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vol 112 日本医師会の改革

医療ガバナンス学会 (2010年3月27日 08:00)


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改革は所与のものか

弁護士  井上清成

本稿はMMJにて発表されたものです。
2010年3月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【「日本医師会」の理念と立憲主義】
理念「人々の健康の維持向上と質の高い医療の公平で継続的な提供、それを可能にするための科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起。」

理念として、会の目的と医師と国家とのあるべき関係を記載した。理念は、大きな方向を示すのに有用であるが、実情からのフィードバックで検証・修正されなければならない。しかし、実際には、めったなことでは検証・修正されることはなく、しばしば有害になる。災厄を避けるためには、作成時に実情を縛り過ぎず、内部に強大な権力を作らないよう留意しなければならない。

医師と国家との関係についての記載は、歴史、すなわち、現実の積み重ねについての認識から生まれた。例えば、第二次大戦中、日本を含むいくつかの国で、医学・医療が国家権力による人権侵害の手段になった。日本のハンセン病患者生涯隔離政策は、一部の勇気ある医師や国際学会の反対にもかかわらず、科学的根拠を失った後も、長期間にわたって継続された。新型インフルエンザ騒動では、科学的に不可能とされていた水際作戦の強行、意味のない停留措置による人権侵害、PCR検査の制限による国内発生発見の阻害、行政発の風評被害による莫大な経済的損失、実行不可能な事務連絡の連発による医療現場の混乱、感染した患者が押しかける医療機関での健康人へのワクチン接種、ワクチンの大容量バイアルと科学的裏付けのない接種優先順位の強制による複合的混乱など、チェックのない国家権力がいかに有害かを証明し続けた。これらの歴史的事実は、科学と医師の良心が公権力から自由であり、かつ、医師と国家との緊張関係が保たれていることが、医療の健全な維持発展の必要条件であることを示している。

日本国憲法も同様の認識に基づいている。日本国憲法を含めて、市民革命以後の各国の憲法は「人権保障と権力分立原理を採用し、権力を制限して自由を実現するという立憲主義の思想を基礎にしている」(『立憲主義と日本国憲法』高橋和之、有斐閣)。憲法の人権規定の名宛人は公権力である。私人による私人の権利侵害は民法、刑法の対象であり、人権とは別の扱いになる。憲法は公務員に憲法擁護義務を負わせているが、一般国民には負わせていない。人権を侵すのは公権力であり、憲法は国民に戦えと命じている。すなわち、憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」としている。

日本医師会が公権力と対峙する姿勢を保持すべきであるという要請は、日本の歴史と立憲主義に基づく。立憲主義も、理念というより、西欧の歴史に由来する。残念ながら、日本では、医師と国家の緊張関係の維持の重要性が、医師の集団に十分理解されていない。日本医師会は、批判精神の欠如と経済的利益を優先する政策のため、最近数年間顕著になった日本の医療崩壊現象に対し無為無策だった。新型インフルエンザ騒動では、厚労省が連発した実情無視の事務連絡をそのまま現場に流し続けて、混乱を加速させた。「欲張り村の村長さん」すなわち、嫌われ者の悪役が、目先の利益を求めて行政にすり寄るとすれば、国にとってこれほど扱い易い集団はない。

【判断基準:理念か実情か】
1)理念優先
歴史を踏まえていない理念は、規範としての立派さや整合性を正しさの根拠とする。

利点:なし。

欠点:実情認識をおろそかにして、規範の立派さや整合性のみを議論しがちになる。熱狂的共感を集めて、暴走する可能性がある。大失敗で事態を悪化させる可能性がある。例1:耐震偽装の実被害はなかったが、これを受けての建築基準法改正で、建築が滞り、多くの会社が倒産した。結果として日本のGDPが押し下げられた。例2:理性を持つ個人が社会を構成するというヨーロッパの18世紀以後の大陸合理主義の理念を押し進めると、相当数の人間が社会から排除されてしまう。教育システムを含む現代の多くの社会システムの包摂力は、やくざ組織に劣る。
理念優先だと、対立が生じたときに解決を見出しにくくなる。原理主義という言い方が適切かもしれない。原理主義は、現実にどのような結果をもたらすのかについて、関心を持たない。
ある研究者は医師の自律について、日本の現状を考慮せずに、ヨーロッパのプロフェッションの概念に則って、10年後の理想的な制度を提言すると明言した。そもそも、ヨーロッパでも医療の質向上のための制度は、国ごとに大きく異なる。それぞれの国の歴史と実情を無視した制度が機能するとは思えない。

2)実情優先
制度はその理念通りに動くことはめったにない。最終的にもたらす結果が、社会にとってよいことなのかどうかで判断する。歴史的経緯を考慮する。人間の能力には限界があること、正義はしばしば災厄をもたらすこと、完璧な制度はないことなどを前提に制度を設計する。

利点:大災厄が生じにくい。

欠点:理想主義的あるいは人道主義的に見えない場面がある。整合性に欠けることがある。広範な熱狂的共感を得られない。

【組織の法的成り立ち】
1) 日弁連型:法に基づく。イギリスのGeneral Medical Councilがこれに当たる。

利点:強制参加。調査権限、処分権が法律で付与される。除名されると医師として働けない。

欠点:活動が重々しくなる。大きな権力が生じる。法という国家の統治手段を用いるため、政治、世論の影響を受けやすい。
そもそも医師は人権についての認識や、手続に疎い。重い処分をせざるをえないとすれば、知識と経験不足のため上手に運用できず、もてあます可能性が高い。処分制度ができても、有名無実で機能しないか、人権侵害を伴う厳罰主義で医療の存続を危うくするかのいずれかに傾く可能性が高い。

2)公益社団法人
利点:税の優遇。組織に権威が付与される。

欠点:
ア) 金銭の動きを伴う活動が困難。
イ) 「民による公」を官が徹底管理する。官の支配を強く受けることになる。
会員を集めるためのメリットを伴うインセンティブの形成が、法律上不可能である。抽象的価値だけで会員を集められるか疑問。
学会への参加資格として、公益社団法人日本医師会への参加を条件にするようにして、さらに、専門医資格の設定条件を各学会にまかさずに、医師会で管理するようにすれば、インセンティブ形成と医療の質向上のいずれにも有用かもしれない。ただし、学会が抵抗する可能性が高い。

ウ) 法的権限がないので重い処分はできない。重い処分ができないことは、逆にメリットかもしれない。穏やかな審査で大きな紛争や事故を未然に防ぐ努力と位置付けるべきである。この方が、重い処分より医療の総改善量は大きくなるのではないか。

3)一般社団法人
利点:国家による活動の管理が弱い。

欠点
ア) 税制で優遇されない。ただし部分的に優遇される場合もある。
イ) 公益社団法人に比べて権威がない。ただし、医師の代表であるとの合意が形成できれば、権威がついてくる。合意不十分だと、日本医学会が離れる。勤務医が大量脱会する。
ウ) 参加者を集めるためのインセンティブの形成は難しいものの、公益社団法人より自由度が高い。医師年金、医師賠償責任保険が保持可能である。
エ) 調査、処分には本人の同意が必要。重い処分はできない。

4)上記以外の組織:あらゆる選択肢の利害得失を検討すべき。

【役員の選任】
1)会員による直接単記電子投票
理事を会員による直接単記電子投票にする。理事の互選で会長を選任する。

利点:、開業医、あるいは、勤務医が一方的に意思決定権を持つことがなくなる。

欠点:強い指導力を発揮しづらい。

2)代議員による選挙
利点:選挙が簡単。組織としての意思決定がしやすい。

欠点:権力が集中しがち。一般会員の発言のチャンスがない。二重の代議員制度だと指導層が指導層を再生産する。時代変化に対応できない。

【組織の性格】
1)前衛政党型:組織内の機関で意思決定。上意下達。

利点:見かけ上一致団結できる。外部の大きな組織との協議が設定しやすい。合意が得やすい。

欠点:個人の意見が見えない。意思決定過程が見えない。組織が暗い。社会の理解が  得にくい。発想が固定化しがち。多様性への許容度がない。不特定多数との協働が難しい。内部に権力が生じやすい。受け身になったときに脆い。
研究機関を持ちづらく、知的に複雑かつ大きな認識を保持できない。研究は批判精神と自由な思考を必要とする。日本医師会と日医総研は相性が悪いが、研究における自由の重要性について、日本医師会に認識不足と覚悟不足があるように思える。研究を望むのなら、自由を認める必要がある。結果が気に入らないからといって、力で否定すると自らの正当性を弱める。

2)ネットワーク型:
利点:多様性を許容する。外部の不特定多数と連携可能である。とくに患者、家族 との連携は重要である。外部の研究機関を使える。地方組織は自立する。組織として 対外的主張のための意思決定をする必要はない。それぞれの組織や個人が主張すればよい。インターネットの発達で単一巨大組織が機関決定した意見より、ばらばらの同時多発的意見が社会を動かす原動力になってきた。

欠点:単独組織としての交渉力が弱い。従来の医師会の活動と発想が大きく異なる。新しい人材を大幅に入れないと運営できない。
必要とされる能力は、「選挙で選任された役員」には期待しづらい。

【活動】
自律とは何が価値あるかを自ら決めること。国が決めるのではない。国との緊張関係を維持するためには、役員は国から栄典を受けてはならない。

1)医療の質保障
ア) 患者の具体的な問題の解決:例 グリベックの費用負担問題。ワクチンによる有害事象に対する補償問題。
イ) 卒前・卒後教育:医師養成のためのカリキュラムは医師が自ら提案すべき。
ウ) 医師の適性審査・処分
エ) 医療安全対策
オ) 医療の質評価:単一団体にまかせない。指標設定、実体調査、他の団体との協働。チェック・アンド・バランスで互いにチェック。病院団体・学会を巻き込んで病院別に集計(例 前立腺癌の手術、腎癌の手術、白血病の治療成績)。

2)情報利用
ア) 政策立案のための情報利用
統計情報を開示させるために法改正を含めてあらゆる方策をとる。多数の専門家を含む緩やかなネットワークを構築する。研究費を助成する。政策立案のために、あらゆる情報を専門家が利用できるようにする。正確な情報は多い方がよいので、IT化を進める。IT化で得られる情報を医療の実情認識と改善に活用すべきである。

イ) 医療サービス向上のためのIT化
日本のネット環境ならば、診療情報の全国的な共有も夢物語ではない。IT化を忌み嫌うべきでない。患者に多大のメリットをもたらす。個人情報保護は別に手当すればよい。国民総背番号制度ができていれば、年金記録問題の多くは発生していなかったし、修正も容易だったはずである。

3)厚労省に対するチェック・アンド・バランスのための情報収集と配信
厚労省に関する正確で詳細な情報を迅速に収集し事態が決する前に発信する。ネットワークを形成して、多様な議論を喚起する。様々な立場の個別的意見を社会に見えるようにする。

4)地域活動のための情報発信:当道府県医師会、郡市医師会に対し、活動のための情報を提供する。各地域での独自活動を前提とする。単一の行動指針ではなく、多様な情報を提供する。各地域での成功した取り組みも紹介する。整合性を求める必要はない。「信金中央金庫」の方法が参考になる。情報の配信で地方の信金の活動を支える。

【適性審査】
医師の能力と行動の問題を扱う。被害については扱わない。問題のある診療をチェックして、被害を未然に防ぐ。人権が最重要課題。

一度に完成形を目指さない方がよいか。体系の整合性より、結果として何をもたらすかが重要。
制度設計は研究者と現場の医師による検討チームで行う。研究者が情報を提供し、現場の医師が最終的に判断する。

会員資格の条件に調査を受け入れることを含める。会員に調査を受け入れさせるのを容易にするための方策が必要。例えば、病院団体も医師の自律的団体の会員であることを雇用の条件とする。病院団体との協働が必要になる。ただし、人権侵害問題が生じる可能性がある。

保険審査を入り口とすることも可能。問題のある診療を見出す端緒とする。保険審査機関に一切関与させない形で調査する。経済的問題と厳密に切り離す。

【各種処分の特性】
1) 刑事処分:罪刑法定主義。検察官、弁護士、裁判官が分離している。手続が重く厳密である。三審制がとられる。

2) 行政処分:基準が明確でない。検察官役と裁判官役が実質的に兼ねられている。官僚による恣意的手続きと判断が可能。世論の影響で処分が大きく動く。手続が簡単なので、大量処分が可能になる。一旦処分が決定されると取り消すのは至難(行政訴訟で処分が取り消される可能性が低い)。
日本医師会の医療事故のおける責任問題検討委員会が2010年3月に発表した「医療事故による死亡に対する責任のあり方について」は、行政処分に医師が関与する体裁にして、自律処分であるとしている。しかし、行政処分である限り、行政官が事務担当として実質的に支配する可能性が高い。医療が行政に支配されることになれば、医療の健全な維持発展が阻害される。国民に多大な災厄をもたらすので、絶対に避けなければならない。

3)専門職団体による処分
ア)日弁連型の法に基づく処分:強制調査と重い処分ができるが、医師にその能力があるかどうか疑問。

イ)公益社団法人、一般社団法人:法律に基づかないのできわめて限定的。本人があらかじめ了解している処分しかできない。悪質例は対応できず。故意犯や故意犯に近いものは刑事司法に任せる。
医療の質向上効果、人権侵害の有無が制度設計のカギになる。
処分の類型
注意、再教育
適性審査の公表
除名

【政治的主張の制限】
4つの場合分け:いずれがよいか。
1)主張制限なし:「欲張り村の村長さん」に傾く。
2)個別の診療報酬に関する主張の禁止
3)医師の経済的利益に関する主張の禁止
4)一切の政治的主張の禁止:医療に関する情報の利用についての主張まで抑制してしまう。

【地方組織との関係】
上意下達にはならないので、地域ごとの自主的活動。
1)都道府県医師会:必要か?
2)郡市医師会の役割:自律的に活動。

【人材】
1)情報収集と配信を行うためには、組織の内外に各種のプロが必要:医療制度研究者 医療経済研究者 法律家 ジャーナリスト ネットメディアの専門家 ロビイスト(政治的主張をしなくてもロビイストは必要)。

2)医師以外を正式会員として受け入れることの可否
利点:会計、法律などの専門家、社会活動家を運営主体として取り込むことが可能になる。
欠点:論理的には、医師以外の人間が主導権を持つ可能性がある。これ自体は欠点ではないかもしれないが、医師の自律と言えなくなるかもしれない。

3)若い医師の広い範囲からのリクルートと高齢者の退出
若い医師を全国レベルで組織運営の中枢に引き込む努力が必要である。若い医師に切実な問題を彼ら自身に担当させる。何らかのリクルートのための仕組みが必要である。
役員に定年を設ける。

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