関東と北陸から1大学となった。甲信越(信州大学、山梨大学、新潟大学)、東北(秋田大学、福島県立医科大学)、北関東(筑波大学)の合格者は南関東の出身者が多い。また四国(香川大学、徳島大学、高知大学)、北陸(福井大学)の合格者は関西出身者が多い。これは関東や関西などの大都市圏では国公立大医学部が少ないことで医学部を志望する学生があぶれていることに起因していると考えられる。

またこのグラフ(図1)から地域枠の割合と地元出身者の割合に相関関係がないこともわかった。地域枠の割合が高いのは北海道にある札幌医科大学(84.9%)と旭川医科大学(73.5%)の2大学、福島県立医科大学(64.7%)、弘前大学(63.8%)などがあげられる。それに対して、旧帝大、旧制六医大(千葉大、金沢大、新潟大、京都府立医大、長崎大、熊本大)は地域枠の割合が低い。他の大学はおよそ15%から35%に収まっている。他郷から来る学生は大学卒業後に地元に帰ってしまうと言われている。そのため政府は地域枠を設け地元の学生が多くなるようにしている。しかし図1からも地域枠が全国的一律で効果があるようには思えない。これは人口あたりの医学部数が少ないために大都市圏から地方の医学部へ学生が流入しているからだ。(図2、図3)これを無理矢理枠組みで制限しても根本的解決にはつながらない。しかし現在政府は地域枠の増加を検討している。
これは非常に問題である。グラフ(図2、図3)から人口あたりの医学部数と医学部合格者数は相関関係にあると考えられる。人口あたりの医学部数は地域別で最大8.5倍の差が存在する。それなのに地域枠数を増加させ入学者を制限しては、地域によって医学部への進学機会、ひいては医師なる機会が制限されることになる。

図 1、合格者に占める地域枠の割合と地域別地元出身者占有率の散布図

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-1.pdf

図 2、都道府県別 18 歳人口 1 万人あたりの医学部医学科を擁する国公立大学数(縦軸)と国公立大学医学部医学科合格者数(横軸)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-2.pdf

図 3、地方別 18 歳人口 1 万人あたりの医学部医学科を擁する国公立大学数(縦軸)と国公立大学医学部医学科合格者数(横軸)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-3.pdf

次に地域ごとに人口1万人当たりの国公立大学医学部医学科合格者数を算出し(図4)、地域ごとの内実を調べた。最も高い値は南部九州(宮崎県、鹿児島県)で73.48人、次に高いのは四国で65.88人、3番目に高いのは中国で59.07人となった。一方で最も低い値になったのが北関東(茨城県、栃木県、群馬県)で25.56人、次いで東北の33.67人、南関東(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)33.67人となった。

図4、2019年入試 地域別18歳人口1万人あたりの国公立大学医学部医学科合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-4.pdf

最下位の北関東と1位の南部九州では値に約3倍もの差がある。北関東には筑波大学、群馬大学の2校の国立大学医学部が存在する。東京近郊にはいくつもの私立大学医学部が存在している。これらの大学が国立大学に入れなかった関東の学生の受け皿になっているであろう。しかし、国立大医学部の学費が 6 年間で約 350 万円である一方、私立大医学部の場合は平均 3000 万円といわれている。日本人の平均年収は 432 万円(平成 29 年度)であり、 50 代の男性でも平均年収は 690 万円(平成 29 年度)である。一般家庭の子供が容易に入学を決められるような金額ではない。

図5、2019 年入試 都道府県別国公立大学医学部医学科合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-5.pdf

次に県別で見てみると(図5)、全国1位は奈良県で110.65人、2位は鹿児島県で77.91人、3位京都府で76.23人、4位愛媛県73.11人、5位富山県68.99人となった。一方、最下位は岩手県で12.20人、2位は埼玉県で14.28人、3位栃木県は15.48人、4位は福島県で21.65人、5位は千葉県で21.93人となった。1位の奈良県と47位の岩手県では実に約10倍の差がある。
1位の奈良県には東大寺高校や西大和高校などの全国屈指の進学校がある。これらの高校は毎年全国の国立大医学部や旧帝大への合格者を多数輩出している。しかしこれらの高校に生徒は奈良県だけでなく京都や大阪など近隣の県から通学している生徒も多いという。
2位は鹿児島県でかつての薩摩藩の藩校・造士館の流れを汲むとされる鶴丸高校や、フランスのカトリック教派一つであるラ・サール会が運営しているラ・サール高校などがある。これは私の母校函館ラ・サール学園と兄弟校である。全寮制の高校で6年間同じ同級生と寝食を共にする。5位の富山県は昔から教育熱心な県として有名である。先の旧帝大合格者数の調査でも18歳人口1万人あたりの東大合格者数が34人で全国5位であった。富山県は西回り航路の要所として栄え、商売が盛んな地域であった。古くは富山の薬売りとして知られるように薬学が有名で、商売が盛んであったことから算学教育も熱心に行われていた。この伝統が今も引き継がれているのだろう。教育に対して多くの投資が行われている。

下位1位から3位の県に共通するのはどの県も国公立大学が県内に存在しないことである。栃木県は自治医科大学が存在するものの、国公立大学ではなく、栃木県枠は6~8人程度と言われている。多くの高校生が大学の進学先を決める際、基本的に地元の大学を選ぶ。これは家庭の経済的に自宅から通うえる大学のほうが安く済むこともあるが、何より見ず知らずの地にいきなり進学することは勇気のいることだからだ。そのため県内に国公立大医学部がない岩手県、埼玉県、栃木県で医学部進学者数が低くなるのも納得だ。
また下位5位中3県は関東である。先述の通り関東には人口当たりの国立大学が著しく少ない。(図3)特に千葉県は東京の隣に位置し、千葉大学には多くの学生が東京から進学する。これは医学部でも同じである。もし地元の国立大以外で医学部を目指すのなら、裕福な家庭の子供なら私立大医学部に進学することもできるが、一般的な家庭の子供は地方の国立大医学部進学も視野に入れることになる。私の高校の同級生でも秋田大学や浜松医科大学、徳島大学など地方の国立大医学部に進学した者が多い。

図4を見ると明らかに西日本の方が東日本よりも18歳人口1万人あたりで国公立大医学部医学科合格者数が多い傾向がある。このデータは全国の国公立大学のみに限った結果であるため、私立大医学部の合格者のデータを加えると違った結果になるかもしれない。しかし、私立大医学部は6年間で3000万円近くの授業料がかかり、一般家庭の経済感覚からかけ離れている。また、東日本より西日本の合格者数が多いという傾向は医学部に限ったことではない。実は先の旧帝大の調査でも同じ傾向が見られた。(図6)私は、この原因の1つとして戊辰戦争から明治維新にかけての歴史が関係していると考えている。なぜなら現在の国立大学や日本のインフラは明治時代に作られたものが多いからである。

図 6、2019 年入試 地域別 18 歳人口 1 万人あたり旧帝大合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-6.pdf

図 7、2019 年入試 都道府県別 18 歳人口 1 万人あたり旧帝大合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-7.pdf

図 8、2019 年入試 都道府県別 18歳人口 1 万人あたり旧帝大+国公立大医学部・医学科合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-8.pdf

図 9、2019 年入試 地域別 18歳人口 1 万人あたり旧帝大+国公立大医学部・医学科合格者数(人)

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_104-9.pdf

関東や東北地方の藩の多くは戊辰戦争時に幕府側についた。対して九州や中国地方を中心とする西日本の諸藩は新政府側についた。結果は知っての通り新政府が勝利することとなり、負けた幕府側の藩には賠償金が課せられ、戦後の復興もままならなかった。戦前、洋学や医学を教えていた藩校も焼失したところが多い。一方、西日本は戦場となることも少なく、それまでの藩校は後に専門学校や大学などの母体となった。特に現在の国立大の設立母体が旧藩校にある大学は非常に多い。そして明治政府も率先して新政府側であった県の教育に投資した。この影響は現在の東北にも残っている。

国公立大医学部と旧帝国大学の合格者の合計を出し、各県、地方ごとに18歳人口1万人当たりの合格者数を算出した。(図8、図9)これは日本の教育格差を反映した図だと考えられる。東北地方で最下位となるのは福島県で全国44位(88.72人)となった。(図8)また福島県は国公立大医学部合格者数においても全国44位(21.65人)となっている。福島県より下位なのは栃木県、埼玉県、岩手県である。この3県には医学部を擁する国公立大学が存在しない。つまり福島県は国公立大医学部を擁する都道府県のなかで最下位なのである。一方、旧帝大および医学部合格者数が東北地方で最も高いのは宮城県で全国16位(197.10人)である。医学部合格者数は32.24人となり、全国34位である。
医学部合格者数で考えるとあまり高くないように思われるが、これは宮城県の学力上位層が医学部進学だけでなく東京大学や東北大学などの旧帝大進学も視野に入れているからだろう。幸いにして宮城県も県庁所在地である仙台市には東北大学がある。宮城県随一の進学校である仙台第二高校と東北大学は交差点を1つ挟んで隣に位置している。宮城の高校生にとって東北大は近隣の国立大医学部よりも馴染みのある大学であろう。東北地方で宮城県の次に来るのが秋田県である。秋田県は旧帝大および医学部合格者数で全国23位(170.48人)、医学部合格者数は全国28位(45.10人)、東北内では青森県に続いて2位であった。図5を見ると宮城県と秋田県が他の東北地方の県より明らかに高い値にあるのが、そして福島県は低いことがわかる。ここにも明治からの歴史が関係している。

宮城県は古くから東北地方の代表として自他ともに認められてきた。かつて伊達政宗に代表される伊達家が仙台藩を治めていた。仙台藩は加賀藩、薩摩藩に次いで日本で3番目に大きな領地を持っていた。仙台は戊辰戦争後も東北地方を代表する都市として成長した。
仙台藩の藩校・仙台医学校は戊辰戦争の戦火に見舞われることもなく、後に旧制第二高等中学校(現・東北大学)の医学部に編入、仙台医学専門学校として独立等を経て、東北帝国大学医学部となった。現在の東北大学医学部である。ちなみに東北大学に交付されている運営交付金も東京大学、京都大学に次いで全国3位、どうやら宮城県は3という数字と縁があるらしい。

福島県にはかつて会津藩や白河藩、相馬氏の中村藩などがあった。これらの諸藩は戊辰戦争時幕府側について戦った。会津藩白虎隊の悲劇はとても有名な話である。会津藩には藩校日新館があり、多くの優秀な人材を育成してきた。しかしこの日新館も戊辰戦争の戦火によって1868年に焼失したという。戦後福島には多額の賠償金が課せられ、戦後復興もままならなかった。教育に投資するほどの資金がなかったのである。1887年に福島県唯一の医学校、福島医学館は廃校となった。次に福島県に医学校ができたのは、1944年に福島県立女子医学専門学校(現・福島県立医科大学)が設立したときである。また、1921年に福島高等商業学校が設立されるまで福島県に旧制高等教育機関は存在しなかった。
岩手県には1902年に盛岡高等農林学校(現・盛岡大学農学部)が、青森県には1920年に弘前高等学校(現・弘前大学)が、山形県には1910年に米沢高等工業学校(現・山形大学工学部)と1920年に山形高等学校(現・山形大学)が設立されている。東北の他県と比べると高等教育機関の設立が遅い。今でこそ新幹線や高速道路などが整備され、都市に人口が集中し、宮城県の人口は233万人と東北で最も人口が多くなっている。福島県は東北で2番目であるが、昔は今のような人口分布ではなかった。1920年の第一回国勢調査によると福島県の人口は136万2450人、一方宮城県の人口は96万1768人、山形県96万8925人、岩手県84万5540人、秋田県89万8537人となっていた。つまり東北で最大の県は福島県であった。しかし福島県は東北で最も遅く高等教育機関が設置された県なのである。

この対局をなすのが秋田県である。秋田県にはかつて佐竹氏が統治する久保田藩があった。この久保田藩は戊辰戦争時、新政府側として参戦し、東北戦争では東北の強豪庄内藩と盛岡藩を引きつけた。この功労を称えて戦後、秋田県は明治政府から厚遇を受ける。その1つとして明治政府は当時盛岡藩の領地であった鹿角地方を秋田県に編入させた。この鹿角地方には日本有数の銅山である尾去沢銅山、小坂銀山などがあった。この尾去沢銅山は岩崎家(三菱財閥)に払い下げられ、第2次世界大戦後の戦後復興を支える銅山となる。小坂銀山の経営権は藤田組(現・DOWAグループ)が保有することとなる。秋田県は鉱山資源が豊富であった。他にも阿仁銅山や院内銀山などがある。阿仁銅山は江戸時代に銅産出量日本一、院内銀山は東洋一の銀山と呼ばれるほどであった。
どちらの鉱山も明治に入り古河市兵衛に払い下げられた。古河市兵衛はタイヤで有名な横浜タイヤやみずほ銀行、富士通などから構成される古河財閥の創設者である。明治政府はここに目をつけ、秋田県に積極的に投資を行った。1908年に秋田鉱山専門学校(現・秋田大学)の設立が決まり、そのわずか2年後、1910年に開校した。この秋田鉱山専門学校の設立には藤田伝三郎、岩崎久弥、古河虎次郎が合計35万円の資金を寄付した。1907年の東北帝国大学設立にかかった費用が41万円であることを考えると日本政府と各財閥の強い思惑がみえる。さらに日本で鉱山専門学校が設立されたのは後にも先にもこの秋田鉱山専門学校だけである。

秋田鉱山専門学校はドイツのフライブルク大学を模範とし、京都帝国大学から教授を招いた。彼らが伝えたのがラグビーであった。当時京都はラグビーの強豪勢であった。全国高校ラグビー大会の優勝校は第1回から11回までの11回連続京都の高校が優勝した。このラグビーの文化は秋田中学校(現・秋田県立秋田高校)や秋田工業へと伝わった。秋田工業は1933年の第16回大会で優勝して以来過去15回優勝している。先述の児玉樹選手や日本人で唯一ラグビー世界選抜に3度選ばれた吉田義人選手も秋田工業のOBである。また秋田県立秋田高校は秋田藩の藩校明徳館の伝統を引き継ぎ、東北地方を代表する名門校である。東大合格者数は仙台二校(17人、39位)、盛岡第一(13人、54位)に次ぐ12人で東北では3番目である。第27代東京大学総長佐々木毅総長も秋田高校の卒業生である。秋田県には明治の初期から精力的に教育への投資が行われてきたのである。秋田県の学力が高いのは大学入試の結果だけではない。文部科学省によって毎年行われている小学生の全国学力テストの2018年の結果によると、秋田県は石川県に次いで全国2位、中学生の部門でも福井県、石川県に次いで全国3位である。
この教育に対して行われてきた投資の差が現在の福島県と秋田県や宮城県に分けている原因の一つではないだろうか。

今後もこの調査を続けていき、様々な面で、日本の東西で教育格差が存在する現状を一人の学生として発信していければと思う。

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