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Vol.113 学びの交易 -日本人看護師留学生がコロンビア教育大学院へ挑む-

医療ガバナンス学会 (2019年6月25日 06:00)


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寺本 美欧

2019年6月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今年の夏、2年間勤めた地元の病院を退職し看護師から学生に戻ります。アメリカで成人教育を学ぶためです。

2016年に上智大学看護学科を卒業後、都内の大学病院のICUに配属されました。希望と期待を胸いっぱいに入職しましたが、一年もたずに心身を壊し退職に至りました。当時は目の前のことに精一杯で、なぜ自分が極限の精神状態にまで至ったのか考える暇もありませんでした。休息するなかで、段々とあるひとつの違和感の実態が明らかになってきました。私が導き出した答えは、「現場教育」です。「背中をみて覚えろ」という古い伝統、暴言まじりの指導、今日は一日そこにいて何もしなくていいと言われナースステーションで立ち続けたこともあります。患者さんのことは全く考えられず、その日一日怒られないように乗り切ることが全てでした。これが日本に起こっている現実です。
幸運なことに、退職して二ヶ月後には地元の病院への転職が決まりました。規模は決して大きくはありませんが、院内独自のマニュアルを新人教育へ用い、密な面談でメンタル部分への細やかな配慮も徹底されています。中途採用の私に対しても新卒と変わらない徹底した教育が施され、二年経った今では自信を持って看護技術を行い、リーダー業務も自立し、周囲のスタッフをまとめながら患者さん目線で物事が考えられるようになりました。BMI17だった体重は数ヶ月もすれば標準体重に戻り、生理不順や不眠も解消し笑顔の比率が圧倒的に増えました。教育は看護師を殺すことも、救うこともできるのだと身を以て経験しました。

私の上司にあたる教育担当の主任が「今は必要かなと思うことを取り入れてやってみている。全て手探りだし、根拠もないからぜひ寺本さんにはそういったところを追究してほしい」とおっしゃってくれました。教育手法や人材育成について根拠を持って学べる学問はあるのか、と疑問に持ち探り続けた結果、Adult learning / 成人教育学 という学問に出会いました。おとなが目的を持って意思ある学びをする、という目から鱗の学問に出会い、本格的に学びたいという夢ができました。その夢を叶えるべく、今年の秋からアメリカ・ニューヨークにあるコロンビア大学の教育大学院 Teachers  College Columbia University の Organization & Leadership department Adult Learning & Leadership program の修士課程へ進学します。
看護師として月7回の夜勤をこなしフルタイムで働きながら留学準備を並行して行なうことは想像以上に大変なものであり、新卒看護師時代とはまた異なった厳しさがありました。留学生には語学力としてTOEFL100点越えが求められるため、夜勤入り前と明けた後はひたすら英語の勉強を行なう生活が半年続きました。語学試験のスコアをクリアした後は志望大学院の選定に向けての大学調べ、返済不要の留学生向けの奨学金調べ、受験校へのキャンパスビジット、推薦状の準備など次から次へとやるべきことが降りかかってきます。特に、たったA4 サイズ3ページの文量のStatement of Purposeと呼ばれる志望理由書は第17稿まで推敲を重ね、完成するまでに1年かかりました。仕事との両立でなかなかスケジュール通りに準備が進まなかったり、とある奨学金団体の最終面接で落ちてしまったりと決して順風満帆にはいきませんでした。しかし、出願までやりきることができたのはあの時教育に殺されかけた自らの経験があり、救ってもらった経験があったからです。教育との出会いは私自身をこれほどまでに大きく変化させ、パワーの源でもあります。

思い返せば、わたし自身の学びにはいつも身近に尊敬してやまない教育者の方々がいました。尊敬する指導者のなかに、大学在学中医療ガバナンス研究所で出会った上昌広先生、児玉有子先生がいらっしゃいます。上智大学3年生の時から卒業するまで1年ほど研究所を出入りし、ご指導のもとデータまとめに携わりました。研究所を出入りするたくさんの優秀な方々と知り合えたことも大きな財産です。
あれから早くも4年が経ち、先日合格の報告に研究所に伺いました。上昌広先生からいただいたたくさんのアドバイスのなかから一番心に残った言葉が 「受け身な学びはするな」ということ。

アジアに位置付けられる日本から、アメリカのニューヨークに留学をする、ということについていつの日からか自分の立場を「アメリカから学ばせてもらう日本人」という認識でいたのだと思います。「おとなの意思ある学び」を学びにいくのに、いつしか自分自身の学びは完全に受け身体制ということを痛感しました。心のどこかでアジアからの留学生であることにディスアドバンテージを感じていたのかもしれません。

お話のなかで、これからはアジアが伸びていく時代だということ、他国と貿易を行なっている沿岸部の都道府県が飛躍的に力をつけているということ、そして私自身の留学もまさに「貿易」になりうるということを教わりました。

相手も私から学びたい、これこそ自分一人では想像もできなかった捉え方でした。

私の進学する学部には、大手企業の人事、組織の人材育成に携わる方、病院関係者から学校教員、大学を卒業したばかりの方などバックグラウンドも様々であり、年齢も20代から50代まで、世界80ヶ国以上の留学生も受け入れておりバラエティ豊かな特色があります。Teachers College のすぐ近くにあるSIPA(School of International and Public Affairs)という公共政策大学院では日本の各省庁から派遣されている方々が多く学んでおり、学生から社会人まで集う日本人コミュニティも充実しています。またニューヨークという立地からも、あらゆる人種が世界中から目的を持って集まっており、ネットワークを築く機会が豊富にあります。国と国、学問と学問が横断的に手を取り合っていくことこそが学びの本質ではないかと気付くことができました。昨年の4月、志望校のコロンビア大学院を初めて訪れた際、日本人・台湾人・中国人の卒業生の夕食会に招いていただきました。その際、「これについて日本はどうなっているの?」と質問され返答に困ったことを覚えています。自国についての知識をつけなければ相手と対等に話せないという危機感も同時に感じました。

日本にはすでに、看護師が現職のまま修士課程を通信教育で取得できる星槎大学大学院の継続教育の成功例があります。日本人、女性、看護師のキャリアがあるという自分の確固たるアイデンティティを保ち、自信と誇りを持ってフィールドワークで知り得た自国の例を持ち帰り、教授やクラスメートにシェアしていこうと思います。また、アカデミックな部分だけでなく、文化や歴史についてもInternational dayやサークル活動を活用し日本について広めるなど積極的に行ないたいです。こうした学びの交易を通じて、他国とコラボレートしながら意見交換を行い、看護教育の発展を目指し、ケアの受け手に還元していきたいです。居心地の良い今の職場、楽しさを見いだせるようになった看護のキャリアから一旦離れることは決して簡単な決断ではありませんでしたが、多くの方々に応援していただきながら自分の役目を果たすべく、挑みたいです。
たくさんの指導者、先輩方からいただいた言葉を胸に、この8月渡米します。
コーヒーを片手に赤いヒールでカツカツとビル群を颯爽と歩くニューヨーカーとは程遠い生活になりそうですが、自由の女神が右手に掲げるトーチのように、今、私の心は熱く燃え盛っています。学びの交易、これこそが日本人留学生としての私の使命だと思います。

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